第7話 疑惑の追及

1 必死


 神森は、帰宅中に突然襲ってきた男を良く見ると、警察本部の佐渡真だった。同じく本部の刑事である前澤亮に媚びを売ってるただの金魚のフンかと思っていたが、能力を持つ者だったのだ。

「やっぱり、これがお前にも見えるのだな。」

 ドス黒い蛇を纏いながら佐渡が言い放った。

「いやな感じがしたから避けたが、なにかしたのか。」

 一応知らないふりをしてみた。

「とぼけるなよ、普通の人間が避けれるわけないからな。」

 やはりダメだったが、こちらの手の内を明かすわけにはいかないから、このまま演技を続けることにした。

「何のようだ。」

「阿保なこと言うな、この連続殺人鬼が」

 神森は佐渡が馬鹿でよかったと思った。連続殺人という言葉は、美作義則からしか出てこない言葉であり、詰まるところ義則が刺客として佐渡を送り込んできたということになる。

「今日は前澤さんと一緒じゃないのか、お前一人じゃ寂しかったろ。」

「なにぃ、この野郎。お前なんかこの俺一人で充分だ。」

「勝手なことしていると、お前の出世に響くぞ。大丈夫か。」

「いちいち五月蝿い奴だな。手柄をあげればこっちのもんなんだよ。」

「何わけのわからないことを言っている。変なことをするようなら、こちらも正当防衛させてもらうからな。」

 佐渡は再び蛇を放ってきたので、神森はこれを避けて佐渡に近寄ってみた。すると、佐渡は慌てて殴りかかってきたので、これを受け流して佐渡の顔面を殴った。それだけで佐渡は昏倒したので、神森は改めて大したことのない奴だと実感した。だが、それだけでは終わらなかった。新たに近づいてくる人物を察知した。

「神森巡査部長、能力者相手に素手で倒すなんて大したものだ。」

 やはり前澤亮がついてきていたのだ。神森はダメだと思いながら一応とぼけてみることにした。

「前澤警部、いきなり佐渡さんが殴りかかってきて…」

「ははは、そうだな。一般人がみたら佐渡くんが悪いよな。神森はとてもうまく対応をしている。しかし、我々は君を見逃すわけにはいかないのだよ。」

 そういうと、前澤は水色の刀を手に出現させ、神森に斬りかかってきた。神森は一振り目は避けたが、二振り目で左腕を斬られた。その瞬間、本当に斬られたかのような激しい痛みが襲ってきた。神森は痛みを堪えながら左腕を見たが、出血もなく見た目は何も変化がなかった。

「本当に斬られたかのように痛いだろ、その痛みはしばらく継続する。人が絶命するかどうかは試したことないが、君で試させてもらおう。」


 神森は、後退りしながら反撃の機会を窺っていた。

「美作警視の指示ですか。」

「確かに確認するよう指示されたが、これは我々の判断だ。君は狡猾で非常に危険なんだ。そして平気に人を殺せる。これ以上の理由はないだろ。」

「俺を殺せば、貴方たちが捕まるぞ。」

「それは大丈夫だよ、君もわかっていると思うが、これらの能力は精神面に作用されていて、物証は残らないようになってるから。…あぁ、そうなると、君を即死させれるかはわからないよね。」

 神森は前澤が油断した隙を見逃さなかった。ゴツゴツした右腕を出して前澤の全身を掴んだ。

「こ、これが君の能力か、実にシンプルだな。だが、とても厄介だ。」

「前澤さんたちは…能力を持っている人は何人いるのですか。」

「さぁ…、私たちもその辺は知らされていない。そもそも、この能力自体なんなのかもわかっていないのだから…」

「それは、どういうことですか。ん…」

 いつのまにか、佐渡の蛇が神森の左足に噛み付いていた。

「神森ぃ、油断しただろ。」

「くっ…」

 神森は急にめまいと吐き気に襲われた。

「蛇だから、毒があるんだよ。それもしばらく続くからな。」

 佐渡がやられたふりをしていただけだった。佐渡がこんなことを考える訳がないので、おそらく前澤の作戦だったのだろう。しかし、神森はまずい状況になった。

(まずいぞ、これは。まだ左腕があるが、目が霞んでいるから正確に攻撃できなければ不利になる。)

