5. 病院地下からの救出劇

 片手でさっとケイトを降ろすと同時に、反対の手でブレードの特殊警棒を構えるヒトミ。空から降ってきた闖入者ちんにゅうしゃに、素早く二体のハチ型N.E.G.O.が襲い掛かるが。


斬り断つSnap.

「KwyAAaaaa……!!」


 “ブルーネオン”の瞬間出力を上げ、一閃。二体同時に切り伏せる。


 その間にヒトミの斜め後ろで拳銃を構え、戦闘態勢に移行するケイト。

 残っているN.E.G.O.はハチ型が三体、カマキリ型が一体、ムカデ型が一体。そして一際大きな体躯を誇る、オオムカデ型が一体。何れも体長は一メートルを超える巨大サイズばかりで、オオムカデに関しては二メートル以上の長さがあるようだった。

 目の前で同胞が屠られたことを認識しているのか、あるいは“ブルーネオン”を警戒しているのか。N.E.G.O.は出方を窺うかのようにその場に留まり、膠着した部屋に耳障りな羽音だけがブーンと響く中。


「〈こちらサンパチ。行方不明者の状態は?〉」


 ヘッドセットから聞こえるサンパチの声。その言葉に自然と視線は、倒れたままの男の後ろ姿へと注がれた。


「ケイト、心肺が機能している音がします」

「……良かった。〈目立った外傷はなく気絶している模様。心肺は機能しているように見受けられます〉」

「〈りょうかーい。オレ、向かったほうがいい?〉」

「〈いいえ。ですが、彼を搬出するため用意を頼みます〉」

「〈兄ちゃんの頼みとあらば喜んでー〉」

 

 通信が途絶えた感触は、疑似神経ネットワークによるもの。連絡時にある程度の居場所もヒトミを通してサンパチに伝わっていることから、もしものことがあっても倒れ伏した彼の救助は行われることだろう。

 憂いがなくなった今、集中すべきは目の前の敵を掃討することのみ。


「出来る限り速く、安全を確保しよう」

「了解です。無理はしないでくださいね」

「勿論。スリーカウントで」

「はい。――サン、ニ、イチ」


 ゼロ、のタイミングで駆け出すヒトミと、くっと息を止めて引き金を引くケイト。

 銃口から飛び出した“ブルーネオン”の輝きが尾を引いて進む先には、ハチ型N.E.G.O.の姿。水鉄砲のように反動が少ないルミネ弾用拳銃の速射性を生かし、瞬く間に三発四発と撃ち込んでいく。


(まずは、一体)

「WyaaaaAAaa!!」


 ルミネ弾の餌食となり、叫び声を上げながらハチは塵となって空中で霧散する。残るもう一体は急加速し腹部の先端にある大きな針をケイトに向けて振りかざすが、その刃が届くことはない。

 蒼光を纏ったブレードに、身体を半分に引き裂かれたからだ。


「KWyaaAAaaaaa!!」

(これで二体。大丈夫だ、落ち着け)


 走りながらハチ型にとどめを刺したヒトミは、そのまま減速することなくカマキリ型N.E.G.O.へとブレードを向ける。相対するカマキリは退くことなく、むしろ前進して。両腕の大きな鎌が、左右異なる動きで複雑に振り回される。


「……面倒ですね」


 ヒュンヒュンと音が聞こえる速さで動き回る鎌。懐に飛び込み刺し貫く予定が、接近を余儀なく断念させられる。ヒトミはやむなくバックステップを取り、カマキリ型から距離を取ったその先。狙ったかのようにムカデ型が足を絡めとる。

 長い胴体で足を固定され動きを封じられるが、それしきのことで止められるような戦闘アルゴリズムを搭載している訳もなく。


斬り断つ!Snap!


