夏のホラー外伝第2弾 商人と思い出と壊れたラヂオ
それを見つけたのは本当に偶然だった。
私は、賃貸アパートの1階部分で小さな雑貨屋を営んむしがない店主だ。
そんな私がそれと出会ったのは、定休日に買い出しに出た帰りだった。最寄りの食料品店で食材や生活用品を買い込んだ私は、パンパンに膨らんだ買い物袋を手に帰路についていた。普段と変わらぬ賑わいを見せる王都の通りの一つを歩いていた私は、見るともなしに眺めていたアンティークショップのウィンドウの一角で足を止めた。
「これは…」
ーーーそれは大層な年季を漂わせている古い
☆
その日の夜、湯浴みと食事を済ませた私は年甲斐もなく胸を弾ませながら件のラヂオの前に座っていた。
あの時、ラヂオに対してほとんど一目惚れ同然の気持ちを抱いた私はその購入を即断していた。
私がこのラヂオにここまで熱を上げるのには、もちろん理由がある。それは、これが私が働いて稼いだお金で初めて購入したラヂオと同じ物だったからだ。
私の生家は大家族で、中でも末の方に生まれた私には、自分の物、という物と縁が無かった。服にしろ玩具にしろ、基本は兄や姉からのお下がりであり、それ故に独立することへの憧れも自然と育っていった。
15歳になり、未熟者ながら大人の仲間入りを果たした私は、当然のように地元で様々な仕事の手伝いを始めた。そこで得た給与一年分を一銭も使うことなく貯めて購入したのが、かねてより買いたいと思っていたそのラジオだったのだ。
この経緯や買ったときの達成感などをユリアに話して賛同を得られた試しはないのだが、王都から遠くはなれた何の刺激もない田舎に生まれた私にとって、このラヂオという魔術具は真新しい娯楽を提供してくれる憧れの道具だったのだ。
加えて、裕福な友人たちたちが親から買い与えられている中、自分の力だけで手に入れたそのラヂオへの思い入れは人一番深かったといのもあるだろう。
しかし、そこまで熱を上げていたラヂオとの別れもまた唐突だった。
もともと何人もいる兄弟の末の生まれということで家を継ぐ権利も義務もなかった私は一念発起、独立してひと山当てようと、18で王都に出た。その矢先に、下宿先のアパートが火事に遭ったのだ。
幸いと言うべきか、私が外出している時の出来事だったためケガなどは無かったのだが、反面、家財道具の一つも持ち出すことが出来ず、ラヂオを含めたその全てが焼失したのだ。
運のいいことに、その時自分を雇ってくれていた輸入雑貨を扱う店の店主が気を利かせて彼の店舗兼住宅に下宿させてもらうことができたため、路頭に迷うようなことは無かった。それからはなし崩し的に店の手伝いに駆り出され、色々とすったもんだあったのだが、今その話をする必要は無いだろう。
☆
改めて触れてみたラヂオは、重さといい肌触りといい、まさに当時の物そのものだった。
最後に触れたのはもうずいぶん前になるというのに、当時の記憶が次々蘇ってくることに感激してしまう。
「壊れているという話でしたが…」
購入時に店主が言うには、電源は入るものの音の方の調子が良くないらしい。
「スイッチは……ああ、これですね」
表面に並んだスイッチの一つを軽く押すと、すぐにラジオ特有のくぐもった小さなノイズが流れ出した。逸る気持ちを抑えて蓋を開き、そこに今度は一緒に買っておいた音源魔石を入れ込む。
それからできるだけ丁寧に蓋を閉めると、再生のスイッチを押した。
すると僅かな起動音のあとに、魔石に刻み込まれていた通りの王国の古い民謡が流れ始めた。
「やった…!」
期待以上の成果に私は薄暗い食卓で一人拳を握る。
それからは魔石を次々と入れ替え、様々な曲を流していった。
一通り終えた私は再び最初の魔石に戻し、流れてくる音楽にしばし聞き入っていた。
せっかくだから、今日はこのまま残った雑務を片付けてしまおうと思い立ち、帳簿を取り出してきて腰掛ける。そのまま、ラヂオから聞こえる軽快な音楽をお供に仕事を始めた。
流れているのは有名な吟遊詩人の十八番で、王国民あれば誰でも口ずさめる程度には認知度があるものだ。
なのだが、
「……?」
上機嫌で聞いている中で、不意に微かなノイズが混ざった気がした。
☆
―――翌日の営業日。
「代金ちょうどお受け取りいたしました。こちら、商品になります」
支払いを確認した私は、お客様である若い女性に紙袋に包装した小物雑貨を渡す。
それを受け取った女性は軽い会釈を返しながら友人と共に店の出入り口へと向かった。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
その背中に向かって私が頭を下げ送り出した。
と―――
「店長、裏の棚卸終わりました」
店の裏で在庫の管理をしてくれていたアルバイトの女子高生、優里が顔を出した。
「お疲れ様ですユリアさん。大丈夫そうでしたか?」
