3. 廃墟マニアは煙のように

「『はいこんばんは、廃墟マニアのレスターです』」


 プロジェクターを通して映し出される、昼前にアップロードされた最新のレスターの動画。恐らくヴァニスタ本人だろう、暗紫色の髪で片目を隠した男がカメラに向かって穏やかな笑みで喋っている。


「『いつもこんなマイナー配信者フラッターの動画を見てくださってありがとうございます』」


 爽やかな朝の光が、ヴァニスタの背後にポッドドローンの影を落とす。舗装されていない地面は、丈の短い雑草が生い茂り風に揺れていた。


「『今日はポッドドローンが撮影した動画をそのまま、皆様にお送りしますね。編集一切なしの一発撮りです』」

「……もしかしてこれ、タイムシフト指定で投稿おとされたものですか?」

「その通りよ。二時間の指定でポッドドローンから送られてたわ」


 ケイトの問いに、プロジェクターに追加表示される投稿動画情報。本来秘匿されているそれらも、緊急時であれば開示されるのが常。動画撮影のタイムスタンプは、十一時三十二分に押されていた。


「『……何故ならこの度の動画は、特別に許可をいただいて撮影を行ったものであるからです』」


 ユーザーを自動追尾して映像を撮影する機能を持つポッドドローン。ヴァニスタが歩き出せば、そのまま画角に彼を収めるように動いていく。


「『きっと、皆様も一度は名前を聞いたことのある廃墟ですよ。発見から早七十年が経つにも拘わらず、いまだ謎多く残る建物――』」


 彼がさっと手で指し示す先。ポッドドローンがその方向へ向かってカメラを動かせば、映し出されるのは緑に覆われた建造物。複雑に絡まる蔦に覆われ、その合間からかろうじて見える壁面。そして中央には、出入口と思われる両開きの扉が見えていた。


「『そう、――旧ルベルタ大病院です』」

「旧ルベルタ大病院って……!」

「なんだケイト、お前知ってるのか?」

「はい。由来不明の建造物として割と有名だと思います」

「ちょっと待ってね、今概要を表示するわ」


 ミソラがキーボードを操作すれば、動画は再生されたままサイズが小さくなり。その代わりに大きく表示されるのは旧ルベルタ大病院の概要。


「旧ルベルタ大病院は、交易都市ルベルタの近郊に存在する元は病院であったと思われる建物よ」


 交易都市ルベルタの近郊、住宅街をいちブロック抜けると大地主が所有する森林地帯が見える。そこで発見されたのが旧ルベルタ大病院と呼ばれる謎の建築物だ。

 看板の文字からは病院という文字が読み取れ、中には医療設備が一通り備わっているものの、そこにあるべき人の姿は見つからない。

 

「いつから存在するのか、いつ利用されていたのか。一切の情報が存在せず、人々の記憶から消えた謎の病院ねえ。確かに“由来不明の建造物”だな、こりゃあ」

「これは流石に忘れっぽいの度が過ぎてるよねー。曰くつき、ってやつ?」 

「地主が取壊さないのも、その辺りが理由だろうね。触らぬ神に祟りなし、とかいう言葉もあるようだし」


 ノルス、サンパチ、ニィゴと順に感想を述べていく中。再度ミソラの手によって大きく映し出される動画。早回しされて終盤に差し掛かった動画では、薄暗い大病院の中を、ヴァニスタがそろりそろりと歩いている。


