4. いざ旧ルベルタ大病院へ

 緊急車両特有の赤色灯を閃かせ、空陸両用ホバーバイクを飛ばして十五分。海と空と陸を繋ぐ交易都市ルベルタの住宅街を抜ければ、背丈のあるお洒落な飾り柵に囲われた私有地に辿り着く。

 囲いに沿って走らせ続けると、次第に見える門扉。柵と同じデザインの洋風な両開き門扉は開かれており、その両側に門番のようにぴしりと直立不動の警官二人が立つ。ホバーバイク独特のエンジン音が響けば、さっと向けられる鋭い視線。


「こちらは封鎖区域となっております。関係者以外の立ち入りは――」

「特捜のセルリアンだ。緊急の任務で来た」


 警官の言葉を遮ったノルスが、バイクに跨ったままベルトに着けている身分証を見せる。それに倣ってケイトおよびNōvisノーヴィスも身分証が見えるように上着の裾を捲って見せれば、驚いたように見開かれる警官の瞳。


「……っ失礼しました、お通りください。ホバーバイクはそちらへ。奥でマカリオス警部がお待ちです」

「わかりました」


 エンジン音を響かせてくぐるアーチ。私有地の中、指定された門扉の近くにホバーバイクを停めて降りる面々。バイクに着けられたサイドバックやタンクバックから特殊警棒や機関銃などを手早く取り出して装備していく。

 頭には骨伝導を利用したヘッドセッド、目にはコンタクト型情報支援デバイスのAVISアビス。普段装着しているだけの装備も、隊員間および本部オペレーターとの通信にて活用していく必要があるだろうことが予想された。


「うし、装備完了。ニィゴ」

「とっくの昔に。兄さん達も終わったみたいだ」

「はい、ヒトミも俺も準備オーケーです、先輩」

「オレも終わったよノル!」

「了解。じゃあ行くぞ」


 ノルスを先頭に走り出せば、隊列を組みながらケイトらが後に続く。舗装されていない土を踏みしめるざっざっざっと規則的な音。雑草の育ち具合からなんとか判別できるような、ほとんど獣道である路を進むこと数分。


「おい、こっちだ!!」

「……目的地発見」


 壮年の男性の声と共に、ノルスの呟きがヘッドセットから響く。

 正面に見える、蔦にまみれたという形容詞が似合う建物。つい先程見たヴァニスタの映像の通りに廃墟に相応しい寂れ方であるのに、今や警官の数人がたむろし人の気配を感じる場所となっていた。

 旧ルベルタ大病院の目の前、ちょうどヴァニスタが自己紹介をしていた辺り。


「早かったな、セルリアン」


 白髪交じりのオールバックに口髭を貯えた男性がそう告げれば、周囲にいた数人の警官がケイト達に向かってビシッと敬礼を見せる。

 警察機関とセルリアンとの橋渡し役であり、数少ないセルリアンの実態を知る警部、ジョン・マカリオスであった。


「どーもマカリオス警部、毎度お疲れさんです」

若造わかぞうが。生意気を吐くようになったじゃないか」


 ハスキーなバリトンが苦々しく告げるが、その口の端は片方持ち上がっている。セルリアンとしての活動歴の長いノルスは、その分マカリオスとの付き合いも長いのだと以前ケイトへと零していた。


「えらく大所帯だなと思えば、なんだ小童こわっぱも駆り出されたのか」

「こんにちは、マカリオス警部」

「うむ。気持ちのいい挨拶でたいへんよろしい。おい、見習うべきと思わんか」

「へいへーい。……現状は?」


 ぺこりと一礼をするケイトの傍ら、生返事から声のトーンを下げたノルスにすぐさまその場を包む空気が変わる。


「……ヴァニスタ・レイノルズは帰還していない。だが事態は悪化していると言わざるおえん」

「悪化している?」

「ど、どういうことですか?」


 マカリオスの言葉に怪訝な顔をするノルスとともに、思わずといったように口を挟んだケイト。傍に控えるNōvisノーヴィス達も、現状報告で滅多に聞くことのない言葉にコバルトの目が丸くなる。


