第10話
十
まるで色鮮やかな敷物の様な花畑の上を、三羽のベヌゥ達が、ゆっくり輪を描きながら飛んでいる。暫く見とれていたいような景色だが、実際には美しさの裏に危険な本性が隠れている景色だ。本来なら此処は、幹の上に葉の塊が乗っかっている様な木が所々に立っている他は、一面草に覆われた草原のはず。しかし今はその四分の一ほどが、ベダの花に覆われている。空を舞うベヌゥ達は今まさにベダの花がこれ以上の禍をもたらさないよう、ベダの果実が実らなくなる対処をしようとしているのだ。
ベヌウに騎乗する鳥使い達はベヌゥ達の高度を下げ、ベダ花の上を低空飛行すると、ベヌゥに騎乗している鳥使いはベヌゥの胴の両脇に取り付けている長い筒状の容器の蓋を足で開け、容器の中の土をベダの上に降らせていく。この土が掛かったベタの花は、実を生らせる事無く時と共に姿を消し、花畑は元の草原に戻るだろう。パートナーのベヌゥに乗って土を撒く作業の指揮するカーネリアは、撒いた土がベダの大きな花に掛かったのを見届けると、さらに広い草原をブルージョンと共に飛び回り、草原にまだベダの花が咲いている場所が無いかを、一緒に作業をする鳥使い達と共に見回った。もともとこの草原は、樹海周辺部の草原地帯に住む狩猟民の生活の場だ。狩猟民達は此処で狩りをして暮らしていたのだが、大きな火事があってから大半の狩猟民は樹海周辺部の別の場所で暮らしている。草原を見回る狩猟民がいない為に、草原がベダに覆い尽くされてしまったのだ。でももう大丈夫、ハリが森の賢者と呼んだ光りの川に住むバイーシーが教えてくれた特殊な土が、ベダが実を生らすのを防いでくれるから。
カーネリアはこの対処法を聞き出す為に、樹海北端の森への旅から帰って二、三日してからバイーシーに会う為に、モリオンとベヌゥに乗って光の川を訪ねたのだった。バイーシーはあまり人前には現れない生き物だが、かつて光りの川でバイーシーに会った経験があるカーネリアとモリオンにはすぐに姿を現してくれた。しかもバイーシーは姿を現すとすぐに、カーネリア達がベダの花への対処法を探しているのを知り、教えてくれたのだった。バイーシーは自分と意識が繋がっているベヌゥ達を通じて、カーネリアとモリオンを光りの川の支流の一つが流れ込む広い渓谷へと導いてくれた。バイーシーによれば、その渓谷は一面毒のある土に覆われているために、植物が生えない土地なのだそうだ。そしてこの生き物には全く害が無い毒の土が掛かった植物はそれ以上の成長を止め、種子を作らなくなるのだとも。バイーシーはカーネリアとって貴重な情報を、ベヌゥ達の意識を通じて伝えて来た。
かつてこの世界に居た人間達が毒の土と枯れ枝を燃やした灰を混ぜ、ベダに振りかける光景と共に。カーネリア達はバイーシーに礼を言って別れると、早速渓谷の土を採取して鳥使いの村に持ち帰り、さっそく村人達の手によって実験が始められた。バイーシーに教えられたとおりに毒の土と枯れ枝の灰とを混ぜ合わせ、村の畑に生えたやっかいな雑草に掛けて見ると、その雑草は種子を付ける事無く枯れ、実験は成功した。この実験で鳥使い達は毒の土の威力を確認できたのだが、実験の結果は何故ハリが毒の土のある場所を書き残さなかった理由も示していた。毒の土の植物を実らせなくする力を悪用されるのを、ハリは恐れたのだ。他人の畑に毒の土を撒いて被害を与えるなど、あってはならないのだから。ただし、ただ土を植物に撒いただけでは、毒の土の効果も限定的なものになるらしい。畑の雑草が枯れてから暫くして野菜の種を撒いてみたら、無事に野菜が芽を出し。二度と植物が生えない状態にはならないのが確認された。
