叶わぬ願いとインサイダー 〜二面性のマァールル・カナタリア〜

黒心

終わり

 外側の金髪をたなびかせるマァールルは洗面台に立っていた。鏡に映る自分は背が低い、顔の造形はあるだけマシな様子である。


 髪を溶かして仕事をする準備を整える。真っ赤な洗面器から、ナイフなどの金属製道具を取り出し、浄化されてるのを確認した。引き出しから監視装置を手に取る。壁にかけたポーチに諸々を詰め込み、腰に履いたり、髪に隠す。


 カナタリアはハッと思い出した顔をすると、冷蔵庫に急いで食物を取りに行った。赤いもの、緑色に黄色。小さめのバックを持ってきてそのまま詰め込み急いで扉を飛び出した。内側の銀髪が光った。


 頑丈そうな扉から外は照明が少なく、暗いコンクリート廊下のような世界である。その狭さに、動くレールとフックをかける輪っかが天井で流れている。

 マァールルはフックを掛けて、異常に速いレールの下を疾走する。

 途中、黒ずんだコンクリートの世界は、扉がいくつもある。人が住むような雰囲気ではなく、半壊しているものも、鉄格子がさらに重なっているものもある。


 しばらく進むと、今までよりは広い空間に出た。相変わらず、照明は申し訳程度、体育館ほど広さでは全く明るくなっていない。

 フックを外し、慣性に従って飛び降りると、数人がマァールルに気付いたらしく、近寄って話しかけてくる。


「いつもの寝坊か?おい」


 その問いに残業があったからと言い訳をする。話しかけてきた三本足の人物を無視して、また別の近づいてきた人に向かう。男はただれた顔だった。


「やぁ、今日はマシだな。さっさと持ち場につけ」


「はいはい、何もなかった?」


 ただれ顔の男は満足そうにうなづく。

 多少笑顔になったマァールルはまた狭い廊下の世界へ移動する。


 先ほどとは違い、レールはなく、照明はさらにまばらになっており、暗示装置が必要だった。


「さっさと終わらせようかな」




 化け物はこの世に蔓延る憎悪の元凶である。しかし、同時に有用なエネルギー資源でもあった。一体、誰が〝管理〟を始めたかは知るよしもない。それでも、世界に供給されるエネルギーの一部は管理から発生しているものではあるし、多少の人権に目をつむれば必要悪で済む話でもあった。


 マァールル・カナタリアは管理会社で働く社員であり、理想の夢に邁進する若者であり、化け物と共に生まれた異常者でもあった。その異常により後悔渦巻く彼女は、一切、友を持とうとはしない。

 例え、血肉に塗れようとも、マァールルは、もう、すでに歪んでしまった夢を手放せはしなかった。


 仕事場の暗い廊下に入ると早速、見るからに頑丈な扉の前に立ち、開けた。

 途端に中から口の裂けた化け物が飛び出してくる。口からは液体が噴出しているが、アルカリで、当たると顔が溶けてしまう。とされている。実際は得体の知れない液体──化学的にである──で、死に瀕することだけが分かってる。


 飛び出してきた怪物を靴で蹴って部屋に返した。

 拘束具が散乱した室内で、マァールルは仕事を始める。


 三足、腐臭、溶けたような肌の怪物の口に気をつけながら、マァールルは幾度、怪物を殴り、殴り、ピタッと動きが止まったのを確認すると、怪物の脇腹を裂いて、醜い見た目からは想像の出来ないものを取り出した。明るい、希望の夢に出て来るような煌めきを持っている。

 それを取り出す最中に金髪が少し汚れてしまった。


 カナタリアにとっては全て関係ない。

 いずれ息を吹き返すであろう怪物の一部を、ナイフで肉を削ぐ。削がれた跡はすぐに消えた。カナタリアは宝石を見る目で切った肉をみると、口にゆっくり運んでマシュマロより少し硬いと感想を得た。


 怪物がピクリと動くと、マァールルはすぐに扉の外に出て閉めた。


 ちょうど、向こう側から暗視装置をつけた一人歩いて来る。


「終わったみたいだな」


 カナタリアはナイフと手を背中に回す。僅かに見える顔のただれた男は知ってか知らずか、背中が痒くなる距離を保った。諦めて銀髪をもう片方の手で触る。


「次はどこ」


 男はニヤついたものの、その真意はわからない。


「さっさと言って」


 マァールルはいつの間にか顰めっ面になっていた。ハッとなって問い直した。


「次はどこかな」


 今度はさらにニヤついた。


「そうだな、残業もあったし今日はもういい。誰にも会わないように帰れ」


 男は来た道を戻っていく。

 一体どうやって帰ろうか──マァールルの頭の中には危険な道しか存在しないことをすでに理解していた。少々汚れてしまっている金髪をさらに汚してしまうような道だった。

 意味がない──マァールルはそう思った。いっその事こと、上司の跡をつけることを考えた、しかし、それこそ危険であろうと頭を軽く振って否定した。


 誰にも会わない道。辛い道のりである。


 道中、朦朧とする意識に肉を貪る音が聞こえる。小さなバックから取り出したらしい。マァールルには関係のないことだった。


 怪物を日々蹴倒すマァールル・カナタリアであるが、体内から湧き出る原動力の大元は血肉であることに気づいていた。昔、先日会った友人の葬式で棺桶は空っぽだった事──遺体を見せられない──は、実にマァールルにさまざまな事を教えた。

 怪物が如実に現れたのはそれから大体一年ほど後だった。その時にはもう、カナタリアは自らの怪物を抑制する術を見つけていた。


 危険な道をゆく体の制御、気持ちの反乱、しばらくすると壊れた扉から二足歩行の怪物がのっそりとやって来る。腐肉に全身が覆われていようとも、カナタリアはナイフを突き出した。

 金の髪は濡れに濡れる。銀の髪は金の髪に守られて綺麗なまま、道をゆく、腐肉を貪り食いながら。それが唯一の道のためであった。


 怪物が跋扈する真っ暗な廊下には、明かりのひとつも見えず、人友人のいない安全な道である。皮肉にも、マァールル・カナタリアの怪物を抑える肉は大量にいる。


 満たされない夢を抱えながら、抜け穴を通り、閉じて、ついに帰宅となった。

 頑強である扉をくぐれば憩いの空間が広がる。

 友人の顔写真はとうの昔に捨て去ってある。殺風景な狭さと表現できる普通の部屋。冷蔵庫の中身は相変わらず肉だらけで、ナイフは毎回血に濡れる。


「忘れてた……どうしよう」


 夢のように明るく光る何かがポーチに入りっぱなしになっていた。どう処理すべきか考えていると、光輝く夢の救世主のように思えてきた。


 〝食べる〟


 きっと怪物の友・人・になれるだろう、と。


 ✳︎


 管理会社は現在、国家や影の多い組織が運営しているとされている。しばしば空っぽな人権屋が問題であると世界に訴えているが、全く相手にされないのはいつもの話である。


 人権が彼ら社員に適用される日は来ないだろう。

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叶わぬ願いとインサイダー 〜二面性のマァールル・カナタリア〜 黒心 @seishei

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