 ムカデの節を切り目に見立て、ブレードの刃がその胴体を素早く細切れにする。切り裂かれたN.E.G.O.が断末魔もなく塵へと返るその間、リロードして弾を補充したケイトは、ヒトミの方へと前進し続けるカマキリに銃口を向け。


はじかれないように、落ち着いて。狙うのは鎌と鎌の軌道の間――)

「GuuWYaa!!」


 慎重に狙いを定めながら、ルミネ弾を撃ち込む。

 一発、二発と命中していけば、僅かに勢いが削がれる鎌の動き。しかし黙って攻撃を受けているだけのカマキリではない。鎌の刃の部分を腕から切り離し、ブーメランのように投げたのである。


「……っ!!」


 咄嗟に側方に飛び込み、回避行動。

 ケイトがさっと顔を上げれば、刃を投げた隙を狙いヒトミがブレードをカマキリの胸部に突き立てる。


輝け!Blaze!


 光り輝く蒼がブレードから溢れ、N.E.G.O.の体を内部から焼き尽くしていく。宙を切っていた刃も崩れ果て跡形もなく消えれば。


(後は最後の一体……!!)


 残るはオオムカデ一体のみ。

 しかしその大きく目立つはずの体躯は、ケイトの視界のどこにも見つけられず。拳銃を構えながら右、左、と視線を彷徨わせていると。

 振り向いたヒトミの目が捉える、足元に忍び寄る影。


「ケイト!!」

「――ひえッ!!」


 叫ぶテノールに呼応するかのように、足元から立ち上がったオオムカデがケイトの体を縛り上げる。長い体躯がぐるぐると体を這い、締め上げ、かろうじて床に付いていた爪先が離れる。


「ぅがっ……!」


 ぎりぎりと巻き付くオオムカデに、胸部や腹部を圧迫され呼吸が覚束なくなる。金属が擦れる音を立てながらより一層締め上げられる体に、ケイトの口から声にならない息が漏れる。

 その様子にヒトミの意識系統システムは恐ろしい速度で演算を続けるが、その手にあるブレードでは屠ると同時にケイトの体を傷つけてしまう。どうすれば助けられるか。ただそれだけを演算する彼のブルーネオンの瞳に映ったのは、――拳銃。


「ケイト、ネオン弾です!!」


 ケイトの手にはまだ、ネオン弾の入った拳銃が握られていたのだ。


「それで頭を撃って!!」


 巻きつくオオムカデの体の拘束を運よく逃れていた右腕を、必死の思いで動かす。疑似神経ネットワークを通したヒトミの強制的なコントロールも相まって、震えながらも何とか持ち上げる拳銃。

 エメラルドの目が真上を見れば、オオムカデの眼らしき機構がケイトを見下ろす。その眼と眼の間、人間でいう眉間に銃口をぴたり、と当てて。


「くた、ばれ……!!」


 小さな声と共に、指が引き金を引くカチリ、という音。

 蒼い蒼い光が、すぐ目の前で閃く。


「WyAAaa?!」


 驚いたのかあるいは痛みに悶えたのか。理由は不明であるもののネオン弾の輝きと共に拘束が緩み、ケイトは二発三発と続けて撃ち続ける。


「ARRrraaaa!!!」


 弾切れを起こすまで引き金を引き続けるという、ブルーネオンを含んだ苛烈な攻撃にひるんだのか。巻き上げていた身体が弛緩して解放されれば、ケイトの腕がさっと引っ張られオオムカデの包囲から抜け出す。

 それと入れ違うようにして一歩前に出るヒトミは、地を力強く踏みしめ、ブレードを真上に振りかぶりながら大きく飛び上がる。狙う先は、オオムカデのその頭。


斬り裂け!Lacerate!


