第2-1話 睡眠薬は最善と言えるのか
壱ちゃんに髪の毛掴まれて溺死した翌日。
今日も、美味しくないご飯を食べて、対して面白くないのに友達と会話をして、体が疲れるのに学校に来て……やっと、放課後になった。
「……あ、おはよう、鳴」
そして、かばん片手に部室に辿り着けば……壱ちゃんがお出迎えをしてくれる。
読んでいた本を閉じて、いつも通りに挨拶してくれる。
……嬉しい。
本当、これだけが『今』は、この学校に来る意義だとすら思えるぐらいに
だから、私は思った事をそのままに伝えた。
壱ちゃんといる時間が一番幸せだって、伝えた。
―――いい顔はされなかった。
「……本当?」
……壱ちゃんは意外とこういうところで不安がる。
変なところで臆病なんだよね、きっと。
「本当だよ」
「……同じクラスの人達と楽しそうに話してたのに?」
「えっ、私のこと見ててくれたの? じっくりしっかり見ててくれたの嬉しいなぁ」
「……いや、そこまでじゃないけど……ちょっと、仲良さそうに数人と歩いていた所を見ただけで」
そこで言葉をきって切って、それで壱ちゃんは、どこか納得したように、
「……でも、そっか」
と、言った。
「まぁまぁ安心してって。私は一日中、壱ちゃんの事考えてるから」
「……さらっと、凄いこと言うね」
「すごくなんかないよ、当たり前のことだから」
「……当たり前? え、うん、そう?」
―――一目惚れした人の事だよ? そんなの一日中ぶっ通しで考えてるに決まってるじゃん? ねぇ、壱ちゃん? 私ずっと考えてるんだよ? 一秒たりとも、壱ちゃん以外の事を考えたことないんだよ? 出会ってしまった瞬間からずうっとずうっとなにをしていてもどんなことをしていても歩いていている時も面倒な課題をやっている時と大して美しくもないクラスメイトに喧しく話しかけられている時も、いつでもいつでもいつでもいつでもいつでもいつでもいつでもいつでもいつでもいつでも―――
「……あの、鳴?」
「ふ、ふふふふ……」
「……え、何、どうしたの?」
「全然? どうもしないよ、壱ちゃん―――今日はさ、睡眠薬でしょ?」
「……うん、まぁうん……そうだけど」
なんだか変なものを見たような目を私に向けられているけれど……答えを教えてあげることは出来ないんだよね。
だって、この溢れ出る愛の言葉を伝えるべきは今じゃないから。
もっと、もっと、『私』を壱ちゃんの心に差し込んで、離れられないように縛って、縛って縛って……依存させてからがいいよね―――もっと、引き伸ばさないと。
この関係を、愛してくれる関係を―――引き延ばさないと。
―――まだ、殺させてあげないから。
―――まだ、お父さんを殺しちゃダメだよ? 壱ちゃん。
「で、どれ飲めばいいの?」
そう問い返すと、壱ちゃんが―――
「……ん、これ」
―――って言って、小さめの瓶を渡してきた。
その中にゴロゴロ入っていたのは、赤くカラーリングされたカプセル錠剤。
これが、睡眠薬―――多分、風邪薬と言われて渡されても、分からない。
「あんまり外から見てる限りだと分からないね」
「……うん、怪しまれないように、なるべく普通の買ってきた」
「ちなみにどこで買ったの?」
「……ネット」
「へぇ、売ってるんだ」
最近は何でも売っているんだ、なんて思ってから、瓶の蓋を開けてみる。
「ちなみにこれって、どれぐらいの効果があるの?」
「……一応効果時間は、十二時間らしい」
「十二? え、じゃあそれ飲んだら、明日の朝まで寝たままってこと?」
そうなると思う、って返事が返ってきた。
うーん、それはちょっと困っちゃうかな。
「……まぁ、そうなっちゃったら、私も学校に泊っていくよ」
「まぁ、それはそれで壱ちゃんとお泊りできるから嬉しいけど、でも―――」