「ばっちりです。ところで店長、来たときから気になってたんですけど、そのラヂオどうしたんですか?」
カウンターに入ってきた優里が視線を向ける先には、昨日私が買ったラジオが置いてある。無論、ここに持ってきたのは私で、電源の入ったそれは店の中に緩やかな音楽を奏でていた。
「古いけど、お洒落で素敵なラヂオですね」
「でしょう。私の思い出の品なんです」
「へぇ〜」
そう言いながら試すがめつラヂオを見回す優里は興味津々の様子で、思いの外彼女の関心を得たらしい。
「うーん、味のある音がとっても素敵ですね。…でもなんだろたまに雑音? みたいなのが混ざる気がしたけど…」
ユリアが怪訝そうに覗き込んだラヂオからは、穏やかな音の間に確かに雑音が混ざっているようだった。
「ああそれは、元々故障しているものだったらしいんです」
「なるほどー。でもすごくいいですね。私結構気に入ったかもです」
「ええ、本当に拾い物でした」
満足げな私に優里も頷いてくれる。と、
「こんにちはー」
「すいません、表の小物入れなんですけど…」
どうやらお客さんが来たらしい。
「「いらっしゃいませー」」
私とユリアは一旦ラヂオのことは置いてお客さんへの対応に気持ちを切り替えた。
☆
その日の夜。店を閉め、アルバイトも返した店で私は締めの作業をしていた。
カウンターを照らす小さな照明の下で一人帳簿と向き合う私は、相も変わらずラヂオをお供にしている。
『なんだろ、雑音…?』
不意にユリアの言葉が蘇る。
なんとなく、首を傾げていた彼女の様子が喉に刺さった小骨のように引っ掛かっていた。
あまり気になっていなかったはずの雑音が妙に耳にこびり付いて離れないのだ。
気のせいかもしれないが、以前よりも混ざる頻度も増え、音も大きくなっているような気がする。
「…やっぱり故障は故障ということなんでしょうか」
思わぬ掘り出し物が見つかったという嬉しさがあったため、一度気になってしまった欠陥が余計に気になるようになってしまったのかもしれない。
「――今は気にしても仕方がありませんね」
なんにせよ、気持ち次第で無視できていた音なのだ。
気持ちを切り替えるように声に出すと、再び手元の仕事に戻る。
『緑豊かに実り……スクス―――』
「今、何か…?」
意識を他へ移した隙を見計らったように、それまでの雑音とは違う音が聞こえて思わずラジオを見る。
『美しきベルト…ク、我らが故郷―――』
しかし聞こえるのはいつもの雑音だけで、他に変わった様子もない。
気のせいか、とどこか納得のいかない気持ちを抱えながらもそのまま再び仕事に戻った。
結局その日はいつもと変わったことは何も起こらなかった。
☆
深夜の寝室。とっくの昔に床についていた私は、妙な違和感を感じて目が覚めた。
波のようにやってくる眠気と戦いながらベッドから体を起こすと、確かに寝室のどこかからか聞き覚えのない音がさざめきのように聞こえる。
『…………クスクス……フフフフフフ……』
それは笑い声だった。
まるで人目を憚るように圧し殺したささやかな嘲笑が、どのからともなく聞こえてくる。
「一体何が……っ!」
暗い寝室を見回した私は、すぐに音の出所を見つけることができた。いや、何となく察していたのかもしれない。
月明かりに照らし出された机の上に、電源を入れた記憶のないラヂオが赤い電源ランプを光らせ浮かび上がっていた。
ひび割れた薄笑いは、明らかにそのスピーカーから流れてきていた。
それまで明確な形を伴わない雑音だったものが、明らかな笑い声へと変わったのだ。
これは現実なのか夢なのか、それすらも曖昧になるほど気味の悪い光景に、私は一度に血の気が引き、冷水を被せられたかのように目が覚めてしまった。
慌ててベッドから出た私はすぐに電源のスイッチを切ると、逃げ込むようにして再びベッドに飛び込んだ。
☆
「店長、最近顔色悪くありません?」
「ああそれが、ここのところよく眠れてなくて…」
あれからおよそ一週間。深夜にラヂオが点いて以降、就寝中に不意に電源が入り、叩き起こされることが度々あった。
最近はそれが夢での出来事なのか、現実での出来事なのかも区別がつかなくなってきており、若干不眠気味になっていた。
「んー、なんか急に疲れが出てきましたよね。お仕事に根詰めすぎなんじゃ無いですか?」
「あはは…、そうかもしれません」
「そうですよ。せっかくラヂオがあるんだから、音楽でも聞いてのんびりしましょう?」
ユリアの視線の先には、今も音楽を奏でているラヂオがある。
『―――騎馬は征く征くどこまで……クスクス…握る騎兵槍に深緑の旗を…クスクスクス…』
「っ!?」
雑音に混じって聞こえてきた気味の悪い音に、私は反射的にラヂオの電源を切ってしまった。
「わ、びっくりした。どうしたんですか?」
「い、いや、ちょっと嫌な感じがして…」