毒の土の効果を確かめた鳥使い達は、さっそく土と木の灰を混ぜたものを、本来なら火事の時に火消しと呼ばれる消火剤を撒く時に使う長い筒状の容器に入れてベヌゥの騎乗具に取り付け、ベダか咲いた場所へとベヌゥに乗って向かい。火消しを撒く要領で毒の土を撒いて行く。これで草原での作業は終了だ。一連の作業を指揮していたカーネリアは、ブルージョンの背中から手を振って作業の合図を仲間に伝えると、作業に加わっていた鳥使い達は、ベダの花の見落としが無いように草原地帯を一周してから、鳥使いの村へと向かう。
カーネリアは帰り道でもベヌゥの背中から地上の様子を窺がい、ベダの花が咲いていないかを調べていた。人間がどんなに注意していても、ベダの花を見逃してしまう事はあるものだ。つい最近も樹海周辺部の町の一つで、一目に触れず町の近くの林に咲いたベダが実を付け、それをいち早く嗅ぎつけた小動物の群れが、町の中まで入り込んでくる騒ぎがあったばかりだ。人が殆んど立ち入らない場所にベダか咲いたのと、まだ実を生らせる時期ではないと油断していたのが原因だったが、その時活躍してくれたのが、ジェイドのパートナー、流星の鳥のアナンダだった。ジェイドと共にベダが実を生らせた場所に来たアナンダは、町の住民を怖がらせない為に、樹海周辺部の町近くでは活動を制限されているベヌゥ達に替わって小動物の群れを追い散らしてくれたのだ。素早く小回りの利くアナンダが小動物達をしつこく追い回して退散させ、小動物がいなくなったのを見はからって、町の住民達が林に入ってベダを刈り取り、最後に鳥使い達からもらった毒の土を撒いて騒動は終わりを告げた。
この時のアナンダの活躍でジェイドの流星の鳥の鳥使いとしての地位は固まったのだが、実際のジェイトとアナンダの仕事は樹海周辺部にいる生き物の観察と保護だった。アナンダが見付けて弱っていたり傷付いたりした動物を鳥使いの村に連れ帰り、世話をするのが今のジェイドの仕事で、ほとんど生き物の治療師と言ったらいいくらいだったが、ジェイドは自由文に満足しているらしい。カーネリアも生き物達を治療するのは、ジェイドに相応しい仕事だと考えていた。パートナーのベヌゥを失い、身体と心に樹大きな傷を負って大きな絶望を経験したジェイドだからこそ、傷付いた生き物達に、上手く接する事が出来るのだろう。
[さぁ、早く帰りましょう]
草原に新しくベダが咲いた場所が無いのを確認すると、カーネリアは鳥使いの村に帰るよう、一緒に作業をした鳥使いにイドで伝え、ブルージョンを鳥使いの村への帰路に就かせた。他の鳥使い達も自分のパートナーを帰路に就かせ、カーネリア達は樹海周辺部の上空を鳥使いの村に向かって飛行を続ける。まだ夕刻には早い時間だが作業が順調に進んだので、今日の仕事はこれでおしまいなのだ。鳥使い達を乗せたベヌゥは樹海周辺部から巨樹が立ち並ぶ深緑に入り、鳥使いの村がある山を目指す。深緑の様子は、とても穏やかだ。樹海北端の旅から帰ってからは、もう怪しげな飛行物体が、深緑にも樹海周辺部にも飛んで来る事は無かった。荒野であった奇妙な人間達は、ちゃんと約束を守ったらしい。穏やかな深緑の上空を進んで行くと、やがて巨大な切株の様な形をした山の上空に到着し、ベヌウ達は挨拶の無き声をあげてから、山の中腹にあるベヌゥの離着陸場に着地した。ベヌゥ達が全員離着陸場に着地すると鳥使い達は蹲ったベヌゥの背から降り、ベヌゥ達を立たせると離着陸場の後ろにある洞窟の中へと一緒に歩いて行く。
「お帰り」
