第484話 来訪する人々

 


――――大入江で 王


 

 大地を引き裂くかのような大入江の光景は、王の冒険心をこれ以上なく、くすぐるものだった。


 一見して大河のように見えるが、住まう生物は海のそれで、波は高く潮の匂いはきつく……水の流れが入江であると示してくる。


 まさかこんなに大きな入江が大陸に存在しているなんて……建国王が残した記録にあっただろうか? と、甲板で王が首を傾げていると、どこかから大きな声が響いてくる。


「お待ちを、そこ行く御仁、しばしお待ちを! どうかどうか、我々に先往く誉れをお譲りくだされ!

 我々もまたメーアバダルに忠を示す必要があり、長旅の果てにようやくここにたどり着いた我々にどうかどうかお譲りを!!」


 一体何者の声なのか、一体何を伝えようとしているのか、王は首を傾げながら声がする方へと振り返り……そこで凄まじい光景を目にすることになる。


 一体いつの間にそこにいたのか、こちらを見つけて慌てて近付いてきたのか、後方には数隻の船が船団を組んでいて……その先頭を行く船の船首には茜色の髪をした青年が立っていて、どうやら彼が声の主であるようだ。


 そんな青年の頭には猫を思わせる耳が乗っていて、腰の近くでは尻尾が揺れていて……その姿をどこかで見たことがあると瞑目した王は頭の中を懸命に探り……ニャーヂェンとの単語を引きずり出す。


 帝国の一部族、身体能力に優れた獣人……それが一体全体なんでこんな所に? という疑問の答えは、彼の言葉から察するに王の友人にあるのだろう。


 また彼が何かをやって、その結果が目の前の彼らで……その彼らは少しでも早く友人に会いたいと気が逸ってしまっているようだ。


 ならばと王は手を胸に当て、慣れた仕草でもって礼をし、先にどうぞと仕草で示し……それを受けた青年はまさかの洗練された仕草に驚き硬直するが、すぐに気を取り直して船団を引くゴブリン達に声をかけ、入江の奥へ奥へと進んでいく。


「……ふぅーむ、船の数からしてかなりの大人数、最低100人はいるのではないか? それが移住……か? 

 200あるいは300もいたなら……うむ、余にも仕事がありそうで何よりだ」


 そんな船団の様子を見やりながら王がそう呟くと、側に立って甲板の掃除をしてくれていたゴブリン族の若者が声をかけてくる。


「ピゲル爺、メーアバダルで何かやりたい仕事でもあるのか? オレはまたヤギ飼いになるもんだと思ってたけど」


 ピゲルとは王が名乗った偽名だった……これからはそれが本名となる、王の新しい人生を象徴する名前だった。


「ん? ああ、うむ……ヤギ飼いや羊飼いになりたいと思っているが、それだけで食って行ける程市井は甘くはないだろう?

 それで他の仕事にも手をつけようとな……なぁに、これでも若い頃は中々の働き者と評されたものなのだよ」


「ふぅん……? まぁ、メーアバダル公は偉大な勇者だから、ピゲル爺さんとヤギくらいは養ってくれると思うぜ。

 そんな心配していないで気楽に構えていて良いんじゃないかな」


 そう言われてピゲルはにっこりと笑い……それから船団を追う形で船が進み始めたのを感じて……この先には一体どんな光景が待っているのだろうかと、冒険心を更に更に踊らせ弾ませるのだった。



――――村の南端で、出来上がりつつある犬人族の家を眺めながら ディアス



 洞人族が加工した石材を土台にし、これまた洞人族が加工した木材で柱を建てて。


 屋根と壁はドラゴン素材、床は木材という形で組み上げていって……そうやって犬人族達の家がどんどん出来上がっていっていた。


 マスティ氏族、シェップ氏族、センジー氏族、アイセター氏族。


 それぞれのための立派な家が作られることになっていて……今後子供が増えていくことも考えて、かなり広く立派な作りとなる予定だ。


 一つの大きな建物という形ではなく、アースドラゴンの甲羅を屋根にした建物を三つか四つ作ってくっつけるというか、繋げるといった形になっていて……犬人族の体の大きさのことを考えると、かなりの広さとなるだろう。