「予想外の事態、とでもいうのかね。彼について我々に連絡してから到着するまでの間に、レイノルズの友人を名乗る男が旧ルベルタ大病院へと入ったらしい」

「……何でそんなことなっちゃうかねえ」


 半ば呆れた可能ような声色でノルスがやるせなさを吐き出した。それに答えたのは、マカリオスの斜め後ろに控えていた、警部補にしては年若い男。


「先程、レイノルズを通した地主への聞き取りで判明しました。尚、警察への連絡は地主ではなくその世話役である執事が行ったらしく、地主はご高齢なこともあり……」

「まあ、という訳だ。どうする、若造、小童」


 つらつらと並べ立てられる言葉を、十分だというようにバリトンが遮る。向けられる視線は、その経験と重ねた月日が滲み出るような鋭さを持っていた。


「警部たちは此処で待機を。通信役としてコイツ――サンパチを待機させますんで、何かあれば彼に」

「マカリオスさんこんにちはー! あと初めて会う人はハジメマシテ! サンパチでーす、よろしくねー」

「……嗚呼、錆刀あかいわしのフリをしたあの風来坊の相方か」


 マカリオスが零した言葉へこくこくと頷くダンデライオンの頭を横目に、さっと視線を交わすケイトとノルス。


「俺とケイトは相棒バディと共に旧ルベルタ大病院内部を捜索します。……その友人とやらの特徴はどの程度わかります?」

「茶色い癖っ毛の短髪ということしか……」

「まあ、来訪者の写真をわざわざ撮るなんてしないですよね」


 申し訳なさそうな警部補の言葉に苦笑しながらケイトが返せば、乾いた笑みが返ってくる。どこか同じ部類の人間である気配を感じ取り、仲良くなれそうだと思うのも束の間。

 日が傾き始め、影が伸びた先。今となってはどこか物々しささえ感じられる旧ルベルタ大病院が、セルリアンを待っている。


「では捜査に移ります。行くぞ」


 号令を掛けて、駆け出すノルス。その背後にはニィゴが付き従い、ヒトミ、ケイトの順で駆けていく。それを見たサンパチが軽く手を振る中。


「……気をつけてな」


 彼らの事情を知るバリトンだけが、物憂げに見送った。



 

 建付けが悪くなってきていながらも、かろうじて開閉する両開きの扉をくぐり。照明の利かない病院内は暗く、日が傾いた今となっては壊れた窓や蔦の隙間から漏れ出る光もほんの僅かなものとなっていた。

 出入り口の傍には受付らしきカウンターを通り抜ければ、多く長椅子の置かれた待合室らしき場所に出る。


「かなり暗いね。兄さんの視界は問題ない?」

「勿論。瞳孔膜の性能は君よりは低いけれど、これくらいはまだ」

「ケイト、AVISアビスの暗視モードを使え」

「了解です」


 拡張視覚情報システムAugmented Visual Information Systemこと通称AVISアビスは、拡張現実技術を用いて視覚的な支援の全般を担う代物だ。人差し指で右のこめかみをさっと二回叩けば、AVISアビスの暗視モードが入り視界がさっと明るく鮮やかになる。


「何回やっても慣れることができないですね、コレ」

「切り替わるのが気持ち悪いんなら、目を瞑ってりゃあいいだろ」

「……確かに。それもそうですね」

「はいはい、お喋りはそこまでですよ」


 先輩から新たな知見を得たケイトを他所に、話の流れを切るテノール。


「俺達の任務を果たしましょう、ケイト」

「兄さんの言う通りだね。ほらノルス、さっさと行くぞ」

「へいへい、っと。ケイト、俺たちはヴァニスタが動画内で通っていたルートを一通り回る」

「左側周りですね、了解です。ヒトミ、反対側を回ろう」

「わかりました」

「んじゃ、行方不明者の発見および会敵の場合には即時連絡を」


 返事の代わりにそれぞれ互いに顔を見合わせ、一つ頷いてから背を向ける。歩き出す方向は、それぞれ左右に真反対。


 ケイトとヒトミ、ノルスとニィゴの二手に分かれて、捜索を開始する。


 無言で一歩前に出たヒトミに、ケイトは対N.E.G.O.用のルミネ弾が充填された拳銃を手に握った。戦闘が想定される環境で相棒バディが行動する際の鉄則、前衛と後衛の役割分担である。

 無造作に置かれた長椅子の間を抜け、待合室から出る二人。いくつかの診察室らしき部屋への扉もあったが、扉自体がひしゃげていたり、取っ手がなかったりと入った形跡が見つからないことから入れない空間と判定。捜索対象から外されたのだ。

 一本道の廊下は幅広く、生物の気配はない。曲がり角に差し掛かり、ブレードを構え警戒しながらさっとヒトミが飛び出し。


異常なしClear.


