本当に悪いのは誰なのか

「えーっと、なんていうかその後、ハンター達とはどう?」


 ステラはあの後ハンター達、そしてテトに自分の想いを伝えられたのかどうにも気になってしょうがなかった俺は、後日再び彼女の店へと出向いていた。


「ボルドルさんの件を手伝ったこともあって、思っていたよりも話を切り出しやすかったです。その節は、わたしを頼ってくれてありがとうございます」


 ぺこりとステラは頭を下げた。


「いや、こっちこそホントに助かったよ。ステラのあの魔法がなかったら、もしかしたら手術はうまくいってなかったかもしれないんだから」


 と言うと、途端に彼女の表情が陰ってしまう。もしや俺はなにか気に触ることを言ってしまっただろうか。


「あの魔法、実は復讐のために作ったんです」


 申し訳なさそうに表情を歪めて彼女はそう切り出した。


 彼女が口にした復讐という単語に、俺は眼を見開く。表情からみるに、冗談というわけでもなさそうだ。


「復讐って、そんなの……」


 誰に。そう聞こうとして気づいた。いや思い出した。あの日、彼女の母親が魔物化した日。魔物となった彼女の母親を処理したテトの背中に向けられた、彼女の憎しみの目を。


「そうです。お察しの通り、私があの魔法で復讐しようとした相手はテトさんなんです」


 やはり、そうなのか。


「お母さんが死んで、急に一人で生きていくなんてどうしたらいいかわからなくて。どうせ死ぬなら仇を取ろうって。でもハンターに勝てるわけがないから、なにか武器がいる。そう思って、それで」

「魔法の開発を始めてできたのが、あの体を動けなくする魔法だったってことか」

「はい。でも、こんなすごい魔法ができたのは、完全に偶然ですけど」


 彼女がテトにいささか過剰なまでに罪悪感を感じているように感じたのは、そのことも関係していたのだろう。


「テトにその話は?」


 ステラは頷いて、困ったように眉を曲げて笑う。


 そうだよな。謝ったってことは、つまりそういうことだ。

 

「そのおかげであの魔法が生まれたのなら恨まれておいてよかったよって、そう笑ってました」

「そうか。あいつらしいな」

「はい。本当に。……あの、マサトさん。マサトさんについてのあの噂って……いえ、やっぱりなんでもありません」

 

 ステラが一瞬深刻そうな顔でなにかを言いかけてから、愛想笑いでごまかした。


 なにか俺のことが噂になっているのだろうか。ステラが言いかけてやめたところからすると、なんだか悪い噂に思える。

 

 まあ周囲からすれば、ぽっと沸いて出たように現れて、なにやらガスマスクやらなにやらおかしなことをし始めたヤバい奴だ。良くない噂をされてない方が不自然って話か。


 言いかけてやめられると気になってしょうがないけど、聞いてへこむのも嫌なので俺はあまり深く掘り下げないことに決めた。


「なんにせよ。ハンターの皆とちゃんと話せたみたいでよかったよ」

「はい。マサトさんも、本当にありがとうございました」

「いや。そういうのは普通助けてもらったこっちがお礼を言うんだけど」


 強盗から助けてもらい。ボルドルさんの件で協力してもらい。彼女には助けてもらいっぱなしだ。

 それにハンター達との関係修復についても彼女が直接出向いて、彼女自身が解決したわけで。俺が直接なにかしたわけじゃない。それなのにこんなに感謝されると、なんだか悪いことでもしている気分になってくる。

 

「お礼なら、ハンターの皆さんにもらいすぎなくらいもらったので。もう十分ですよ」


 なんて彼女は胸の前で手を振って遠慮する。でも、


「それでも、助けてくれてありがとう。やっぱり感謝は、しっかり声に出して伝えないとさ」

「はい。言葉にして伝えることは、本当に大切ですよね。わたしもこれからは、できるだけそうしていきたいです」


 この晴れやかな笑顔をみるに、ハンターとの関係もうまいこといったのだろう。ステラがボルドルさんを助けるのを手伝ったのももちろん大きいだろうけど、良くも悪くもあいつらは打てば響く連中だ。真摯にぶつかったステラを無下にはしないだろうとは思っていたけど、安心した。


「最初は怖かったですけど、話してみたらみんな良い人達でした。なのにわたしは勝手に恨んで。本当にバカですよね」

「でもこうして誤解は解けたんだから、いいじゃないか」


 彼らのことを理解してくれる人が一人でも増えて、本当によかった。そのことが自分のことのように嬉しくなる。


「はい。わたしちゃんと分かりましたから。本当に悪いのは壁内の奴らだったってこと」


 しかしステラがなにげなく続けた言葉に俺は耳を疑う。


「えっと。今、なんて」


 動揺で声を震わせながら、俺は尋ねる。


「だってそうじゃないですか。壁内の奴らが独り占めにしているから、わたし達は苦しんでいて。あいつらが勝手に決めたルールで、ボルドルさんは殺されそうになっていた。全部、あいつらが悪いんです」


 聞き間違えであって欲しい。そんな願望は、ステラが饒舌に語る壁内への恨みによって即座に打ち砕かれた。


 この世界は、瘴気という毒が満ちたこの理不尽な世界だ。でも、瘴気をどうにかしようなんて人々は思えない。だから代わりに、分かりやすい他の何かにその溜まった鬱憤を向けるのだ。壁内の住人は壁外に。そして壁外の住人はハンター達に。そうでもしないと、とてもじゃないけどこの世界を生きていけないから。

 

 ステラがハンターへと憎しみを向けることはなかった。彼女が瘴気に満ちたこの世界で、その行き場のない鬱憤を向ける対象へと選んだのは、壁内だった。


 にっこりと笑うステラに、俺はただただ言葉を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺は瘴気に汚染されたこの世界で寿司を食うために浄化魔法を開発する ジェロニモ @abclolita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