不適切な処理をしてしまった場合


 その日、私は残業でクタクタになって街を歩いていたんです。


 家系ラーメンでも一杯ひっかけて帰ろうかなぁなんて考えながら。


 今にして思えば、そもそも残業で終業時間をぶっちぎってるからとっくに閉店時間過ぎてるんですよね。残業で頭が飛んでたんでしょうね、怖い怖い。


 で、まあ結局帰り道に家系ラーメンの店なんてありませんので、ガードレール下にあるおでんの屋台で、晩飯食べつつ一杯ひっかけることにしたんです。


 お酒ですか?


 そりゃ、おいしかったですよ。疲れた体にあのアルコール特有の渋みが染みるんですな。


 おでんと焼酎で温まった身体で冬の寒い寒い夜道を歩いていると、不思議な音が聞こえてくるんです。


 たんっ、たたんっ、たんったんっ、ってね。


 最初それは火の用心の掛詞かけことばのための拍子木の音かなって、思ったんです。


 ですが、辺りを見回してみてもどうもそんな様子は全くなくって、そこでやっと、おや何かが変だぞ、と気が付いたんです。


 でもほろ酔い気分だったこともあって、何か不思議な集会でもやっているのかなって思って、然程気にしなかったんです。


 不用心だなって言われてしまえば、まあその通りなのですが……。でも、ほら、ほろ酔い気分で夜道なんかを歩いていると、何というかそういうバカバカしさみたいなものがお腹の底から溢れてくるんですよ。分かりませんか? 分からないかァ……。


 そんなこんなでしばらく歩いていたんですけれど、その軽い音は一向に鳴り続けていて、しかも私が歩いているっていうのに、全然近くなりも遠くなりもしないんですよ。


 流石にちょっとおかしいなって思ったときに、パラパラと空から白いものが降ってきたんです。


 頬にあたるソレは冷たくてねぇ……。


 雪が降ってきたんですよ。

 雪の降る夜の街に奇妙な音と私きり。


 なんだか楽しくなってきてしまって……、年甲斐もなく、無意味に走り出してしまいまして……。


 そしたら私の走る速度に合わせて、謎の音も軽く加速するんですよ。


 小さく小刻みにテンポがあがって、ついてくるんです。


 そこで、私はようやく気が付きましたね。

 あぁ、これは後ろから追いかけられているんだなって……。


「誰かおられるのでしょうかぁ~?」


 くるっと振り向いてちょっとおどけた感じで声をかけてみたんです。


 でも、後ろには誰もいなくてですねぇ。一体どうした事なんでしょうかね?


 で、まあ酔っ払っているとはいえ、流石にちょっとした羞恥心にかられましてね。まあ周りには誰もいないので、それは良かったのですけれど……。


 ともかく、私の後ろには誰もいなかったんですよ。


 だから諦めてまた帰路を辿るのですが、そうするとまた、たんっ、たたんっ、たんったんっ、と音が聞こえてくるんです。


 正直酔っ払って能天気になっていた私ですけれど、この段階になりますと、もしかするとただ事ではないのではないか? という疑念を持ち出しまして……。


 でも、だから何が出来るのかなんて分からないじゃないですか。


 だって、足音はすれども姿が見えないのですから……。


 だから、しょうがなくびくびく怯えながら夜の街を足音と一緒に歩いていくのです。


 怖いからどんどん私の歩く速度が早足になっていくんですけれど、そうすると、ついてくる足音もやっぱり早くなってくるんですね。


 雪の中を早足で歩く私のことを、足音だけが追いかけてくるんですよ。


 雪も降ってて、足元がちょっと濡れてるし、早足で歩いているとときどき転びそうになるんですね。


 そういう不安定さが、何というか酔っ払って呑気な私にちょっとした恐怖感を植え付けてくるんですよ。徐々に、徐々に、もしかすると呑気している場合じゃないのではないか、なんて考えが脳裏に渦巻きだしてですねぇ……。


 あぁ街灯が暖かそうだなぁ……、とか雪が降ってるから星は見えないんだなぁ……、とかそんなことを考えながらスッ転びそうな足を無理やり動かして、夜の街を進んでいくんです。


