終末、どこに行こうか

結ヰ織

終末、どこに行こうか

 そして、世界は終末を迎えた。


「この街にも、生き残りはいないかぁ」


 壊滅した街に残滓が土煙として舞う。

 倒壊、また一部崩落した高層建築物が、誰かにとってはいつも通りだった交通路を道なき道に変えてしまった。ショッピングモールは内側から崩れ落ち、向こう夕日が遮られること無く指し込んでいた。


 ようやく未探索だった街の捜索を終えた水城ユウキは、落胆の独り言を発した。気力が抜けて、背負ったリュックと片肩に掛けた狙撃銃の重みが同時に襲いかかってくる。


「終末から何年経ったっけな。一人になって何年経ったか……。はあ、もう諦め……」



 ――20XX年。

 突然、地球は、いわゆる魔界と繋がった。それによって、魔界の魔族たちと魔族とは共存共栄の関係にない魔界に潜む魔物どもが地球に入り込んだ。

 魔族たちは人間を虐殺し始め、魔物どもは人間と魔族を無差別に喰らい漁り、それらに対して人間は兵器を用いて魔族との戦争と魔物の殲滅を始めた。


 戦争はどっちつかずの結果で終わった。

 全世界の各都市、各街はほとんど壊滅してしまった。戦争と殲滅で人間も魔族も生き残りがいるのか、いないのか、分からなくなるくらい減少した。

 魔物どもだけは、未だどこかに潜みつづけ餌を探している。

 地球は終末を迎えた。


 生き残った者、生き残ってしまった者は、『もう誰とも会うことはないんだろう』『誰かと会話することも一生ないんだろう』と、思っている。でも、そうは思いたくないと、思いを心の奥底に沈めて浮かび上がらないように蓋をのせた。

 何故なら、そう思ってしまったら『じゃあ、何で生きてるんだろう』って考えてしまうからだ。一人で生きて一人で死ぬ。生涯そんな寂しく生きることに意味があるのか?

 

ない。と。


 だから、生き残った者、生き残ってしまった者は、誰にも会えないとわかっていながらも、誰かを探して、終末世界を放浪するのだ。



「はあ、もう諦め……」


 両肩からずり落ちたリュックを気合いを入れて背負い直し、片肩をすり抜け落とした狙撃銃を拾い、繋げたスリングベルトを片腕から片肩へと通し、リュックのサックの上に掛けた。


「さて、もう日が落ち始めたし、どこか寝られる場所でも探そうかな」


 夜に外を歩くのは自殺行為に近い。魔物は夜が深くなるに連れて、その行動は活発になってくるからだ。だから、辺りが完全に暗くなる前に、せめて身を隠せる建物の形として残っている建造物を探す必要があった。

 しかし、探索したこの壊滅した街でそういった生きてる建物は無く、足をまだ未探索の方に向けた。道中いよいよ暗くなってしまった。

 荒廃した街の街灯も、もちろん生きていない。リュックの中から手回しの充電式懐中電灯を取り出し、照らしながら進んだ。


 暗闇をライトで照らした先、崩壊した建物が散々と並ぶ壊滅した町に一つ、ほぼ無傷の状態で生き残っていた教会を見つけた。ほぼ無傷とは言っても、ドアの一部は欠けていて、本来神々しい光を放つステンドグラスは割れている。

 健在の建築物がほぼない終末世界では、これがほぼ無傷と言っても過言ではない。

 人間や魔族、魔物の死体もなく、寝泊まりするには絶好の場所だ。


「これだけ綺麗だと、誰か人がいるんじゃないかな」


 淡い期待を胸に、教会内を探索してみたが誰もいない。誰かがいたという形跡も見つけることはできなかった。

 落胆の溜め息と独り言を漏らした。


「はぁあ、誰もいないじゃん。アホらしい」


 気持ちが上下して疲れ切ったユウキは、着ていたアサルトスーツの裾で、教会に並んだ最前列の長椅子の土煙やホコリを拭った。それからドサッと座り、放浪中に手に入れた乾パンと綺麗な川から汲み取った水で食欲を凌いだ。

 

 長椅子の長さは横になったユウキが丁度収まるくらいの長さだった。硬いという問題はあるが眠れそうだった。だけど、割れたステンドグラスと欠けた入り口からすきま風が入り込み、肌寒さを感じて、布団の代わりとは決して言えないただの布切れをリュックから出して包まった。


「ふあぁ、しばらくはここを拠点にしようかな。この町の探索もしないといけないし、また放浪してこんな形残った建物に出会えるかもわからないし。それに、教会には人が集まるって言うよな、少し待ってみよ」