 甲羅もそのまま使うのではなく、綺麗に洗った上で不必要な部分を削り取ったり、形を整えるために研磨したりの加工をし、劣化を防ぐための薬剤を塗ってから焼き上げて……仕上げに氏族ごとに違う色の塗料を塗ってと、結構な手が入っている。


 それでも形はほぼほぼ甲羅そのままで……そしてその甲羅全てに小さな穴が空いていて、そこからヒビが走っている。


 当然屋根にするのにそんな穴があったでは話にならないので、穴の奥は埋められていて、ヒビにもそれ以上割れないようにと洞人族特製の薬剤が埋め込まれているのだが、穴やヒビがなくならないようにという工夫もされていて……そこは犬人族の拘りであるらしい。


「……なんでそんな拘り方しちゃったんですか?」


 鬼人族の村からあちらの様子を報告しに来てくれたルフラがそんな声を上げる。


「あの穴は私が大弓で開けた穴なんだよ……亀がたくさんやってきて、いちいち戦斧で砕くのも面倒だと大弓を使ってみたんだが……それが上手くいって甲羅に刺さってのあの穴の出来上がりだ。

 それで上手い具合に急所を射抜けたようで、トドメになったんだが……犬人族にはそれが良かったみたいでな、あの穴をそのままにして欲しいって言い出したんだよ。

 何なら刺さった矢を抜かないでくれとまで言っていたからなぁ……流石にそういう訳にもいかないから、ああいう形になったが、すべての作業が終わったら飾りとして矢羽の部分をあそこに突き立てる予定らしい」


 と、私がそう返すとルフラは「なるほど」と頷き声を返してくる。


「義兄さんの勇猛さを示す記念品という訳なんですね、気持ちは分かります。

 ……そうすると、ああやって屋根の上に乗っかってるのは……? あとはあの壁画? ですか、壁に書かれている絵も気になります」


「屋根に乗っているのはまた別の理由で、勝った相手の上に乗るというのは犬人族達にとっての大事な儀式みたいなものらしいな。

 ああやって獲物より上だと示しているとかなんとか……まぁ、今回は犬人族も色々と頑張ってくれたし、ああする権利はあるんだろうな。

 壁画はエイマが最近、鷹人族の巣にある壁画の編纂を進めていてな、それを見て自分達もやってみたいと思ったらしい。

 戦いの記録を壁画にして残したいとかなんとか……洞人族の中に壁画を得意としている者がいて、毎日少しずつ描いてくれているんだ」


 と、私が返すとルフラはもう一度「なるほど」と言いながら頷き……その顔が妙に血色良いというか、いつもより生命力に満ちていることに気付いた私は、何か良いこともあったのだろうか? なんてことを考えて話題を変える。


「……ところでルフラ、鬼人族の村はその後どうだ? 皆元気にしているか?」


「えぇ、はい、特に問題はないですね。

 義兄さんとゾルグ兄さんが頑張って村を守ってくれたことで、兄さんが族長になることが本決まりとなって、兄さんや族長に反発していた人の面子が綺麗に潰れて……義兄さんを怒らせたらまずいって、大人しくしてくれています。

 ドラゴン素材がたくさん手に入ったし、皆特に被害なかったし……村の懸念事項が片付いてくれたって族長も大喜びです。

 あえて問題を上げるとしたら……兄さんの結婚が少し遅れていることくらいですかね。

 本当はとっくに結婚しているはずだったんですけど、どうせなら族長就任と同時にーとか族長が言い出しちゃって、お相手がちょっとごきげん斜めなんです。

 まぁ、今回の件で良い男気を見せてくれて惚れ直した、なんてことも言ってるんで、仲は順調なんですけども」


 なるほど、どうやらこの一件で村の空気が変わったというか、ルフラ達にとって良い方向に変わったようだ。

 その分だけゾルグ達の邪魔をしていた連中が肩身が狭い思いをしているのだろうが……自分達で招いたことなんだから受け入れてもらうしかないだろう。


 今回の件でドラゴン素材が山のように手に入ることになり……山のようにあるものだから売って稼ぐとかは難しくなるみたいだが、素材としては優秀な品々……色々と使い道はあるはずだ。


 犬人族のように家にしてしまわなくても武器や防具などなど、色々な使い道があるはずで……そういった装備を山程手に入れることになるゾルグ達は、これからも活躍して鬼人族の村を大きくしていくはずだ。