光り石に照らされた洞窟の中に入ると、先に村に帰っていたジェイドとモリオンがそれぞれのパートナーと共に出迎えてくれた。今日のジェイドは、モリオンのハートナーのジェダイドの乗せてもらって樹海周辺部に出掛け、少し前に帰って来た様だ。モリオンの横には騎乗具を外して手入れをしてもらったジェダイドが蹲り、ジェイドは右腕にはこげ茶色をした走鳥の雛を抱えている。
「また連れ帰ってきたの?」
カーネリアはブルージョンの背から騎乗具を外すと、カーネリアはやたらと首の長い走鳥の雛に目をやりながら、ジェイドに話し掛ける。
「あぁ、迷子になったらしいんだ。もう少し大きくなったら、元の場所に帰してやるよ」
カーネリアに答えながら、ジェイドは空いている左手で走鳥の雛の背中を撫で始めた。それにしても、ジェイドがここまで小動物の保護に熱中するとは……。カーネリアが少しばかり呆れながら溜息を着くと、苦笑いしながら二人のやり取りを見ていたモリオンが、カーネリアに話し掛けて来た。
「それよりもカーネリア、今日ハリの本が、図書室に作られた小部屋に入れられたそうですよ。図書係が帰ったら見に来て下さいと、言っていましたよ」
良い知らせだ。これで長い間樹海の奥に隠されていたハリの本の正式な居場所が、正式にさだまったのだから。
「有難う。ブルージョンの世話が終ったら、図書室に行くわ」
「そうですか。私達もこの雛を小動物の保護小屋に連れていってから、図書室に行きますね。それではまた後で」
モリオンはカーネリアとの話しを終えると、ジェイドと共にそれぞれのパートナーを連れて洞窟の外に行き、パートナー達を自由にさせると騎乗服のボタンを緩め、帽子を頭の後ろにずらすと洞窟の階段を登って行った。
「さぁ、あなたも自由にしなさい」
洞窟に残ってブルージョンの身体を布で拭いてやり、ベヌゥの目や脚に異常がないかを確かめ終わったカーネリアは、ブルージョンと共に洞窟を出るとパートナーを自由にし、ブルージョンが空高く舞い上がったのを見ると洞窟の奥の階段に行き、図書室へと向かった。
図書室に行くと、図書係のオロベェルディがカーネリアを迎え、ハリの本が収められた小部屋へと案内してくれた。沢山の本が並べられた本棚の間を歩き、図書室の奥に新しく作られた小部屋の扉の前に来ると、オロベェルディは扉の鍵を開け、カーネリアを中に案内した。光り石に照らされた小部屋の中には、壁に作りつけられた本棚と、小さな机と椅子が置いてある。
「少しハリの本を読んでいたいから、外で待っていてね」
オロベェルディはカーネリアの言葉に従って小部屋を退出し、一人残されたカーネリアは本棚に収められたハリの本を取り出して頁を開くとハリの言葉に目をやる。そして一通りハリの言葉に目を通し終ると、騎乗服のポケットからベヌゥの羽根を取り出し、ハリの本に挟んだ。ハリが滞在した巨樹のがらんどうでハリの本に挟んであるのを見付け、大切に持っていた羽毛を、元あった場所に戻したのだ。おそらくこの羽毛は、ハリのパートナーのものだろう。ハリはパートナーとの絆の証しとして、羽毛を残しておいたはす。パートナーの羽毛が自分の本と共にある事を、ハリも望んでいるだろう。そう考えたカーネリアは、羽根を元に戻す機会を窺っていた。そしてやっとハリの本専用の小部屋が出来た今、羽毛を元に戻す事が出来たのだ。羽毛をハリの本に戻し終えたカーネリアは、本を慎重に本棚に収める。そしてハリの本に一礼し、ハリの記録が収められた小部屋を後にした。
―了―
銀翼の探究者 demekin @9831
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