 その日の朝は、ステンドグラス越しの陽光と割れたステンドグランスの穴からの直射日光を浴びて目を覚ました。目が覚めてもここには誰もいなかった。

 誰かが現れてくれることを自分が期待していたのか、していなかったのか、本心はわからない。


 溜め息からあくびに変わってでた。


「さてと、そこまで大きな町じゃないし今日中に探索は終わるかな」


 これから、しばらくこの教会の滞在する。だから、備蓄する食料は多いに越したことはない。

 探索に向かうためリュックの中、昨日までの放浪で搔き集めた食料と生活用品を全て出して、新たに見つけた衣食用品を回収できるスペースを作っていた時だった。


 待っていた。誰かが現れた。


「あぁ、匂う。久々の人間の匂い」


 待っていた。それに裏切られた。


 附近に置いてあった狙撃銃を正面ドア、それの方に向け、ハンドルを起こし引いた。

 みすぼらしくボロボロになった黒い正装を着た人型の何者か。20XX年に、突如魔界から流れ現れた魔族の一人、軍の報告書によれば吸血鬼の種類。人間の血を好み、血を使った魔法というものを使う。

 吸血鬼は、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてこっちを見ている。


「その服、もしかして軍人だった人? 戦争の生き残りがいたんだぁ。それとも怖くて逃げちゃった感じ?」


 目の前に現れたその吸血鬼が煽ってきた。

 軍人として戦争に参加して生き残ったことに間違いはないが、別に逃げたわけじゃない。


「そっちこそ、高貴な吸血鬼にしては、みすぼらしい恰好してるね。逃げ回ってボロボロになったの?」


 ムキなった訳では無かったが、言い返した。

 

「はは、ぜってぇ殺す」


 さすが魔族と言ったところか、戦闘態勢になった瞬間から殺気がすごい。吸血鬼の周りに血が浮かぶ。戦時で何度か見たことがあった。自らを傷つけ流した血を操る。剣としたり、弾として撃つこともできる。

 厄介だ。血を流せば流すほど、吸血鬼の血の魔法の手数が増える。一撃で始末するのが好ましい。

 標的のこれといった場所に向けられていなかった銃口を、吸血鬼の心臓に向ける。

 有無言わさず、一瞬の間も与えず引き金を引いた。

 腕に反動がくる。


「な?!」

「おいおい、いきなり心臓って終わらせるつもりかよ。楽しいバトルはここからだぜ?」


 狙った心臓に弾は当たらなかった。避けられたわけでも、照準がズレたわけでもない。ベストな位置だった。それでも吸血鬼に弾は当たらなかった。

 奴の心臓の前で弾は止められた。血を使った防御魔法か何かなのか。

 次弾装填、ハンドルを起こし引いた。排莢した弾が地面で音を鳴らした少し後、照準修正して再び引き金を引いた。


「無駄だって、はぁ期待外れかよ。つまんねぇ」


 血を刃と形を作りこっちに歩いて来る。完全に舐めてる様子だった。吸血鬼とユウキの距離が中間まで縮まるまで、何度も次弾装填し撃ち続けた。が、当たることはなかった。

 立ち上がり、腰のナイフポーチからサバイバルナイフを出して構える。


「ここに来て肉弾戦かよ」


 吸血鬼は嘲笑して、一気にこっちとの距離を詰めてきた。振り回された血の剣を避ける、捌く。振りかぶった吸血鬼の剣を、サバイバルナイフで受け止める。鍔迫り合いが続く。

 サバイバルナイフの耐久がもたない。

 今、吸血鬼は鍔迫り合いに集中している。素早い手つきでレッグホルスターから自動拳銃を取り出し、吸血鬼の頭目掛けて撃った。血の魔法で防御する集中力は無かったようだったが、反射神経がいいのか避けられた。


「いいね。久々に楽しいぜ」


 楽しいか……。

 確かに、久しぶりに誰かと、人間ではないし、友好と言える状況じゃないけど、誰かと話してる。戦ってるけどコミュニケーションをしてる。

 久しぶりの感覚だった。誰かが目の前にいる。楽しい。嬉しい。面白い。正の感情が久しぶりに出てきた。でも、今本気の殺し合いをしている。吸血鬼を殺してしまえば、また一人になる。

 また、誰かを探し放浪する日々に戻る。

 

