王太子妃
数日後、ローズの元に贈り物が届けられた。
「王太子殿下から?」
心当たりはないと言うローズを無視して母が包みを開けると、中から見たこともないほど豪華なドレスが現れた。
淡いブルーの生地に幾重にも重ねられたレース。そのレース全体に銀糸で施された繊細な刺繍は、この国でも最高レベルの職人の手によるものに違いない。
『これが終わったら最高級のドレスを贈ってやる』
戦いの最中、ウイリアムに言われた言葉が甦る。
(まさか本当に贈ってくるなんて…)
しかもドレスだけではなく、宝石類も贈られてきていた。そしてそれを見た母が驚いた表情を見せる。
「まぁ…これは…」
そんな母の様子に何事かと箱の中を覗き込んだローズの動きがぴたりと止まった。
「…冗談じゃないわ」
宝飾類はすべてウィリアムの瞳の色と同じ青色のサファイアと王家を表すダイヤモンドで作られており、その煌めきが最上級の宝石を使われていることを表していた。
何よりもその色と宝石の組み合わせは、何も知らない者が見ればウィリアムのローズに対する独占欲と勘違いしそうなものだ。
「これは…お断りできないねぇ」
いつの間にか部屋に入ってきた父の言葉に再びローズの動きが固まった。
「…送り返していただけます?」
ようやく絞りだした言葉に、父が「それは無理というものだよ」と苦笑しながら答えた。先ほど王宮から帰宅した父は王太子殿下から直接釘を刺されたというのだ。
「来週の王家主催の夜会にそれを来てくるように、とのお言葉だ。もちろんエスコートは殿下がされる」
それは事実上のお披露目ではないか!
ふるふると震えるローズに父の優しい言葉が掛けられる。
「お前がどうしても嫌だというなら、最初の予定通り国外逃亡でもするかい?」
その手があった!と勢いよく顔を上げたローズだったが、続く兄の言葉に再びがっくりと肩を落とした。
「…それでもいいけど…。多分、王太子殿下からは逃げられる気がしないんだよなぁ」
例え国外逃亡したとしても、逃亡先の国に手を回して連れ戻されそうな気がする。それも罪人としてではなくあくまでも「愛しい婚約者を連れ戻した」という体で、だ。
そうやってローズ達が逃げる度に甘い言葉で連れ戻され、その都度ウェルズリー家にとって見えない鎖が増えていくのだろう。
すべては自分の魔力を国に対して誇示したローズの浅はかさが招いた結果だ。ローズだってこれ以上家族を巻き込んで悪あがきをするのもどうかとは思っているのだ。
「ローズ」
父の声に顔を上げると、あの日の父の言葉が甦る。
『目的に拘るあまり、大切な事を見逃す事のないように』
目的は…試験制度の撤廃か改正。それは自分がウィリアムと結婚する事によって現実のものとなるだろう。
だが自分の試験結果をそのまま受け入れることには抵抗がある。
「今回の件、王太子殿下と協力して動いたのはそんなに嫌な事だったのかい?」
そう言われてローズはここ数日の怒涛の出来事を思い返す。
王子の態度はともかく、その判断は正しく、間違いなく有能な王になるだろう。そして自分の話も馬鹿にすることなくきちんと聞いてくれたことからも、そう悪い人物ではないのだろう。
(でも、それと結婚は別だわ…)
考え込んでしまったローズにリチャードが逃げ道を示す。
「たとえ王太子妃になってもお前が変わらなければいいんじゃないか?」
「お兄様?」
何を言い出すのかと兄を見れば、どこか楽しそうな表情でローズを見ている。
「王太子殿下なら、お前の魔力を間違った方向に使おうなんて事はしないだろう。そしてお前はその力を武器に、国に対して改革を求めればいいんじゃないか?」
反発してすべての利を失うこともないだろう?と言った兄の言葉にローズが黙り込む。
「ま、どうしても王太子殿下を受け入れられなければ、自分の部屋に強固な結界でも張っておけばいい」
「お兄様ったら…」
普段なら絶対にしないような物言いに、自分の心を軽くしようとしてくれているのだと感じて嬉しくなる。
「…そうですわね。戦う方法は一つではありませんものね。なにより、お兄様とメアリー様の結婚式を見ないうちは国外逃亡はできません」
これでもとても楽しみにしているんですのよ?と笑顔を向ければ、リチャードも嬉しそうに笑顔を返してくれた。
「お父様、私決めましたわ。王太子妃になることを受け入れます」
それを聞いたリチャードは先日ウィリアムにから聞いたセリフを思い出す。
『何がなんでもローズ嬢にこの婚姻を受け入れさせて欲しい』
『殿下?』
『私の妃は彼女しかいない』
そう言ったウィリアムの表情がいつになく真剣で、リチャードは自然と「承知しました」と答えていたのだった。
(案外、いい夫婦になるんじゃないか?)
