つかれたらつきかげあびよ 6
naka-motoo
つかれたら願いをかなえたまえ
学校に行っていなくたってわたしは決してヒマじゃない。
「なみぃ。洗濯もの干して」
「はあい、お母さん」
「なみちゃん、なーみちゃん」
「はあい。なあに?おばあちゃん」
「表通りのおじぞうさんにお花をそなえておくれ」
「はあい、おばあちゃん」
「なみ!なみ!」
「たいちゃん、なあにい?」
「背中がかゆい。かいて」
「自分でかきなよ!」
ほらね。
おまけにわたしは自習だってしてるんだから。
なんと先生はたいちゃんだけどね。
「なみぃ。五年生だろ?これぐらいわかれよ」
「た、たいちゃんの時代の五年生のレベルが高すぎるんだよ」
「違うよ、なみ」
「え」
「この問題、オレがリアル幼稚園児じのときのやつ」
「・・・・・・・・」
炊事洗濯買いものに、なんちゃって四才児じのお世話。
つかれるよ、まったく。
「まあ、ひいき目ぬきにして、なみは働き者だよなあ、モグモグ」
「たいちゃん、わたしのベッドの上でお菓子食べるのいい加減やめてよね」
「いいじゃないか。こぼしてるわけじゃないし」
「そりゃあそうだけどおぎょうぎが悪いよ」
「そんなことよりなみ、これ応募してみたらどうだ?」
たいちゃんがわたしのスマホをいじってたと思ったら、駅前のホームセンターのイベントのSNSを見せてきた。
「え、なに?『家事力ナンバーワン決定戦』?」
「どうだ、なみ。ホームセンターに置いてある日用品を使ってあらゆる家事のレベルを競う大会らしいぞ。その人の得意な分野で何をやってもいいそうだ」
「えー?じゃあ、そうじで参加する人と料理で参加さんかする人を比べて審査するの?」
「そうなるな」
「お便所のおそうじをしてる人と玉子焼きやいてる人が隣り合わせで勝負ぶをしたりとか?」
「そうだろうな」
「無理矢理だよー」
でも結局参加することにした。
だって、無理矢理だけど、おもしろそうだもん。
そしてイベント当日。
「はいはーい。ルールの説明をしますよー」
司会は地元ローカルテレビ局のアナウンサーのおねえさん。ものすごく手際がいい。やっぱりプロは違うね。
「制限時間は三十分。その間にこのホームセンターの中から試合に使う道具や材料を選んで来て予選で申告したジャンルでパフォーマンスしてくださいねっ!」
ざっくりしすぎててわからないだろうからわたしからもう一度説明するとね、実は応募者数はものすごく多かったんだけど地元テレビ局の夕方の情報番組でこのイベントをとりあげることになって、対決形式をより全面に押し出すことになったんだって。
だから、書類選考をものすごくきびしくやって、結局この決戦の舞台に立ったのはたったの三人。
「ジャンル:おそうじ・・・エントリーNO.1 戦慄の人間クリーナー、鬼礼スギオ!三十五才男子!」
ふむふむ。名前がヤバいよね。キレイスギオなんて、おそうじのために生まれてきたようなもんだもんね。
「ジャンル:DIY・・・エントリーNO.2 精密大工道具、野古霧キレジ!五十二才男子!」
えっ。ノコギリキレジ?
いや、確かにDIYが得意そうな名前だけど・・・ご両親、ふざけてつけたのかな?
「ジャンル:お料理・・・エントリーNO.3 まな板の上のマドンナ、なみ!十一才女子!」
『まな板まないたの上うえのマドンナ』って・・・・・わるいけど全然ぜんぜんうれしくないっ!
「なみちゃーん。がんばるんだよ!」
「なみぃ!優勝賞品の『超高級和牛すきやきセット』、必ずゲットしろよぉ!」
わたしの応援団はおばあちゃんとたいちゃん。そして審査員席には家政婦組合の役員さんたち。いわば家事のプロの方たちだもんね。
さあ、いよいよだ!
「では位置について。用意・・・・・スタート!」
わたしたち三人は一斉にテーブルからダッシュしてそれぞれの目ざす売り場に一直線。わたしの場合は調理時間まで入れて三十分しかないわけだから一分でも無駄にできない。
「えっと・・・・フライパン、フライパンっと」
カートを押しながらわたしが最初に駆け込んだのは台所用品売り場。
そこでテフロン加工の大振りのフライパンとフライパン返し、それから深めの陶器の食器に、計量カップと計量スプーン、それに審査員の方々に試食していただく時に使うための割り箸を手に取る。
司会のおねえさんがわたしの後を追っかけてきて実況中継する。
「ああっと!フライパンを使う料理ですね!炒め物でしょうか!?」
違うよ。
今度はわたしは食料品売り場に駆け込む。スーパーマーケットほどの品ぞろえは期待できないけど、基本的な調味料だとか食材ざいはなんとか確保できる。
まずは調味料。中ぐらいの大きさの煮干しの袋をカートに放り込む。粉末のスティックだしじゃなくって、まるごと魚の形をした頭もついた煮干し。それからしょう油、上白糖、料理酒、みりんをゲット。おっとあぶない、ミネラルウォーターもね!