そうやって、なんでも協力するって言ったくせに、私がごねていると、
「でも、多分大丈夫だよ」
―――って、返事があった。
「え? どうして?」
「どうしてって、鳴ちゃんは自分が下校時刻にまで起きなかったらどうしようって考えているんでしょ?」
「え、うん、そうだけど」
そうふやふやに返事をすると……鳴ちゃんは、昨日もみた、冷たい凍り付いた表情を浮かべて、
そして―――
「だって―――多分、殺しちゃうから」
―――私を納得させる答えを、返してくれた。
「今日は、どれぐらい『して』も起きないかの実験だから。出血とか痛みとかそういうので、万が一起きるってことが無いように確かめるのが目的だから。」
壱ちゃんは冷静だった。
本当に、ただ本当に睡眠薬の効果を試すつもりしかないみたいで、その結果、確実に私が死ぬと言ってきている。
「そしたら、昨日の、喉奥とか胃とか肺とかに詰まった水みたいに、睡眠薬も消えてなくなっちゃうでしょ? なら、大丈夫なはずだよ」
……確かに、そうだ。
間違いなく、いつも通りに死ねばそうなるはずだ。
ちゃんと考えているんだね、壱ちゃん……たくさん、沢山考えているんだね―――
「確かに、そうだね」
「……でしょ?」
「うんそうだね完璧だね!!」
―――たくさん! 私の事を考えてくれてたんだね!
その事実が、一文がどこまでも嬉しくて―――全身が喜びに震えるほど、壱ちゃんが愛おしくなって。
「……っ、ちょっと抱き着かないでよ」
だから、思わずハグしてしまぅた。
ちょっと、ガタッと、椅子が震えてしまうぐらいに勢いよく。
「いいじゃん減るもんじゃないし」
「……なに興奮してるの」
「べっつにぃ? なんでも?」
「…………もう」
しょうがないな、って言葉が聞こえてきた。
冷たい笑みを、殺意に満ちた叫びをあげていた人とは思えないぐらいに、暖かくて、優しい。
―――だから、私が助けてあげないといけないんだ。
「それでさ、壱ちゃん。これ、何錠飲めばいいの?」
「……一応、普通は二錠なんだけど……十錠ぐらい飲んで」
「わかった」
肩に通していた腕を離して、言われた通りに薬を飲む。
手渡してくれたペットボトルの水で、ゴクリゴクリと、飲み込む。
一錠、二錠、三錠―――壱ちゃんはそんな私の様子を、ただじっと見ていた。
四錠、五錠、六錠―――そうやって見つめられる視線に、ゾクゾクしながら無理やり錠剤をのみ込む。
七錠、八錠、九錠―――そんな私を見て、壱ちゃんが頑張ってと言ってくれた。
だから、胃に溜まった水の気持ち悪さを無視して、十錠目を喉に流しだ。
「っぐ……うん、のんだよ」
「……ん、ありがとう。えらいね」
『えらいね』って言われた……褒められちゃった……嬉しい……!
「それで、効果はどれぐらいで出るの?」
「……あぁ、それは」
その、
瞬間、
だった。
「ぁ?」
ぐらりと、ふらりと、体から力が抜けた。
足にも、手にも、全くもって力が
「……あ、もう効いたのかな?」
「…………なん、か、うご、ない」
―――眠気じゃなかった。
この感覚は、全くもって、眠さなんかなかった。
体からちょっとずつ力が抜けて行って、ふわふわしてくる『眠い』って感覚じゃなくて―――全身から、無理やり、力を奪われるような、そんな、気がする。
―――逆らえない。
だから、膝がガクッと折れて……体が、前に崩れる。
「―――おやすみ、鳴」
ただ、床に頭から倒れる前に、意識が切れて落ちる前に
―――壱ちゃんに抱き留められて、嬉しかった。
愛してるから殺させて【連載版】 星ノ芽 ルナ @Hijyouguchi
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