「佐渡君、念の為君の蛇で遠距離から仕留めるんだ。」

「はい、わかりました。」

(まずいまずいまずい、このままだとやられてしまう。せめてこの毒だけでもなんとかできれば…)

「くたばれ、神森。」

「くそぉ。」

 佐渡の蛇が神森の首元に噛み付き、神森はそのまま仰向けに倒れ込んだ。それと同時に前澤を拘束していた右腕も消えた。

「よくやった、佐渡君。」

「いえいえ前澤さんの作戦勝ちですね。」

「ですが、念のために心臓を刺しておきましょう。」

 前澤は、水色の刀で神森の心臓を突き刺した。神森も衝撃は受けていたが、声を上げることなく横たわったままだった。

「これで大丈夫だろう。指紋が残ってはいけないので神森に触らないが、生き絶えたでしょう。」

「前澤さん、早いうちに立ち去りましょう。」

 前澤たちは、神森を残してその場から立ち去った。人通りの少ない場所だが、誰かが通りかかる可能性があるから、逃げるようにその場を後にした。


2 裁き


 佐渡が帰宅したのは午前1時ころだった。神森との戦いの後、晩飯を外で済ませて帰ったのだ。佐渡は警察の宿舎に住んでおり、いまだ独り身である。誰もいないはずの部屋に明かりを灯したところ、誰が座っていたので思わず怯んだ。

「だ、誰だ。」

 声をだした瞬間、ゴツゴツした右腕で佐渡の身体を握りしめて、動きを封じていた。

「なんでだ…。」

「遅かったな、まちくたびれたよ。」

「…前澤さんが、心臓を刺したはず。」

「確かにあれはやばかった。でもこのとおり、なんとかなったよ。」

 ゴツゴツした左腕で佐渡の口を封じた。佐渡のドス黒い蛇を出現されるも、握り潰されそうな苦しみから正確に操ることができない。

「ここ一応宿舎だからさ、声上げられたら困るから黙ってもらうよ。」

「…っ。」

「話を戻すけど、人のことを突き刺してくれた前澤さんは、既にお亡くなりになっているよ。」

「…っうぅ。」

「明らかに油断してたから、帰宅中に歩道橋から飛び降りてもらったよ。」

 神森は、佐渡と前澤が別れてすぐに前澤を追跡して、歩道橋の上から能力で拘束したまま頭から地面に落としたのだ。

「俺を殺そうとしたんだ。やられても文句はないだろ。」

 神森は、ゴツゴツした右腕を緩めて左腕の力を使い佐渡を台所へ誘導した。そして、冷蔵庫内にあった缶ビールを飲ませた後に戸棚から薬の入った箱を出させた。

「いつも威勢のいいことを言っているが、睡眠薬に頼ってたのか。」

 佐渡には、自宅にあった酒類と睡眠薬を全て飲ませて、眠ったところを確認してその場を後にした。


 翌朝。

 山岡警察署では前澤の転落死の話でもちきりだった。神森が出勤すると、早速美作綾がその話をしてきた。

「神森さん、前澤さんの話はもう聞きましたか。歩道橋から飛び降りたらしいですよ。」

「そうか、仕事のことで悩んでいる人は多いからな。前澤さんもそうだったのかもな。」

「順調に見えていても、わからないものですね。」

 綾の様子を見る限り、今のところ自分の犯行だとバレていない様子だった。

「しかし、昨日は酒井が首を吊って、前澤さんが飛び降りているから対応した人たちは忙しかっただろうな。」

「はい、宝塚係長は午前様だったみたいです。」

 噂をしていたら宝塚が出勤してきた。

「お前たちを帰すんじゃなかったよ。まったく。」

「いやぁ、呼び出されてもおかしくなかったのに、良い係長でよかったよな、綾。」

「ほんとですね。神森さん。」

「そういうとこ、連携しなくていいから。もう、仕事があるからやってくれぇ」

「はぁい。」


 昼休みに美作警視から連絡が来た。前澤は独断行動で神森を襲ったと言っていたが、それ自体が嘘かも知れなかった。また、前澤たちが神森を監視していたことくらいは美作も知っているはずで、そうなると神森への容疑は深まっているはずである。しかし、電話に出なければ余計にでも怪しまれると思い、電話に出ることにした。