 ここで死ぬか……。


『いいね。久々に楽しいぜ』


 いや、そしたらコイツは……。


「ねぇ、もう戦うのやめない?」

「はぁ? なんで?」

「僕、久しぶりに誰かと話したんだよね。ここでお前を殺したら、僕はまた一人になる。もう僕は一人になりたくない。だからもうやめない?」

「なんで、お前が勝つ前提で話してるわけ? ……まぁ俺も誰かと話すのは久々だけどよう。……ま、まぁそこまで言うならやめるかぁ」


 ユウキはサバイバルナイフと拳銃を、それぞれのホルスター戻した。

 びちゃっと魔法の解けた吸血鬼の血が地面に落ちた。


 しばらく沈黙が流れた。

 殺し合いはやめたものの、ここから元敵の魔族吸血鬼とどう接すればいいのかわからなかった。


 手始めに――。


「僕は、水城ユウキ。当たり前だけど人間」


 ――自己紹介から。


「俺は、シエン=アルカード=ルカ。高貴な吸血鬼様だ」


 魔族らしい無駄に長い名前だ。


「シエンは、これからどうしたい?」

「さあ、ユウキは?」

「僕は……、生き残りを探して地球を復興させる。それで、魔族と人間が不可侵か共栄共存の関係にさせて、もう戦争は起きない世界にしたい」


 生き残りが、他にいるのか? たとえば女性がいなければ繁栄はできない。

 それをわかっていながら出た目的だった。こうして、目の前に人間ではないけど生き残りがいる。それが少しの可能性に見えていた。

 気持ちが舞い上がっただけの言葉だったかもしれない。


「ふ~ん、まぁいいんじゃね」

「じゃあ、協力お願いね。シエン」

「は? 面倒くさいんだけど」


 二人は生きるための目的が新たにできた。

 地球と魔界の復興させて互いに不可侵か共栄共存の関係を築かせるという。

そして、魔物は殲滅させると。


 


「はい、俺、二〇体魔物倒した。お前一五体ーー、雑魚乙」

「お前は自在に血を操る魔法、こっちは狙撃銃と拳銃とナイフなんだぞ。そもそも比べるのかおかしいだろ」


 あの教会を出て放浪の日々、潜んだ魔物を見つけ出して、何匹倒したか競いその日の色々を決める権利がどちらかに与えられるという、シエンが考えたゲームをしていた。

 魔物自体は、朝ということもあって弱い。苦労することもなかった。シエンは盛り上がってはいたが、ユウキは勝てないとわかっていて、淡々と魔物に撃つことだけを考えていた。


「粗方片付いたか。にしても数多いな、終わりが見えねぇ。誰かさんが少ししか魔物倒さないせいかなぁ」


 コイツの毎回の煽りにも馴れた。コイツはこういう性格で煽り以外言えない奴だってこと。


「慢心して油断して、魔物に狙われるシエンを援護してるからねぇ」



 一カ月は経った。しかし、誰とも出会うことは無かった。やっぱり、シエン以外に生き残りはいないのだろうか。


「さ、次の街に行こうぜ」


 諦める寸前、いつもなら勝手に諦めるという考えが打ち消されていた。だけど、最近は相棒が背中を押してくれる。諦めを口にする前に、気持ちが完全に折れる前に。


 とある町の生き残った工場跡で、今日は寝ることにした。広くて綺麗な場所だった。

 あの日の教会に比べたら土やホコリが凄いけど。十分休める場所ではあった。久しぶりに広々としていられる。  

 シエンは、ユウキがあげたパーカーを着てダラダラとしていた。


「こう見るとシエンは弱そうなんだけどな」


 久々にユウキから煽ってみた。


「はあ? 誰が弱そうだって? まあ、お前も人間の中では強い方だけど俺の方が強い」

「ちなみに、シエンはどれだけの人間を殺したの?」


 何となく訊いてみた。


「よく訊いてくれた」


 そう言うとシエンは、これも魔法の一つ空間収納というやつから、ドサッと何かを落とした。ぐちゃぐちゃになって落ちた物品たち。まるで強盗したあとに、盗んだものを乱雑に広げたみたいになっている。


「何これ? 強盗品?」

「これはなぁ。俺が殺した人間が持っていた物品だ」


 シエンは、殺した数を誇るために、人間が大切そうにしている指輪やネックレスなどなどを集めているらしい。

 悪趣味だな、訊かなきゃよかった。と、物品に目を適当に向けていた。


 その時、ある一つの物が目に入った。


 それをユウキは、乱雑に紛れ込んだ物どもの中から拾いあげた。見覚えのあるネックレスだった。首から下げたネックレスを、アサルトスーツの内から外に出した。


 離れ離れになる前に、どんなに離れていても、どんに月日が経っても忘れないために持ったオーダーメイドのネックレス。ユウキとそしてたった一人の家族だった妹しか持っていない。この世に三つと無い家族を忘れない証。


