猫石
猫石は一見普通の石である。
祖母が言うには、もともとは猫の墓石でいつしかその猫の魂が宿ってしまったという。丸まった猫のように庭の片隅に鎮座していた。触れると冷たいような温かいような感触で、撫でていると心が落ち着く、そんな不思議な石だった。
ある夜、私はふと目を覚ました。時計を見ると午前二時を回っている。何か胸騒ぎがした。寝なおそうとしてもどうにも眠れない。それでなんとはなしに庭に出てみた。空を見上げると月が出ている。青白い光を放つ満月だった。それがあまりに綺麗だったので縁側に座ってぼんやり眺めることにした。
そのとき、にゃあという猫の声を聞いた。私はすぐにわかった。猫石だ。あの石から聞こえたのだ。そっとそばに寄り、膝の上に置いてなでてやった。するとまた、にゃあと鳴いた。しばらくなで続けてやると声はすぐに止んだ。かわりにごろんところがった。
月明かりを受けてきらりと光って見えたその時、石はふわりと宙に浮かんだ。私が驚いている間にも、その石からは次々と小さな光が飛び出してきた。蛍のように浮かんでは消えていく。それらはどれもこれも猫の形をしていながらも色とりどりでとても美しかった。光の群れは石を囲み、ゆらゆらとひとつの方向に向かって飛んでいく。どうやら庭の外に出ていこうとしているらしい。
どこに行くのだろう。光の猫たちは石のまわりを円を描きながら進む。彼らの後に続く形で歩いた。
ほどなくして彼らの目的地に到着した。そこは川のほとりだった。土手の上に立つとちょうどいい高さになっている。川の水は澄んでいて、水面には丸い月が映し出されていた。猫たちが鳴き声を上げた。それと同時に川の中へと次々に入っていく。不思議と水しぶきは立っていない。まるで空中を泳ぐようにして進んでいく。幻想的な風景に言葉を失ってしまった。最後の光の猫が川に入ると、石も水面にゆっくりと沈んでいった。
もう河原にあるたくさんの石と猫石の区別もつかなくなってしまった。
――そこで目が覚めた。
カーテンからは朝の日が漏れている。今見た夢を思い返してみると本当にあったことのように鮮明だった。気になって庭に出てみたが、猫石はどこにも見当たらない。祖母や家族に聞いてもそんな石は知らないという。猫石をおぼえているのは私だけであった。結局、あれ以来、あの猫石を見ることはなかった。猫石は最後の挨拶をして、旅立ったのかもしれない。あの清らかな川の向こうに。
うたたね綺譚 相宮にか @aimiya_
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