「嫌な感じって…まあ確かにこの雑音はちょっと気になりますけどね」
怪訝そうな優里の様子から察するに、今の私は相当に酷い顔をしているのだろう。額を伝う汗の冷たさから、自分が青ざめていることも理解できていた。
ここのところ、以前までは雑音のようだったそれが、明らかに人の笑い声のよう聴こえてきていた。
はじめは気にしないようしようと努め、そのまま流し続けていたのだが、そう思えばそう思うほどに耳につくようになる。今ではせっかく電源を入れても、結局消している時間の方が長い、という状況になってしまっていた。
「店長…。やっぱり気になるんですね。私には雑音しか聞こえないんですけど…」
心配そうにこちらを覗き込んでくるユリア。ここのところの私の様子から、何となくこのラヂオに原因があることは察していたのだろう。
心配そうな優里の視線の先には、件のラヂオが棚の上で静かに佇んでいた。
「ええ…まあ。色々試したんですが、いまいち改善してくれず。今は動力の魔石を抜いてすっかり置物状態です」
残念ですが、と付け加えた私の声は、思っている以上に生気が感じられなかった。
「そうだ、一度修理に出してみるのはどうですか? 調べてみたら、案外あっさり直っちゃうかもしれませんし」
「修理ですか。…そうですね」
アルバイトの少女にここまで言わせてしまっている現状に情けなくなってしまう。よく考えてみれば、ひょっとしたら気味の悪いことなんてなく、ただの故障によるものかもしれないのだ。
修理、考えてみてもいいかもしれない。
☆
「一度バラしてみたんですが、スピーカーの部品と電源系統に問題があるみたいでした。幸い替えの部品もあったので、しっかり直りましたよ」
「ありがとうございます!」
ユリアのすすめもあり、結局私はあのラヂオを修理に出すことにした。
今日は修理完了の知らせを受け、約一週間ぶりに修理屋を訪れていたのだ。
そして驚くことに、気味の悪い不具合の正体は意外なほどあっさりと判明してしまった。
「ありがとうございます! 部品の不良が原因だったんですね」
「はい。まあ古い型ですから、けっこう起こりますよ」
「そうですから…。いや、良かったです」
喜ぶ私の様子がうれしかったようで、修理屋の店主も顔もほころばせる。
「よろしければ電源を入れて確認していきますか?」
「是非!」
その申し出に、私は一も二も無く頷く。
それを受けた店主は手早く魔石を取り出し、ラヂオに収めた。
「どうぞ」
促され、私は電源のスイッチを押す。
『――――ああ、ベルトルク! 偉大なる勇者が―――』
「おお!!」
一瞬の間を置いて流れ出した音は、明らかに良くなっていた。以前のような雑音が混ざることもなく、ましてや気味の悪い音も聞こえない。むしろ新品同様と言っても差し支えない状態だった。
「不具合の見られる部品は全て新品に替えましたから、もともと複雑な魔術具でもありませんし、まだまだ使い続けることができると思いますよ」
「ありがとうございます」
礼を言いながらも、私はついつい楽しくなって音量や音質の摘みを回してしまう。ラヂオの方も好調で、入れてあった歌曲を問題なく流し続けていたのだが、それが不意に何も発さなくなった。
「おや、この周波数は――」
また故障かな? と、首を傾げた時だった。
『……クス………クスクス……』
また、あの音が鳴り始めたのだ。
『クスクスクス…クスクスクスクス――』
「そんな…」
私は反射的に電源を切ってしまう。
幸い電源は素直に切れ、ほっと息を吐いた。
「大丈夫ですか?」
「え? いや…、ええ」
店主は先の異変に気が付かなかったらしい。突然青い顔をしてラヂオに飛び付いた私に怪訝そうな視線を向けてきている。
私は深く息を吐いて激しく鼓動を打つ心臓をどうにか落ち着かせると、とりあえずこの場を取り繕うと口を開く、その時だった。
「……クスクス、そっちじゃないよ」
聞こえないはずのあの声が、はっきりと私の耳元で囁いたのだ
☆
後日、店に顔を見せたアカツキがラヂオの不穏な気配に気づき、その場でワ式除霊術を駆使して不具合を取り除いてくれましたとさ。
しかし残念なことに、ラヂオ自体が憑いていた悪霊によって動いていたらしく、除霊後はうんともすんとも言わない完全な置物になってしまったというのが余談の余談である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
タイトル通り、ホラー外伝第2弾です。
昨年なろう公式企画で書いたものをデニス雑貨商風にリライトしました。
楽しんでもらえたら幸いです。
たもん
ギルドにお立ち寄りの際は、王都表通りギルド横、デニスの雑貨屋をどうぞ御贔屓に。 たもん @fbt0501fm
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