 安全を確認してからケイトを呼ぶハンドサインを送る。それに対し進行方向の反対を拳銃で警戒するケイトは、後ろ歩きでヒトミの元まで進み合流する。


「……急ぎましょうか」


 テノールが響くその廊下の先には、多くの扉と階段が見える。


「そうだね。急ごう」


 出入り口となっている扉を中央として、左右に診察室や病室が配置される形の病院。外観からすると地上三階建てであり、二手に分かれたとしてもそれぞれが探索すべき範囲は広いと言わざるおえない。


 病室。

異常なしClear.

 当直室。

異常なしClear.

 備品室。

異常なしClear.

 二階に昇って。

異常なしClear.

 入れそうな病室という病室。

「……異常なしClear.


 次から次へと部屋を開けていくものの、N.E.G.O.の姿の欠片も見つからない。三階へと昇る階段を前に、一呼吸おいて立ち止まる二人。


「おかしいですね。これほどまで何もないなんて」

「その言い方だと、熱源探知サーマルカメラでも捉えていないんだよね」

「ええ。何も映っていません」


 Nōvisノーヴィスは情報として画像を処理しており、その目には複数のセンサが搭載されている。熱源探知サーマルカメラもその一つであり、無機生命体であるN.E.G.O.は判別できないが、体温の高い人間の居場所は把握できるようになっているのだ。


「ノルスひいてはニィゴの居場所はわかるのですが――いえ、待ってください」


 別動隊の居場所を探してきょろきょろとしていたヒトミが、急に床の一点を見つめたまま言葉を止める。それとなく見れば、瞳孔がきゅいきゅいとせわしなく広がったり狭まったりしている。


「ヒトミ?」

「……居た、居ましたケイト」


 バッと向けられるコバルトの瞳は、盲点だったというかのように見開かれて。


「地下に、人間一人分と思われる熱源を感知しました」


 テノールが告げる言葉が、ケイトの脳内を駆け巡る。熱源ということは、まだ生きているということ。まだ間に合うかもしれない、そんな考えとともに冷静に思考を巡らせていく。


「確か途中に、同じ位置で揃って崩落していた部屋があったな」


 今まで確認してきた部屋の中、一階、二階と瓦礫に埋もれた向こうで床が抜けている部屋があったのを思い出す。思えばフロアは違えど同じ位置に存在しており、三階からならば部屋の底抜けたその先が見えるかもしれない。


「三階からならば降りれるかもしれません。行きましょう」


 ヒトミの先導で、駆け上がる階段。警戒しながらも迅速に、床の空いていた部屋の上部に位置する部屋へと辿り着く。

 それよりも上に部屋がないことからただただ床が抜けただけの部屋は、その穴からどこまでも下を見下ろすことができる。一階よりも下にある、地下でさえも。

 下の階の瓦礫の山と共に、底にも瓦礫が積み重なっているのが見える中。


 通過する、N.E.G.O.の姿。


「……ッ、N.E.G.O.確認フェイス


 反射的にこぼれた言葉は、行方不明者が危険に晒される環境にあることを認めるもので。ケイトの表情はぐっと険しくなる。


「ケイト、抱えて飛び降ります。俺の足なら耐えられるでしょう」

「そうだね。……お願いできる?」

「ええ。心の準備はいいですか?」


 尋ねるヒトミにいちもなく頷き返せば、がしっと横抱きで抱えられる体。小さな浮遊感に襲われたのも一瞬。


「口を閉じて」


 一息に飛び降りたその先、事もなげに着地する瓦礫の上。そこはN.E.G.O.の屯する地下の広い広いリハビリテーション施設。

 群れる虫型N.E.G.O.のその向こうに倒れているのは茶髪の、癖毛の男。


緊急連絡Call.。――〈こちらケイト、茶髪の行方不明者一名を発見〉」

「戦闘を、開始します」

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