そう思う視線の先で、ローズと母親が来週の舞踏会の準備を始めていた。
◇ ◇ ◇
舞踏会当日。
贈られたドレスと宝石を身に纏ったローズの元に、王太子殿下がいらっしゃいました、との侍女が伝えてきた。
「すぐにまいります」
優雅な足取りで王太子の待つ応接室に向かうと、こちらも煌びやかな礼装に身を包んだ王太子がローズを待っていた。
「お待たせして申し訳ございません、殿下」
「いや、私が少し早く着いただけだ。気にしなくていい。それよりも…」
そこで言葉を区切ると、王太子は立ち上がってローズの前にくると、そっとローズの手を取った。
「良く似合っている」
耳元で囁かれた言葉に驚いて真っ赤になったローズを見て、ウィリアムが小さく笑う。
「さて、行こうか」
そう言って差し出された腕にそっと自分の腕を絡める。当然だが家族以外の男性にエスコートされるのは初めてだ。
「殿下、娘をよろしくお願いいたします」
「あぁ、侯爵を心配させるような事はないと約束しよう」
その言葉に驚いたローズが何か言うよりも先に、ウィリアムはローズをエスコートして馬車に乗せると、自分もその隣に座った。
「皆へのお披露目の前にもう一度だけ言っておく」
突然何を言われるのかと身構えたローズに真剣な表情でウィリアムが告げる。
「お前以外に俺の妃が勤まる者などいない」
「…理由をお伺いしても?」
「自分で自分の身を守れる令嬢などお前以外いないからな。それに…」
「それに?」
「俺にない考えを持つお前と一緒ならば、よりよい王になれそうだ」
どこか今までにないふっきれたような表情のウィリアムに、ドキッとする。
「殿下の言う事をきかない妃になるかもしれませんわよ?」
「あの年で暴走馬車を止めるような令嬢だからな。覚悟しておくとしよう」
楽しそうなウィリアムの言葉に引っかかるものを感じたローズが怪訝そうな表情を見せる。そして暫く考えていたが、突然「あ!」と言ってウィリアムを見る。
「…あの時からわかっていらしたのですか?」
あの時から自分の能力に目を付けていたのかと問うローズに、ウィリアムが「違う」と答える。
「確かにあの時お前の魔力に驚きはした。だがその能力を正しく伸ばす努力をしたからこそ、今のお前がいるんだろう?その努力を無視するつもりはないぞ」
まさかそんな言葉が返ってくるとは思わず、ローズは思わず返答に詰まってしまった。
「俺が欲しいのはただ笑って隣に立つ女じゃないからな」
覚悟しておけ、と意地の悪い笑みを見せたウィリアムに、ローズもまた意地の悪い笑みを見せる。
甘い恋人のような関係ではないかもしれない。だがまるで戦友とでも言えるような関係も面白いかもしれない。
「受けて立ちますわ」
そう言ったローズを一瞬だけ眩しそうに見たウィリアムは、素早くその唇を塞いだのだった---。
End.
戦う最強令嬢は自由を謳歌したい ~侯爵令嬢と王太子は最強のバディです~ 和泉悠 @izumi_yu
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