 鬼人族達にとってもその方が良いはずで……うん、良い方向に進んでいるのだろう。


 ドラゴン素材と言えば、いくらかの素材は鷹人族に優先的に譲ることになった。


 鷹人族にとってドラゴン討伐は先祖代々の悲願で、それを手伝えたことは何よりも嬉しいことで……その記念品である素材を巣に飾りたいんだそうだ。


 今回はウィンドドラゴンの姿はなく、鷹人族に有用な装備を作るのは不可能で……それならせめて素材を飾るくらいは良いだろうとなった感じだ。


 今回鷹人族には随分助けられたし……これからも様々な面で手伝ってくれるそうだし、このくらいは必要経費なのだろう。


 今も草原や荒野のあちこちを見回ってくれているし、関所との伝達係もやってくれているし……と、そんなことを考えていると、鷹人族を肩に乗せたヒューバートとアルハルがこちらに駆けてくる。


「でぃ、ディアス様! 荒野を見回っていた鷹人族から報告が! 海からの来客のようです! どうやらアルハルさんの一族が迎えに来てくれたようで……!」


 と、ヒューバート。


「いや、違う! 一族総出で迎えに来る訳ない! 多分だが移住しに来たんだ! 来るなら来るで、事前に連絡しろっての!」


 と、アルハル。


 ……手紙が向こうに届いたらしいとか、ゴブリンと仲良くしているらしいとか、そんな話はゴブリン達から聞いていたが……まさか海から総出でやってくるとはなぁ。


 そして移住か……まぁ、移住自体は歓迎というか、ありがたい話だ、領民が増えるのは嬉しいことだし、ゴブリン達のおかげもあって食料は余り気味……数十人の集落が丸ごとやってきたとしても、なんとでもなるだろう。


「分かった、迎えに来たにしろ移住にしろこちらは大歓迎だ、その旨を相手に伝えるとしよう。

 ……ヒューバートとアルハルに対応を任せても良いか? 私はこれから工房でドラゴン素材を割ってやると約束しているんだ」


 と、返すと、息を切らしながらやってきたヒューバートはコクコクと無言で頷き、息を切らすことなくやってきたアルハルはどこか申し訳なさそうにしながらもコクリと頷く。


「いきなり全員分のユルトを用意するのは難しいかもしれないが……集会所を使うなり、西側関所の客室を使うなりしたらなんとかなるだろう。

 食料も余裕がある、仕事も山程ある……その辺りのことを上手く伝えてやってくれ」


 と、私が続けるとヒューバートとアルハルは同時に頷いて、そして海から来たという人達と合流するための準備をし始める。


 馬車を用意し、鷹人族に伝達役を頼み、護衛の犬人族達を連れて……そんなヒューバート達を見送ったなら、見学をしたというルフラと一緒にナルバントの工房に向かい……戦斧でもってドラゴン素材を割っていく。


 他の道具でも割れないことはないが、私の戦斧は研ぐ必要もなければ修理が簡単……他の道具を変に消耗するくらいなら戦斧でやってしまった方がお得という訳だ。


 ある程度割ったなら、それらを必要とする場所へと運んでいって……竈場に運んでいくと、満面の笑みのアルナーが出迎えてくれる。


 ドラゴンをたくさん狩れたこと、竈場の改良が進んでいること、鬼人族の村の状況が良くなっていること、そして領民が増えるという話も聞いたようで、ご機嫌はいつになく良く、声も弾んでいる。


 そんなアルナーの指示で素材を運んでいっていると……ヒューバートと一緒に南に向かった鷹人族が報告にやってきてくれる。


「あー、ディアスさん、なんか凄いことになってるぞ。

 すげぇ人数で賑やかで、それだけでもヒューバートさんが困ってたのに、なんか変な爺さんまでいてよ、その顔見るなりヒューバートさんが膝から崩れ落ちてしまったんだ。

 ……どうしたら良い?」


「なんだって……?」

 

 よく分からないそんな報告を受けた私は、思わずそんな言葉を返すことになり……とりあえず事態に対処した方が良さそうだと、その鷹人族から詳しい話を聞きながら南へと向かう準備をするのだった。



――――



お読みいただきありがとうございました。


次回はその後のあれこれなどなどになる予定です。



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領民0人スタートの辺境領主様 風楼 @huurou

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