婚約の行方

 それから1時間後、ローズはウィリアムの執務室にいた。


「2人共、協力に感謝する」


 笑顔で告げられた言葉に2人は無言で礼をする。一応相手は王太子だ。


「正式には後日陛下から発表されるだろうが、ラウザー家は取り潰し、公爵およびエリス嬢は生涯幽閉となる」


 王家に反逆して命があるだけ温情ある処置なのだろう。だがウィリアムの次の言葉には、文字通り2人は息を飲み絶句した。


「なお、現在のラウザー家の所領と王都にあった屋敷の敷地についてだが…今回の功績に対する恩賞として屋敷のあった敷地と、ラウザー家の所領のうちウェルズリー家と隣接する一帯については、ウェルズリー家に与えられることとなった。詳細は後日伝えることになるだろう」

「あの焼け落ちた屋敷をですか!?」


 思わず声を荒げたローズの口をリチャードが慌てて塞ぐがもう遅い。


「心配せずとも修復はこちらでしてやる。希望するなら新しい屋敷を建てるなり更地にするなりしてやるから希望を言うといい。なに、結納金の一部みたいなものだ。遠慮はいらん」

「いりません!それに結婚もしませんから!」


 今回は『一時的な』協力をしただけだ。しかしそう思っているのはもちろんローズだけだった。


「既に王家が国民に向けて告示した婚約内定を取り消せと?」

「そ…それは…」


 そんなことをすれば王家の信頼に関わる。わかってはいる…わかってはいるが納得いかない。


「何も国民に向けて告示しなくても良かったではありませんか。公爵様の耳に入れるだけで十分だったでしょうに…」


 無駄な抵抗と知りつつ、言い募るローズを楽しそうに眺めている王太子にリチャードが「あ、これダメなやつだ」と諦めの境地になる。


「だがそれではお前は逃げるだろう?」

「何か問題でも?」

「大問題だな。例え令嬢であろうとも、これほどの魔力を持つ貴族を野放しにしておくほど俺は無能ではないぞ?」

「無駄な危機管理能力!」


 王太子に対する言葉使いではないが、こちらについてもリチャードはつっこむことを諦めた。この状態の2人に自分が割り込む勇気はなかった。


「ど…どうしても私と結婚するというのならば条件があります!」

「条件だと?」


 王家との結婚に条件を付ける令嬢などローズが初めてではないだろうか。まるで他人事のように考えていたリチャードの耳に聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。


「この国の試験制度の撤廃か改革を求めます」

「…なるほど。そうだな、撤廃は無理だが改革なら考えてやってもいい。どうするつもりだ?」

「試験で図るのは魔力のみ。職業と伴侶は自分で選ばせてください」

「わかった、考えておこう。詳細に納得できれば来年から適用してやる」

「来年…から?」

「当然だろう。今年の試験は終了している。つまりお前の伴侶が私であることに変わりはないな」

「詐欺だわ!」

「不敬罪で捕まりたいか?」


 すっ、と目を細めたウィリアムの一瞬にして切り替わった雰囲気にローズがたじろいだ。


(負けたな)


 リチャードがそっと床に視線を落として溜息を吐く。所詮この王太子に勝てるわけがないのだ。性格の悪さに比例するかのように頭も切れる。

 いくらローズの魔力が桁違いだといってもこの王太子と渡り合うには性格が素直すぎる。


「殿下、もう夜も遅いですし、せめて妹は帰宅させていただいてもよろしいでしょうか?」


 自分はまだ後処理が残っているため王宮での徹夜を覚悟しているが、妹の役目は終わったはずだ。


「あぁ、そうだな。馬車を用意してやるといい」

「ありがとうございます。ローズ、馬車まで案内しよう」


 転移魔法で帰宅できないわけではなかったが、流石に疲れていたため、この場はありがたく馬車を使わせてもらうことにした。


「…失礼いたします。王太子殿下」


 退出の挨拶をしたローズに「ご苦労だったな」と声を掛けた王太子の顔は見ないようにして、ローズは兄と共に部屋をあとにした。


「あきらめろ」


 廊下を歩き出した途端の兄の言葉にローズが唇を噛む。


「納得いかないわ」

「浅知恵が招いた結果にゃ」

「意外とお似合いだと思うけどな」


 似た者同士で、という言葉は飲み込む。それでもローズには不本意だったようで、じろりと兄を睨みつけてくる。

 そんな妹の様子に苦笑しながら、「まぁ、とりあえず今日はゆっくり休めばいい」と言ってリチャードは用意されていた馬車に妹を乗せると、家への伝言を託す。


「明日の午後には帰ると伝えてくれ」

「わかりました。お兄様も無理しないでくださいね」

「ありがとう」


 ゆっくりと走り出した馬車を暫く見送ったあと、リチャードは自分の持ち場へと戻っていった。




 夜中にも関わらず、街中にはそこかしこに近衛兵が立っていた。ラウザー邸の方角からはまだ煙が立ち上っており、周囲には野次馬らしき人々が大勢ひしめき合っている。

 その様子を馬車の中からぼんやりと眺めながら、膝の上に乗っているリアを撫でていたローズの手が止まった。


「どうかしたのにゃ?」

「…ミシュレ様のように1人でひっそり生きていくわけにはいかないかしら?」

「ローズには無理にゃ」


 ミシュレと違ってローズは魔力が強いだけの、ただの人間だ。生涯1人で生きていく事などできるわけがない。それに、なんだかんだ言ってもローズが家族を見捨てられるわけがないのだ。


「ラウザー家と同じ道を辿りたいのにゃ?」


 あの王太子はそれほど甘くはない。ローズがこの結婚を受け入れなければウェルズリー家がどうなるかは火を見るより明らかだ。

 リチャードがラウザー公爵に言った言葉はあながち嘘とは言えないのだ。

 そしてそれをよく理解しているローズはリアの言葉には答えず、じっと窓の外を見つめていた。

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