「はい、神森です。」

「あぁ、私だ。」

「どうされましたか。もしかして前澤さんの件ですか。」

 あえてこちらから話を切り出した。前澤の死を知ったのであれば、佐渡の死も察知しているはずであり、当然神森を疑っているに違いない。

「そのとおりだ。前澤は自ら命を絶つ人物ではないと考えている。」

「まさか、前澤さんの件も連続殺人犯の仕業なのですか。」

「私はそのように考えている。そこでだが、ここまでの状況を整理をしたいと思うのだが、直接会えないかね。」

「それには賛成です。ただ、今ちょうど多忙なので土日などがありがたいのですが。」

「わかった、では土曜の午前10時に山岡駅近くの珈琲屋で待ち合わせよう。」

「わかりました。」

 おそらく、何かを仕掛けてくるのだろうが、こちらは既に命を狙われているから、神森としてはこのままでは済まされない。必要があれば処分しなければならず、当然そのつもりで迎え撃つつもりだ。


3 後悔


 土曜日。

 予定通り、午前10時に駅前の珈琲屋へ行くと、すでに美作警視が到着していた。

「やぁ、ここだよ、座ってくれ。」

「失礼します。」

 店員が神森の注文をとり、注文したコーヒーを持ってきた後、美作から話を切り出された。

「今回、酒井は自殺で処理され、犯人の思い通りの結果となった。そして、前澤だが、酒井の死で現れるはずの犯人を確保するため現場に向かわせていたが、返り討ちにあってしまった。」

「つまり、我々には秘密裏に別要員を動かしていたということですね。」

「そうだ。気を悪くしたら申し訳ない。現状として誰が犯人か分からない以上、こちらも先行した対応を取らざるを得ない。」

「いえ、大丈夫です。当然のことです。ただ、酒井は私と娘さんが一緒に警戒していましたが、本当にやられたのでしょうか。」

 実際に酒井は自ら命を絶っており、神森が直接手を下したわけではない。しかし、神森が酒井を取り調べていたときに、徹底的に精神を追い詰めていた経緯がある。共犯者の高橋優が酒井を尾行しているときも精神が不安定な兆候は見てとれていた。そして、想定をしていなかったが、神森の望む結果となってくれたのだ。

「確かにその点については疑問が残るところではある。しかし、結果として犯人が望んだ状況になったことには違いがない。」

「…そうですね。」

「そして、酒井が命を絶った後に前澤から連絡があったのだが、当時、前澤と佐渡が酒井の周辺を警戒させていたが、現場には君と娘と酒井の交際相手くらいしかいなかったということだ。」

(詰めてくるのか…)

「私は、前澤たちにその場から引くように指示をしたのだが、前澤たちは何かに気づいて深追いをしてしまったのか、それとも犯人に存在を知られてしまったのかわからないが、2人とも亡くなってしまった。」

 佐渡の死についても、前澤の遺体が発見された翌日には、既に把握されていた。

「しかし、前澤たちがやられたのであれば、君たちも襲われていてもおかしくない状況だったのだが、なぜか君たちは襲われていない。」

(やはり詰めるか)

「考えられる可能性は、前澤たちしか気づかれていなかったか、神森くんか娘のどちらかが犯人だということか、その他理由があって前澤たちしか狙えなかったの3通りくらいとなる。」