「『……どの部屋も寝台ベッドのフレームや、カーテンレールは残っていますね。崩落している部分もなく、探索も比較的楽に――ん?』」


 そこでぴた、と立ち止まるヴァニスタ。注視するのは突き当り、右へと廊下が続く曲がり角の方。振り返り、一度ポッドドローンの方へと顔を向けると。


「『いま、何か居ませんでしたか?』」


 ぽそり、と返答が来るはずのない問いを投げかける。薄ら反響する声に、蔦の隙間から差し込む光が揺れる。


「『なんていうか、人影みたいなのが……』」

「ミソラ姉、これって何か映ってたー?」

「残念ながら、画像を解析しても何も映っていなかったの」

「『いえ、憶測は良くないですね。行ってみましょう』」


 正面に見える曲がり角の方へ、足を進めるヴァニスタ。こつ、こつ、という足音と、小さく衣擦れの音が作戦会議室に響く。

 足元に気を付けながらも、突き当りまで進み。何かが飛び出してくることもなく、くるりと右手へ曲がって進んでいく。


「『……あれ、なんでしょう』」


 そこで何かを見つけたらしい、ヴァニスタが駆け出す。追随していたポッドドローンが角を曲がり切れずに地面に落ちたが、それは気にも止まらないらしい。

 カメラはどうにかヴァニスタの姿を画角に捉えているが、そこには何もなく。ただ立ち止まり、虚空を見上げる彼だけが映る。


「『これは、いったい――』」


 その言葉を最後に、映っていたヴァニスタの後ろ姿が――消えた・・・


 ミソラが言うように、跡形もなく消えたのである。

 歩いて画角の外に出たと言い訳ができないくらい、まるで煙が空気に溶け出すかのように。そこからは、誰もいない廃墟の映像が一分ほど続いて。


「『追尾対象が消失し一定時間経過しました。撮影を終了します』」


 ポッドドローンの平坦な音声とともに、動画が終了した。

 静まりかえる作戦会議室。明るくなったのは光量を上げた部屋の照明だけ。


巣窟ネストか?」

「……おそらくはね」


 腕を組んでミソラを見つめるノルスに、返ってきたのは首肯。

 巣窟ネストとは、その名の通りN.E.G.O.が跋扈する異空間である。彼らはそこから巣穴ゲートを通じて現実空間へと襲来すると考えられ、巣窟ネストとは何か、どのようにして巣穴ゲートが発生するのか判然としていない。


「撮影を許可した地主の関係者が、戻ってこない彼を不思議に思って発覚。現在すべての動画を公開停止し、付近一帯を封鎖中よ」


 ただ明確なのはN.E.G.O.が多く存在しており、人間が生きたまま入る場所ではないということである。


「推定経過時間は……三時間半、か」

「猶予があるとは言えないねー」

「その通りよ。よって――」


 ニィゴとサンパチの言葉を肯定しつつ、そこで一つ呼吸を挟んで。


「対策本部は本件をN.E.G.O.関連事件と認定。セルリアンに緊急任務として、旧ルベルタ大病院の捜索を命じます」


 声色を変えたミソラの言葉に、面々の表情が引き締まる。


「ノルス隊員およびケイト隊員は相棒バディを伴い、現場へ急行。ヴァニスタ・レイノルズの行方について調査、および場合によっては巣窟ネストの掃討を」

「ノルス、了解!」

「ケイト、了解!」

「手の空いているNōvisノーヴィスらは帯同し、捜索・戦闘支援を」

「ニィゴ、了解」

「サンパチ、りょうかーい!」


 四者四様の返答を聞き届けたミソラの、ふっと右手を振る仕草でプロジェクターおよびホログラフィックキーボードの電源が落ちた。


「これにて臨時ミーティングを終了します。解散!」

「ニィゴ、行くぞ」

「はいはい。言われなくても」


 締めくくりの言葉と共に、相棒バディのニィゴと連れ立ったノルスが部屋を出る。自分も行くか、とケイトが思ったところで、ハッと気が付いた。


「……いや返事しちゃったけど待ってください!?」

「何、ケイトくん」

「や、何、じゃなくて! 俺は行けますけど、ヒトミは今――」


 メンテナンスルームで眠る彼のことは、図らずも本部に知れ渡っているはずだった。何せニィゴが背負ってそこまで運んだのだ、人の目を引かない道理はない。


「ええ、分かってる。だからサンパチ、お願いできる?」

「え? オレ?」


 部屋を出ようとしていたサンパチが、素っ頓狂な声を出して振り返った。予想外の指名だったらしい、至極不思議そうな表情でミソラを見つめる。


「ケイくんの臨時相棒バディになるの?」


 相棒バディは、セルリアンの隊員とNōvisノーヴィスの間で重要な意味を持つ制度だ。

 脳の電気信号アルゴリズムが解明されたことにより、開発された疑似神経ネットワーク。これを用いて、相棒バディとなった隊員とNōvisノーヴィスは電気信号を通して精神的に接続する。ヒト型戦闘機構の暴走を防ぐために作られた、いわばセーフティロックである。

