適切な処理が出来た場合


 その日、私は学校帰りだったんです。


 部活がある日で……、手芸部なんですけど、部のみんなと結構大きな作品を作っていて、遅くなってしまったんです。


 何を作っていたのかって?


 刺繍ですよ。大きい刺繍の作品。


 今流行の『ワンダーちょび髭ール、カレンちゃん』っていうアニメの主人公のちょび髭カレンちゃんを大きな刺繍で作っていたんです。私たちみんな大好きなので。


 それで、そんな事情で帰りが遅くなってしまって、すっかり日差しも落ちて、辺りは寒くて、手足も凍えてて……。もう本当に、冬なんて早く終わればいいのにって思いながら、夜の街灯の下を歩いていたんですよ。


 やっぱり冬で寒いから街灯の下に蛾が集ってるってことも全然なくって、でも雪は全然降ってなくって……。ただただ、膝に飛び切り冷たい空気が刺さってくるみたいで、うんざりって感じで一人で歩いていると、どこからか、たんっ、たたんっ、たんたんっ、ってリズムの良い足音が聞こえてくるんですよ。


 その足音が妙に気になってしまうものだから、私意を決して振り返ったんです。


 そしたらば、後ろには誰もいないんですよ。

 もう本当に、びっくりするくらい誰もいない。


 いや、なんかそれはそれでちょっと怖いんですよね。


 だって、ちょっと遅い夜の街とはいえ、普通に街中なので、本当はもう少し人がいたっていいはずなんですもん。


 それなのに、その時にはだーれもいなかったんです。


 人っ子一人いない。


 咳をしても一人ってこういうことなのかななんて、ちょっと思ったりして……。


 やだなぁ……、こわいなぁ……、って思いながらもう一回前を向いて歩き出して、でも少しするとまた足音がたんっ、たたんっ、たんたんっ、って聞こえてくるんです。


 もう本当に、楽しそうな楽しそうなリズムの足音が、後ろから聞こえてくるんですよ。


 で、やっぱり気になるから、ちょっと後ろを振り向いてみるんです。こそっと、角を曲がるふりをしながら、かるーく後方確認をするみたいな感じで……。


 でも、やっぱり私の後ろにはだーれもいないんですよね。


 あんなに楽しそうなうきうきした軽い足取りの音なのに、だーれもいない。


 どうにも腑に落ちないけれど、でも誰もいないんじゃ仕方ないなと思って、私はまた歩き出すわけです。


 でも、少し歩くとまた、たんっ、たたんっ、たんたんっ、って軽い足音が聞こえてくるんです。


 そこでふっと気が付いたんですよ。もしかして私って今誰かに尾行けらられてるのかなって。


 それで、手鏡とかを駆使しながら何とか後ろにいるかもしれない何者かの正体を掴もうとしてみたんですけれど、全然一向にだめで……。本当にほとほと困り果ててしまって……。


 だって、足音は聞こえるのに手鏡には何も映らないし、振り返ってみても誰もいないし、もう八方ふさがりでした。


 でも、ずっと足音は聞こえているものだから、そのまま家に帰るのも少し怖いじゃないですか?


 だから、もうしょうがないから、交番に行こうって、そう決意したんです。


 そうしたら急に聞こえていた足音が聞こえなくなって……。


 なんだろうって、思って振り返ったら、いたんです。


 顔は見えなかったんですけれど、小さな女の子が、そこに居たんです。


 頭にはフリルのいっぱいついたカチューシャと大きなリボンを付けていて、服ももふもふでフリルがいっぱいの暖かそうで可愛い感じで、街灯に照らされたその子は全体的になんとなくちょっと青っぽい感じがして……。


 そう服とかだけじゃなくって、何というか……、全身がちょっと青褪めているみたいな感じの……、なんて言えばいいんだろう、血色の悪さみたいなもの、かな……?


 そういう小さい女の子が、立っていたんですよ。

 もう正直ちょっと漏らすんじゃないかってくらい驚いてしまって……。


 何にも言えなかったんです。


 私が何にも言えないままで立ち尽くしていると、その女の子はにんまりと口角を上げて、一言言葉を発するんですよ。


 にんまり口角を上げているっていうのは分かるのに、その子の顔立ちみたいなものは全然分からなくって、それがまた私の中の不安感を煽ってくるんです……。


 で、そんな不安の中で、女の子の口から出てきた言葉が……、

「パンツおいてけ」

 だったんですよ。


 もう何が何だか分からなくなってしまって……、


 私はそのまま部のみんなと一緒に作った毛糸のパンツを鞄から取り出して、そっと差し出してしまいました。


 今にしても思えば多分気が動転していたんでしょうね。何か反論をするとか、抗議をするとか、抵抗をするとか、なんか他にやれることって色々あった気はするんですけど、その時は「もう、はいっ分かりました」って気分になってしまって……。いわれるがままにパンツを差し出したんです。オレンジ色の毛糸で編んだ、カボチャパンツっぽい物体を。


 そしたら、その女の子ニッコリ笑って、もう本当にすごくいい笑顔で、笑って、


「ありがとう!!」


 ってそれだけ言って、さささぁっていなくなっちゃったんです。


 えぇ~、なにそれー? って思って、でもだけれど何にもなかったなら、それでいいかなぁって。


 もしかしたらあの女の子は私の作ったカボチャパンツでぬくぬく暖まって眠ってるかもしれないじゃないですか。そうだったらいいなって、私思うんです。

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