「警視はどの可能性が高いと考えていますか。」

「どれもあり得ると考えているが、もうどれが正解でもいいと思っている。」

「…どういうことですか。」

「もうこの件から手を引くということだ。」


 美作義則の判断に神森は驚いていた。何としても犯人を見つけ出そうとすることを想定していたが、その見当が外れたのだ。

「この件に関わらなければ前澤たちは死ぬことはなかった。これ以上犠牲を出すわけにいかないし、ましてや娘を危険に晒すわけにはいかないからな。」

「ですが、犠牲者が次々に出てくるかもしれませんよ。」

「正直なところ、娘が安全なら犠牲が出てもやむを得ないと思っている。しかも、犯罪者の犠牲なら尚更に。」

 義則もやはり一人の親であった。犠牲が出ようと最終的には自分たちのことを優先する。確かに、義則の立場からしても、法で裁けるかどうかも分からない相手に、命をかけて無償で捕まえようとするだなんて馬鹿げたことでもある。

「だから、神森くんも今日をもって任務を解くこととする。変なことに巻き込んで申し訳なかった。今後は充分注意をしてほしい。」

「わかりました。」

「それともう一つ、先程の続きだが、私は神森くんがこの一連の事件の犯人である可能性も考えている。」

(…言わなければいいのに)

「これは仮の話だから、当然、的外れなことを言っていると思うが、そうであれば受け流してもらいたい。…何が言いたいかと言うと、君がもし犯人だった場合は、どうか綾に手を出さないで欲しい。こちらもこれ以上何かをするつもりはない。」

 義則の後悔が現れているような言葉だった。

「すまないね、私も娘のことになると過剰なことをしてしまう。」

「いえ、あるべき父親の姿だと思います。」

(…降伏宣言でもあるが、安直すぎる。)

「恥ずかしい限りだよ。」

「最後に私から質問してもよろしいしいですか。」

「なんだね。」

「なぜ、前澤さんと佐渡さんだったのですか。殺人犯を見つけることは、警視が個人的にやられているかと思っていましたし、以前にそのようなことをおっしゃってましたが、本当は違うのですか。ある程度は組織として対応されているのでしょうか。」

「…申し訳ないが、それについては何とも言えない。」

「わかりました。得体の知れない犯人とよくわからない味方。どちらにしてもここまでの話でした。」

「本当にすまないね。」

 神森は義則に一礼をすると、その場を後にした。


4 対策


 山岡市内の大型ショッピングモールの地下駐車場。いつものように駐車車両の中で神森と高橋優が話をしていた。

「今回は危なかったですね。…このまま続けても大丈夫ですか。」

「このままだとマズイな。美作義則は手を引くと言っていたが、平気で嘘を付く人物だからな。親馬鹿なのはよく分かるが、何を考えているか分からん。」

「何か対策を講じなければいけませんね。」

「あぁ、俺は既に面が割れているから、どう考えてみても劣勢だからな。それに美作義則の背後にまだ何かしらが能力持ちがいると思っていいだろう。」

「こちらも味方が増えればいいのですが。」

「確かに一理あるのだが、俺は優以外は信用できない。それに、こちらの正体をバラすことになってしまい、一時的にはいいかもしれないが、本来の目的の妨げになる可能性がある。」

「そうっすね、俺くらい神森さんが信頼できる相棒はいないっすもんね。」

「はは、恐ろしい自信だな。その意気でやってもらいたいことがあるんだ。」

「対策ですか。」

「あぁ、俺が囮になって、尾行している奴をあぶり出す。」

「尾行されてるんですか。…あ、もしかして今もですか。」

「大丈夫だ、ここに来るまでに分からないように来ている。だが、この前、美作義則と別れた後、俺を尾行している奴がいたから間違いないと思う。そいつの尾行が下手だったからすぐにわかったんだが…」

「そいつを締め上げるってわけですね。」

「いや、向こうが手を出さないと言っている以上、こちらから手を出してはつけ込む隙を与えたくない。だから、せめてそいつの身辺調査をして、相手がどのくらいの規模か把握する必要がある。」

「そこで、俺の出番ですね。それなら任せてください。」

「これまでの相手とは違うから気をつけてくれよ。優がいることがこちらの強みなんだからな。無理だけはするなよ。」

「わかりました。十分気をつけます。」

 優との話が終わると、2人は周囲に注意を払いながらその場を後にした。神森は、一度葬られそうになってことを胸に刻み、臥薪嘗胆の思いで義則の首をねらおうとしていた。

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