第39話 最終話
ヒメコが企画してくれた食事会の当日は、天気に恵まれたこともあり、気持ちいい風が吹いていた。
柔らかな日差しに目を細めていると、昨夜に緊張して寝つけなかったことを忘れそうになる。
ミチルが提げている袋には、手土産の
1本2,000円くらいする本格的なやつで、つまりヒメコの父は甘党なのだ。
どんな人だろう……。
羊羹が好物って時点で、優しそうなイメージしかないけれども、年齢は43歳と聞いているから、ミチルの父より少し若い。
彼女の親と会ってきます! という話をミチルの両親にしたら、お小遣いを渡されて、
『これで新しい服と手土産を買いなさい』
といわれた。
粗相のないようにね、とも。
ヒメコとショッピングしてきたのが昨日のこと。
真新しい服を着ているせいか、自分が自分じゃないみたいで、心の奥がこそばゆい。
「しかし、申し訳ないな。お高いステーキ屋でご馳走になるなんて」
「いいから、いいから。お寿司屋さんにしよってヒメコは提案したんだけれども、お父さんとお母さんはお肉がいいって。神木場家の行きつけのお店だよ。大丈夫、今日はきっと上手くいくから。リラックスしていいよ」
お店のドアに手をかけようとして、待てよ、とミチルは思う。
ヒメコの先読みは自分だけが対象外と聞いている。
そして距離が近い人ほど未来を読みやすいということは……。
「まったく意識してこなかったけれども、ヒメコちゃんって、これから俺の身に降りかかるラッキーとかアンラッキーも見えたりするの?」
「さあ、どうでしょうか。ヒメコは知りません」
軽くはぐらかされた。
少なくとも食事会で大ポカをやらかすことはなさそうだ、と判断したミチルは今度こそドアを開けた。
お昼時だから、香ばしいステーキの匂いが鼻をついてくる。
レジ横にでっかい牛の置物があって、どこがロースでどこがカルビなのか一目でわかるようになっていた。
「お父さんとお母さんは先に席で待っているよ」
「う〜、緊張するな〜」
窓辺の席まで歩いていったヒメコは、お父さん、と呼びかける。
ふっくらした顔つきの男性が振り返る。
「ミチルくんを連れてきたよ」
「どうも、坂木ミチルと申します」
「ああ、君が坂木くんか。なんだ、聞いていたより男前じゃないか」
男前といわれるのは初めてだから、恐縮してぺこぺこしてしまう。
「ヒメコに勉強を教えてくれてありがとうね、坂木くん。さあ、ヒメコも座りなさい」
ニコニコしているヒメコの母にも軽くあいさつしておいた。
……。
…………。
ヒメコの父は一見すると、どこにでもいそうな温和なおじさんだった。
てっきりセールスの仕事でもしているのかと思いきや、自分の会社を経営していると知り、スーパーダディであることに驚く。
「会社といっても従業員が20人くらいの中小企業だけどね。もう15年くらい前かな。リーマンショックというのが起こって、ただでさえ景気が悪いところに、当時勤めていた会社の不祥事が発覚したんだ。これはいよいよヤバいぞ、ということで、同僚と一緒に会社を立ち上げることにした。死ぬほど苦労して、1回入院を経験したけれども、支援してくれる人が見つかってね。けっきょく元の会社も倒産しちゃったから、路頭に迷うよりマシだったよ」
当時のヒメコは幼いから、父親が苦しかったころの記憶はない。
物心がついたときには、経営も軌道にのっていたそうだ。
「お父さんが仕事で迷っていたら、ヒメコが時々アドバイスしてくれるんだよ。その案件は受けない方がいい、とか、東北の会社に電話すると商談が取れる、とか。これが当たるのなんの。お陰で会社の財務も健全になって、銀行さんから褒められたよ。ヒメコの前世は高名な占い師かもしれない」
父親の自慢話に耳をかたむけるヒメコは得意顔になっている。
「それほど大切な娘さんの交際相手が俺なんかで本当にいいのですか?」
「もちろんさ。ヒメコが自分で選んだんだ。間違いないよ」
あっさり太鼓判を押されてしまう。
期待値が高すぎるのも、かえってプレッシャーなのだが。
「あ、これ、大したものじゃないですが……」
会話が途切れたタイミングで持ってきた羊羹を渡した。
「おおっ! お父さんの大好きな羊羹じゃないか! 甘いものがないと、ここ一番でパワーが出なくてね!」
笑いながらお腹をポンポンする仕草なんか、気のいいおっちゃんみたいで、ミチルも釣られて笑ってしまう。
「喜んでもらえて何よりです」
ジュゥ〜〜〜という鉄板の音が近づいてきた。
このステーキ屋は2種類のお肉を選べるランチが人気で、ミチルはサーロインとランプの組み合わせを注文しておいた。
ソースも2種類あり、にくにくソースとバーベキューソースがついている。
岩塩、ワサビ、ネギ塩といった調味料は好みに合わせて付けるといいらしい。
これにご飯、スープ、サラダがセットで一人前。
「いただきます」
カットしたお肉をふ〜ふ〜してから食べてみる。
ソースの風味が口いっぱい広がって、そこにジューシーな肉汁も合わさり、豊かなハーモニーを奏でる。
ミチルは何回もうなずいてから、
「こんなにおいしいお肉、初めて食べました」
と率直な感想を口にした。
「私もここのステーキが一番好き」
ヒメコも牛タンステーキをおいしそうに頬張っている。
「坂木くんは来年、どこの大学を受験したいとかあるの?」
そういったのはヒメコの母。
「地元の大学が第一志望ですね。とりあえず経済学部に入って、それから就きたい仕事を考えていこうかと思います」
「それがいい。地元の大学が一番だ。地元だと就職活動がしやすいしね。親にもすぐ相談できる」
ヒメコの父は力強くうなずいて、娘の方を向く。
「ヒメコは将来、お父さんの会社に就職するのかな?」
「う〜ん、ヒメコは頭が良くないから、事務の仕事じゃないと無理かな〜」
「じゃあ、将来の社長は坂木くんに決定だな」
「はぁ⁉︎ 俺ですか⁉︎」
横で話を聞いていたヒメコの母がクスクス笑う。
「きっと冗談よ。この人は社長の大変さを誰よりも知っているから。そうなったらいいな、という希望的観測」
「ですか……」
お母さんはそういったけれども、お父さんの目はミチルをしっかりロックオンしている。
「大丈夫だよ。私がミチルくんを応援しているから。将来、どんな仕事に就いても、きっと上手くいくよ。私のお父さんに負けないくらい成功するから」
ヒメコの先読みの力というやつは、いったい何年後まで見ているのか、末恐ろしいと同時に誇らしく思うミチルであった。
《作者コメント:2022/02/16》
読了感謝です!
またお会いできると幸いです!ノシ
僕の彼女は占い系VTuber ゆで魂 @yudetama
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