青の専門店
篠崎 時博
青の専門店
世の中には『専門店』が多く存在する。
チョコレート専門店
食パン専門店
チーズ専門店
カレー専門店
食べ物だけではない。
香水の専門店
料理本専門店
中には地球儀専門店なんてものもあるらしい。
私が訪れたのは‟青”の専門店だった。
きっかけは仕事先で知り合った
*
私は都内のとある女性雑誌の編集部で働いている。
高野さんは何冊か料理本を出している今注目の料理研究家で、うちの雑誌でも彼女の料理を取り上げることになった。
その高野さんの記事を私が書くことになり、取材で彼女の料理を頂いた。
私も人並みに料理は作るが、彼女の作る実に簡単な、しかしびっくりするほど美味しい料理にとても感動してしまった。
一口運ぶ毎に私がおいしいを連呼したためか、さすがにそれは何日間も食べていない人の反応だよ、と高野さんは笑いながら言った。
そうして書いた私の記事は評判が良く、めでたく連載となった。
連載のために何度か会い、料理のレシピを教えてもらうなどしているうちに、私と高野さんはすっかり仲良くなった。
それは丁度2週間前のことだった。
*
「
“奈賀”とは言うまでもなく私の名だ。周りにこの名字の人物がいないこともあり、昔から「奈賀ちゃん」などと上の名前で呼ばれることが多い。
「どうしてですか?」
そう答えると、
「あーほら、バックに付いている小物とか、ペンケース、あと手帳も青だよね?」
言われてみれば、私の身に付けているものには青が多い。
「そんなに青いもの選んでいたなんて気づかなかった…」
「この色なんか落ち着くんですよね。だから無意識に選ぶことが多いのかも」
そう言うと
「そうだ!奈賀ちゃん、私いいところ知ってるの!」
長い髪にパンツ姿でスタイリッシュスタイルな彼女が私の手をガシッと掴んだ。
「今度の土曜、空いてる??」
*
そうして現在に至る。
その店は銀座の大通りから少し離れたところにあった。
白い壁に煙突がついたドーム型の青い屋根、ドアの他には丸い小窓があるだけ。窓から中の様子はよく見えない。入り口のところには木製でできたスタンド看板が置いてある。
銀座特有のあのエレガントな場所からは想像もつかない、まるで絵本に出てくる可愛らしい家のようにちょこんと存在していた。
「入るよ~」
高野さんが声をかける。
「あ、はいっ」
慌てて返事をして中に入った。
店の扉を開けてすぐに、わぁっと思わず声を上げてしまった。
見渡す限りの青、青、青。
部屋の中は家具を除いて青いものしか置いてなかった。
小窓には薄い青のカーテン、壁には青の時計、他には青のグラス、青のブローチ、青の花、青い羽、青いジャム。
青といっても色は様々だ。紺色も有れば、透明に近い青もある。
室内の壁は薄いベージュのため、周りが青いもので囲まれていても不思議と気持ち悪くはならない。
「いかがですか?」
「⁉」
青に圧倒されていた私は、急に声をかけられびっくりしてしまった。
「驚かせてすみません。
声のしたほうに目を向けると、紺色よりももっと暗い色をしたスーツを着た若い男性が立っていた。
「すごいですね、こんなにも青いものが。
これ、全部集めたんですか?」
「ええ、そうです。海外で仕入れたものもありますよ」
「…青が好きなんですか?」
「はい、とっても。何しろ名前に青がついてますしね」
そう言うと彼は胸ポケットから名刺を取り出して私に見せた。
『ブルーマスター 青野 雅弘 アオノ マサヒロ』
「ブルーマスター…って何ですか?」
初めて聞く肩書に思わず質問した。
「ブルーマスターとは、青を知り、青を教え、青を与えるものです。
私は主に好みに応じた青をセレクトしています」
この世にそんな職業が…。と、そう思っていると、
「ちなみに、ブルーマスターは私が決めた名です。
ブルーマスターはまだ世界にたった1人。
でもきっと色に強い魅力を感じた方なら私のようにマスターとなる者が現れるかもしれません」
青野はにこにこしながら言った。
「ところで、気になる青はありましたか?」
そう聞かれて、もう一度店内全体を見回す。
「うーん、これだけ青が多いと迷いますね」
「では、どんな青がお好みでしょう?」
どんな青。
好きな青は——。
**
「奈賀は将来何になるのー?」
いつかの夏。帰り道。セーラー服。蝉の声と滲む汗。手にはスーパーで買った安いラムネ。
「何、急に」
「あ、ほら今週さ、進路調査書出さなきゃじゃん?奈賀はもう書いたかなーって」
「そっちはもう決めてあるの?」
「うん、大体ね」
「偉いね」
「偉くなんてないよ~」
「ちなみに何にしたの?」
「うんとね…。写真家、かな」
「すごいじゃん」
「え~、そうかな??」
少し恥ずかしながら言ったあの子は、写真を撮るのが上手かった。
修学旅行で撮った写真。彼女の写真は人気だった。私も彼女にお願いして焼き増ししてもらった。
磨き上げた技術で誰もが魅了する一瞬を撮る。そんな彼女は一目置かれていた。そして私はどこかで羨ましいと思っていた。
「気になる仕事とかないの?」
「気になるっていうか…」
幼稚園のときは花屋。
小学生のときはデパート店員。
中学のときはデザイナーってしたような…。
でも、どれも『本当に興味があったもの』ではなかった気がする。
「何が合っているのかなぁ、私。得意なことなんてないし」
「…奈賀はさ、説明したり、伝えたりするのが上手いと思うの。
なんていうか、人を納得させられるっていうのかな」
「奈賀が前に書いた校内演奏会の感想文、あたしすっごい感動したんだ~」
「…そう?」
演奏会の感想文を書いたのは1年のときだった。感動してくれていたこともそうだけど、まずそれを覚えていたことに驚いた。
「そうだ!奈賀、何か伝える仕事がいいよ」
「何かを伝える…?」
「奈賀なら何かを上手に伝えられる、そう、例えば…ライターとかさ!」
あの子は親友では無かった。
クラスメイトだった。
時々話すことがあるくらいの。
その日の帰りもたまたま一緒になっただけだった。
なんで思い出したのだろう。
あの子は今、何をしているんだろう。
あの子の名前…なんだっけ?
**
「おや、いい青ですね」
私が手に取ったのは青のビー玉。
丁度ラムネに入っているような。
青色と透明の間。
澄んでいて綺麗で、でもどこか懐かしくて、いつまでも見ていられる色。
「これにします」
横で高野さんと青野さんが話をしている。
高野さんが勧められたのは青のレターセット。
封筒は水色よりも濃く、少しくすんで、和を印象づけるような青色だった。
「いいね、この色。誰に手紙書いて送ろうかな」
手に取った封筒を見て高野さんは満足げに言った。
「ありがとうございましたー」
そうして私たちは店を後にした。
お気に入りの青と、いつかの思い出をコートのポケットに大事にしまって。
青の専門店 篠崎 時博 @shinozaki21
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