 上から下へと、一刀両断。

 ヒトミが地面に着地した頃には、長い長いN.E.G.O.の体躯は縦に真っ二つへと分かたれていた。


「Wy, WyAAAAaaaa……!!」


 機能を停止した頭の部分から、雲散霧消していくオオムカデ。金切り声は尾を引きながらも次第に小さくなり、その姿は完全に消える。


「――敵性体沈黙。戦闘、終了しました」


 ヒトミがそう告げれば、発光していた目とブレーキの輝きが徐々に収まっていく。

 今度は腰を抜かすことなく、最後まで戦闘に参加していられたケイトはふぅ、と安堵の息を吐く。緊張と興奮で機能していなかった痛覚が、今になってズキズキと締め上げられた際の傷を主張しはじめた。


て」

「……ケイト、痛みますか? すみません、俺が注意を怠ったばかりに」

「ヒトミの所為じゃないし、これくらい大丈夫。それより」


 軋む身体を叱咤しつつ、未だピクリとも動かない茶髪の男の方へと歩みよるケイト。片膝を付いてからそっと首元に手をやって脈を測れば、とくとくと生きている感触がする。ヘッドセッドに触れて、緊急連絡を繋ぐ。


緊急連絡Call.。〈こちらケイト。当面の安全を確保し、行方不明者一名を保護しました〉」

「〈あーあー、こちらノルス〉」


 送った通信に応答したのは、今まで返答がなかったノルス。聞きなれた少し砕けた口調に、ケイトは思わずヒトミを見上げて目を合わせた。


「〈巣窟ネスト内にで行方不明者ヴァニスタ・レイノルズを保護した〉」

「無事だったんだ……!」

「よかったですね」


 先程の通信に出なかったのは、おそらく巣窟ネストに入っていたからであろう。ほっと胸を撫でおろす。


「〈こちらサンパチ。両名ともりょうかーい。ノルの方の行方不明者の状態は?〉」

「〈こっちは外傷もなく意識もハッキリしてるから、僕が背負っていく。そっちの方が早いし〉」

「〈巣窟ネストにいたN.E.G.O.は片っ端から掃討して潰したけどよ、こんなとこさっさと退却するに限る〉」


 手古摺てこずらせやがって、と愚痴りながらも、まだ余裕の残るノルスの声色。ケイトが相対したN.E.G.O.と比にならない数と戦闘しているだろうことが予想されれど、そこは今まで積んできた経験の差がものを言うようだ。


「〈りょーかい。二人が特に問題なさそうなら、オレが担架を持って搬出の手伝いに向かうのが一番早そうだけど……〉」

「〈ああ、俺たちは問題ない。頼む〉」

「〈あいあいさー。マカリオス警部に説明してから急ぐね、ケイくんとにーちゃんはちょっと待ってて〉」

「〈了解です〉」

「〈気を付けてきてくださいね、サンパチ〉」


 通信が切れ、静寂に包まれるリハビリテーション施設。耳をすませば、眠る男の小さな呼吸音が聞こえる。その様子は荒れ果てた病院の地下でなくベッドの上であれば、熟睡しているのだとすら思えるほど。


「あれだけN.E.G.O.が叫んでも目を覚まさないなんて」

「何らかの睡眠薬を使われているのかもしれませんね。今までN.E.G.O.の手によってそういった薬物が使われた事例は見たことがありませんが……」


 テノールを聞きながら、ケイトは丁寧な手つきで男の体を仰向けにする。癖毛の茶髪で隠れていた目元が露になれば、髪より赤味の強い睫毛まつげに縁どられた目元と、少しそばかすの散る頬が露になって。


「っ、嘘だろ」


 その思いもよらぬ見知った顔に、ケイトはただただ、茫然と呟く。


「……なんで、どうしてここに」

「どう、しました?」


 心配げに隣へと片膝を付いて、顔を覗き込むヒトミ。それに視線を向けることなく、エメラルドの目は寝そべり眠り続ける男の顔に注がれたまま。


「コイツのことを、俺は知ってる。知ってるんだ」


 絞り出すようにケイトは、茶髪の男の名前を告げる。



「名前は、ヨウタ・フェルドナム。……俺の幼馴染で、たった一人の親友だ」

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ブルーネオンの機構戦線 蟬時雨あさぎ @shigure_asagi

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