「さあ、肉・肉!」
牛肉の細切れのパックをゲット!
「野菜・野菜!」
にんじん、玉ねぎ、おっとと、主人公の野菜は特別な場所にあるから、それの前に糸こんにゃく、っと。
どうかな?なんとなくメニューが分わかってきたでしょう?
最後にこのメニューの主役中の主役のそれを取りに本日の目玉商品の大平台に全速力でダッシュする。
「あ、あれ?」
わたしはこのホームセンターのブログだけじゃなくて新聞の折り込みチラシまで確認しておいたそれが無いことにがくぜんとする。
「だ、だんしゃくイモが、ないっ!」
店員さんが無慈悲な答をわたしに言う。
「開店して五分で売り切れました」
なんということ!
いや、わたしのにんしきが甘かった。この近辺の住人は老いも若きも特売品情報をもらさずにチェックしていて、朝一番で車で乗り付けておひとり様一個までの品物も家族総動員で買い占めてしまうということを忘れてた!
「ど、どうしよう・・・・・・ジャガイモの入はいっていない肉じゃがなんてオオカミのいない赤あかずきんちゃんだよ!」
たとえが変かもしれないけど、それだけわたしが取り乱してるってこと、わかってね?
「どうしよう・・・・どうしよう」
時間がどんどん過ぎていく。早く調理にかからないといけないのに・・・・・
「なみ!」
たいちゃんの声がした。
「なみ!ジャガイモを英語でなんて言う!?」
「えと、バロン・・・・?」
「それはだんしゃくイモの『だんしゃく』」の英語だろうが!イモを英語でなんて言うんだよ!」
え?イモ?
「ポ・・・・・・ポテト?」
「そうだよ!ポテトをさがせ!」
な、なに言ってんのたいちゃん。そのポテトがないから困ってるんじゃないの!
「なみ!発想をじゅうなんにするんだ!ポテトのつく食べ物を思い出せ!」
ポテトのつく食べ物?
「ポ、ポテトチップス」
「違う!」
「ポテトサラダ」
「違う違う!」
「ポ・・・・・ポテイトウ?」
「ええい、それじゃ発音を外国の人みたいにしてるだけだろうが!なんとかポテトだよ!」
うーん。
あ、もしかして。
「フライドポテト!」
「それだ!」
わたしはアイスクリーム売り場に走った。気がヘンになったわけじゃないよ?それは必ずそこにあるから。
「えっと・・・・あった!」
アイスクリーム売り場の冷凍庫の横にある冷凍食品売り場!
そこに、冷凍の『フライドポテト』があった!
「たいちゃん天才!さすが大人!」
大人、って聞いておばあちゃんが?を頭に浮かべてるけど、わたしはカートを押したまま走ってそのまま作に入った。
わたしの作業ブースに支給されてる電子レンジでフライドポテトを解凍する。その間に煮干しの頭を取っておなかを開いてはらわたを取る。そしてミネラルウォーターを少し入れて煮干しを浮かべる。そのまま強火で加熱してふっとうさせて煮干しのダシを取る。煮干しを取り出してダシをボウルにうつしてフライパンを軽くふき、牛肉の細切れに入っていたあぶら身をフライパンにひいて、それで肉をね、じゃじゃじゃって色が変わるぐらいにいためる!さあ、大急ぎでニンジンの皮をむいて乱切りにして、玉ねぎは皮をむいてくしぎりにして、フライパンに入れる!そうして解凍したフライドポテトをフライパンに移して軽くいためる!
「ようし。いける!」
さっきとった煮干しのダシをフライパンに注ぎ、さらにミネラルウォーターをとぽとぽと注ぐ!さあ、ここからがわたしのしんこっちょうだよ!
「ひっさつの黄金ひりつ!酒大さじ2はい、みりん大さじ2はい、上白糖大さじ2はい、しょう油大さじ2はいでどうだっ!」
ようし、カセットコンロだけど火力も十分。強火のままでぐつぐつとふっとうしてきたところでアクをとるべし!
「よし!いっけー!」
わたしは日本の伝統的な調味料をあまねく使ったそのかぐわしい香りを放つ具材の上うえに、落としブタをする!