 そうしたらば――、

「ねぇ、パンツおいてけ?」

 そんな声が急に聞こえてきました。


 慌てて振り返ると、やっぱり誰もいませんでした。


 だから、ついに幻聴でも聞こえてるようになってしまったのかって思ってちょっとゾっとしましたね。


 でも、その時は酔っ払ってもいたので、そういうときもあるかなぁとちょっと思ったりもしたんですよ。


 誰もいないならいないでしょうがないかなって、思ってもう一回帰路を辿ることにするんですけれど、そうするとまた――、


「パンツおいてけ」

 っていう声が聞こえてくるんですよ。


 私結構素直なんで、もう一回ちゃんと振り向いたんですよ。


 でもやっぱり誰もいない。


 もう何なんだっ!! って思いながらももう一回前を向いて歩きなおそうとしたときのことです。


 目の前に小さな女の子がいたんですね。


「パンツおいてけ?」


 その女の子は屈託のない声で、そんな風に言うんですよ。


 でも、私のパンツなんかを欲しがる女の子なんて冷静に考えてみて、存在するはずがないことは分かり切っているじゃないですか……。


 だから――、

「そういういたずらをするのは止めなさい。危ない大人に悪いことをされますよ」

 そういう風に諭したんです。


 だって、目の前にいるのは小さな女の子ですから、危ないことはしてほしくないじゃないですか。


 そしたら、

「なんで?」

 って、そう聞いてくるんです。


 さっきまで屈託のない声を上げていたとは思えないほど、冷たい声でした。


 空から降ってくる雪のせいなのか、それともその子の声のせいなのか分からないけれど、背筋がぞっとしてしまいましたね。


 でも、私だって良い大人なので往来で小さな女の子にパンツを渡すわけにはいかないんですよ。


 大人としての分別という話以前に、わいせつ物陳列罪でしょっぴかれかねませんから……。


「大人はおいそれと人前でパンツなんて脱げないんだ。それに、今私が君の目の前でパンツ脱ぎだしたら怖いでしょ?」


 だから、私はそういう風に返すことしか出来なかったんです……。


 どうもそれがその女の子は気に入らなかったみたいで――、

 突然襲い掛かって来たんです。


 どこから取り出したのか、女の子の手には玩具の光線銃みたいなモノが握られていて……。


 バシュゥン!! と音がしました。


 輝きが私の頬を僅かに焼いて、後ろにある街灯の電灯を破壊してしまったんです。


 こりゃぁヤバイと思いまして、私は大慌てでズボンを脱いで、女の子の前に投げました。


 ふとももと膝のうらが妙に寒かったのをよく覚えていますよ。


「へいっ!! パンツ!! パンツ、もっていき!!」


 ほとんど土下座に近い格好になりながら、私は女の子に向かってそう叫びました。


 ズボンのことをパンツというじゃないですか、だからそれで誤魔化せないかなぁっと思いまして……。


 でも、ダメでしたね。


「おいてけ!! パンツ!! パンツ!! パンツをおいていけ!!」


 激しく怒りの声を上げながら、その女の子は私に組み付いてくるんです。


 そりゃもう必死の形相で……。いや、必死の形相って言いましたけれど、その時の女の子の顔は正直全然分かりませんでした。というかその女の子に顔があったかどうかさえ私には全然思い出せません。ただ、酷く憤激していることが全身から伝わってきたというだけでして……。


 でも私こう見えて筋肉には少々自信がありまして……。こう見えてというほどではない? まあタッパも結構ありますからね、恐縮です。


「ダメ!! 女の子がそんなことをしちゃダメでしょう!!」


 そう言って私も何とかその少女を引き剥がそうとしたんですけれど……、驚くほど力が強くてですね、最終的には剥ぎ取られてしまいました。


 上半身はしっかりスーツを来ているのに、下半身は丸出しですよ。


 処理していなくてムダ毛だらけ脛も膝も、筋肉で太いふとももも、それから私のおいなりさんも……。


 雪の降りしきる夜の街で成人男性が下半身丸出しで地面に這いつくばっていました。


 こんな屈辱的な光景があるでしょうか? いいや、ない。


 もう本当に、誰も得しない絵面といっていいと思います。


 幸いなことに街には人っ子一人、人がいませんでしたから、私がわいせつ物陳列罪で警察のお世話になることはなかったんですけれど……。


 でも、それで終わりじゃなかったんですよ。


 その女の子は私のパンツをはぎとってゾウさんを丸出しにさせた挙句にさらにボコボコにしてきたんです。


 それはもう小さな女の子の力では断じてありませんでした。


 身長一八二センチ、体重九七キロ、ベンチプレスで一八〇キロを持ち上げる筋肉隆々の私が、手も足も出せずにボコボコにされたんです……、高々身長一三〇センチくらいの女の子に。


 下半身丸出しのままでマウントポジションを取られて、下から跳ねのけられなかったんですよ。


 どれだけ下から足を跳ねさせて持ち上げてみても、細腕を掴んで動きを止めようとしても、女の子は万力みたいに堅く動かなくて、掴んだと思ったらいつの間にか腕はするりと抜けているんです。


 何とか抜け出そうと、右に転がり左に転がり、色々挑戦してみましたけれども、もう全然てんでダメでしたね。


 成すがまま、されるがままにボコボコにされてしまいました。


 小さな女の子特有の小さな拳が、ボコすかに私の顔面に雹を降らせるんです。


 相変わらずその子の表情は全く全然分からないんですけれど、それでも何というでしょうか、欣快とでも言えば良いんでしょうかね。それほど感情が全身から迸っていた気がします。


 それからしばらくの間、抵抗する気も失せた私はその童女にされるがままにボコボコにされていました。寒さと痛みでしなしなに縮んだナニを丸出しにしたままで。


 それでふと気が付けば私は下半身丸出しのままで、顔から血を流して夜の街に一人きりで寝ていたみたいです。


 アレは一体何だったんでしょうかね。


 そのあとは大慌てで自分のスーツのズボンを履き直してベルトを締めて、そそくさと家に帰りました。


 幸い殴られた傷自体は然程大怪我ではなかったので、自宅においている救急キットで何とかなったのですが……。


 まだあちこち、身体が痛みます。


 それに、足音も聞こえてくるんですよ……。


 聞こえてこない……?


 そんなことはない、ほら振り向いてください。


 青い女の子があなたの後ろに……。

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妖怪パンツおいてけに遭遇したときの対処法と遭遇事例 加賀山かがり @kagayamakagari

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