 それを、シエンは持っていた。

 殺した証として……


「そのネックレスがどうかしたのか? お前のとお揃いということは……何、もしかして流行りものとか? いや、お前が付けてるんだからセンス無いネックレスだな」


 シエンの煽り。いつもならムカつきもしないし、適当に煽り返して流していた。しかし、今は悲しみ、怒り、苛立ちが込み上げてくる。

 

 腿から外して附近に置いておいたレッグホルスターから自動拳銃を抜き出して、シエンに向けた。そのまま、二、三発連続で撃った。もちろん殺すつもりで撃った。

 少し遠くにある狙撃銃を取りに行って撃たなかったのは、不意をつくためだ。

 当たりはしたが、心臓を外れた。


「痛って! は? お前何してんの?!」

「そのネックレスは、僕の妹のものだ。お前は僕の妹を殺した。絶対に許さない。お前を殺す!」


 シエンは、驚いた表情を浮かべていた。そしてすぐにニヤニヤと笑った。


「妹の敵討ち、復讐ねぇ。立派しの人間みたいなこと言ってんね。まあ、かかって来いよ」

「シエン、一つ訊く。俺の妹に詫びる気持ちはある?」

「は? あるわけねぇだろ。たかが人間を殺したことに」


 何度か、相見え武器を持つことはあった。だけど、本気で殺そうと思ったのは、初めて出会った教会での戦い以来だった。その時以上。憎しみ、怒り――、様々感情が溢れかえっていた。

 もう止めることはできない。

 相棒を殺すことを。


「殺す」




 相方の妹を殺していた……。

 せっかく出会えた、最高の相方。

 その妹を殺していたんだ。

 仲良くなれたと、これから一緒にやって行こう、生きて行こうって思ったのに。

 感情が入り乱れる。

 人間なんて、血をすする養分のようなもの。だから、殺しても特に何も思っていなかった。なのに、初めて後悔した。

 魔族にとって家族とはそこまで大切なモノではない。でも、人間は違う。繋がりの中で家族という者を一番大切にする。


 許してもらうことはできない。

 相方とはここまでか……もう終わりにしよう。




 死闘が始まり、サバイバルナイフと血の刃が交差する。工場跡に耳障りな金属音がなる。

 一緒にいてわかったこと。シエンは、血を剣にしなが、攻撃を血で防御することもはできるが、攻撃しながら、防御することはできない。

 剣技と言えるほどでない刃の攻防を繰り返しつつ、隙をみて自動拳銃で撃つ。教会で初めて戦った時の戦法と同じ。だが、単一のことしかできない馬鹿なシエンには効果的だった。


「はは、やるじゃねか。復讐の力ってやつか……あぁ駄目だ、体力も集中力も切れた」


 びちゃびちゃ、流れ出た全ての血、大量の血が魔法が解けて全て今垂れた。シエンの周りが血に溢れた。傷口から血は出続けている。このまま出血で死ぬだろう。


「もう一度訊く、妹に詫びる気持ちはあるか?」

「はは、だから無いって……。でも、相方を失うってわかってたら殺さなかったんだけどな……」

「お前……」


 初めて、シエンの口から相方と言われた。

 シエンがユウキのことをどう思っていたのか、わかっていなかった。友人程度には仲良くなれたとは思っていたけど、相方なんて……一度も言われなかった。


「はは、冗談だよ……雑魚ユウキが。ま、精々一人でまた放浪を再開するんだな。それで、目的を果たせよ――」


 死んだ。やっと出会えた誰かが、シエンが、相棒が、憎む敵が、相方が死んだ。

 殺した。やっと出会えた誰かを、シエンを、相棒を、憎む敵を、相方を殺した。


 復讐して、してやった感も、達成感も正の感情は何も無かった。一人になって負の感情が出て来た。喪失感、虚しさ、悲しさ……。

 そして、もう誰にも会えない寂しさが溢れた。

 心細い。寒い、身体が震える。

 

「あぁ、もういいや……」


 胸に痛烈な痛みが走り、呼吸が乱れできなくなる。不安は無い。寂しさも消えて行った。どこか安心感が出てくる。もう一人ではなくなるんだ。

 これから行く先は誰もいない場所ではない。

 もっと早くこうしてれば良かった。


 ――でも、そしたら君とは会えなかったね。

 シエン。


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