 

「ええ、ケイトの疑似演算指数ならサンパチとも接続できるわ」

「まあ確かに接続はできると思います、……たぶん」

「多分じゃなくて、接続できるわ。ヒトミさんと出来るアナタならね」


 しかし、そこには問題が一つ存在した。

 世に存在する多くの人間の信号処理速度は、Nōvisノーヴィスと接続するに足りなかったのである。

 よってセルリアンに在籍する隊員は選抜に選抜を重ねた、疑似演算指数として算出される信号処理速度が飛び抜けている――いわば一握りの逸材。その中でもケイトは一般人でありながら、並外れた演算指数をもつ天賦の才の持ち主であった。

 その性能の良さと引き換えに桁外れの処理の重さを有し、誰一人として候補者すらいなかったヒトミの相棒バディに収まるくらいには。


「ええ、ケイくん正気なの? ていうか、そうじゃなくてさあー」


 頭の後ろで両手を組んだサンパチの、コバルトの瞳が淡くブルーネオンに明滅する。それは、兄弟機が通信をしている合図。


「たぶん、にーちゃんは行くつもりだよ?」

「――そうですね」


 次いで響くテノールは、聞きなれた相棒の声。


「ヒトミ?! お、起きたの?!」

「はい、ヒトミです。おはようございますケイト」

「うんおはよう、じゃなくって!!」


 駆け出す先は、作戦会議室の入り口。

 柘榴色の前髪から覗く、涼しげな目元。意識系統システムの復旧が済んだらしい、いつものように柔らかな微笑を浮かべたヒトミがそこに立っていた。

 少しだけ見上げる相貌は、普段と変わりなく。それでも一度己の手で意識を剥ぎ取ってしまったことに、唇を噛むと。


「……そんな顔しないでください」

「いひゃっ」


 ヒトミに両方のほっぺをむにっと摘ままれて、やや不格好な笑みを浮かべさせられるケイト。両手首をつかんで離させると、ふふっと嬉しそうに細められるコバルトブルーの瞳。


「久しぶりにウィルス駆除の練習ができましたし、何よりケイトが無事でよかったです」

「……有難うヒトミ、本当にごめん。そっちこそ、無事で良かった」

「二時間振りの邂逅は済んだかしら」


 割って入るように響くメゾソプラノ。ヒトミの登場時には確かに驚き表情を浮かべていたミソラだったが、今やどこかじっとりとした視線を二人に向けていた。


「はい、済みました。さて、ミソラさん」

「何かしら?」

「……俺はケイトの相棒バディです。任務遂行可能ですよ」


 サンパチをケイトの相棒バディへ据えるという発言が、お気に召さなかったらしい。少し不満そうな表情で、その意図をふんだんに含んだ言い方であった。


「近接戦と遠隔戦のどちらもこなせるのは俺、一式だけですよ」

にーちゃん、オレやニィゴ通してずーっと話聞いてたもんね。それにケイトを一人で行かせるわけないじゃん」

「ということです。リズリス先生から、システム異常なしオールグリーンのお墨付きもありますが」

「あー、あー! 分かった分かった分・か・り・ま・し・た・か・ら!!」


 人間としては気に留めないだろうことも彼らにとっては重要らしく、畳みかけるようなヒト型戦闘機構の言葉。その特性を少なからず知るミソラが、痺れを切らしたように制止した後。


「サンパチは現地にて緊急時の予備人材として待機。ヒトミは相棒バディとしてケイトと共に、任務遂行を命じます!」

「……ヒトミ、了解しました」


 自棄っぱちに響くメゾソプラノに、満足そうにテノールが響いた。

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