「おいしくなあれ、おいしくなあれ、おいしくなあれ・・・」
わたしがそうつぶやいてるとおばあちゃんが手を合わせてる。
どうやらお念ねん仏ぶつをとなえてるみたい。
「なむなむなむなむ・・・・なみちゃんの肉じゃががおいしくなりますように・・・なむなむなむ・・・・」
うーん、おばあちゃん、うれしいけどちょっとはずかしいかな?照れかくしのためにわたしはたいちゃんに大きな声で頼んだ。
「ほら!たいちゃんも!『おいしくなあれ』ってとなえて!」
「な、なんでオレがそんなメイドカフェみたいなことしなきゃならないんだ!」
「優勝賞品しょうひんほしいんでしょ!?」
いやいやながらたいちゃんもとなえる。
「お、おいしくなあれ、おいしくなあれ、おいしくなあれ・・・・」
「おおっと!まな板の上のマドンナの弟くんでしょうか?かわいいですねえ!ほら、カメラさん!この子をアップで映して!」
「や、やめろお!」
さけびもむなしく、たいちゃんの真っ赤な顔がテレビで拡散された。
まあ、ピンチを切り抜けてわたしの調理はあとは水分を飛ばすまで煮込むのを待つだけ。
ちょっとよゆうができたので対戦相手をのぞき見してみる。
「おおっと!おそうじ戦士の鬼礼スギオ選手!トイレのこびりついた汚れをなんとつまようじでていねいにこそぎ落としてています!」
うわ!確かにこれは高等テクニックだよ。トイレのにおいのもとである汚れはカビ取りの洗剤だけじゃ無理で、こうやって根こそぎたいじしないと消えないってことを知り尽くしてるんだね!
敵ながらあっぱれだよ!
「DIYの野古霧キレジ選手!見事なタッカーさばきです!」
ほ、ほんとだ!この雪国における永遠の課題『断熱』を壁に綿の断熱材をうすくしいて、それに波形のプラスチックボードを重ねてタッカーで打ち付けてるよ!
すごい!すごい!ウチにもやってほしいよ!
「こうしてやれば低コストで最高の効果が得られるんですよ」
キレジさん、コメントしながら作業するところもかっこいいよ。
さて、わたしの方は、っと・・・・・・・お、よしよし、いい具合に水分も飛んだしそろそガスコンロを消そうか。
「あっと、まな板の上のマドンナ、なみ選手。これで調理終了でしょうか?」
「まだですよ」
「おおっと。まだ仕上げがあるぅ?」
「ふふ。なんにもしないのが仕上げですよ」
つまり、『むらす』んだ。落としブタを取らずに余熱でね。
「では!試合終了まであと30秒・・・・・・・20秒・・・・・10、9、8、7、6、5、4、3、2、1・・・・終了―っ!」
一斉に作業を終える三人。
うん!やり切った!くいなし!
けれども審査員にとってこんなに難しい審査はないだろうね。なにせ、異種格闘戦もいいところだからね。
「うーん、採点方法はどうしますかねえ?」
「ラウンドごとのポイント制では?」
「ボクシングじゃないんですから」
「フィギュアスケートみたいに客観的な技の難易度で評価すれば?」
「じゃあお聞ききしますが、ニンジンの乱りと千切りとではどちらが難易度が高いんですか?」
「僕は大根のかつらむきの方がむずかしいと思いますが」
「ニンジンの話をしてるんです、ニ・ン・ジ・ンの!」
ふもうだよ。
だってこのタイミングでジャッジの方法を議論してるなんて、どこまで行き当たりばったりなんだろう。
「はーい、採点終了!」
あれ?
もう?
あんなにモメてたのに?
「では、げんせいなる審査の結果を審査委員長の『親祭野地』先生に発表していただきましょう!」
シンサイノチ先生?
なんだか『全部じょうだんでした!』ってオチじゃないよね。
「じょうだん顔だけにしてくださいぃ」
た、たいちゃん、大胆な!
「むかっ!」
ってシンサイノチ先生、声にだして怒ってるし。
「では気を取り直して結果を発表します」
ごくり。
「ドロー!」
・・・・・・・・・・・・・え?
「・・・・・・・審査委員長、よく聞こえませんでした。もう一度お願いします」
「ドロー!引き分けぇ!」
なにそれ。
全員ぜんいんあぜんとしてるところにシンサイノチ先生は無理矢理オチまでつける。
「いやあ、ドローだけに泥試合じあいだったねえ」
ぽき、ぽき、って鬼礼スギオさんと野古霧キレジさんが拳を鳴らしてる。
知し―らないっと。
「あーあ、結局賞品の『超高級和牛すきやきセット』も三等分ってふざけてるな」
「まあまあ、たいちゃん。足りない分は今度こそきちんとした男爵イモを足して、超高級和牛を使った肉じゃがを作ってあげるから。ね?おばあちゃん、いいと思わない?」
「じゃあなみちゃん。ウチの畑で採れたじゃがいもを使ってくれるかい?疲れてるところ悪いけど今晩のおかずに帰ったらさっそく作っておくれ。さ、たいちゃんもなみちゃんを手伝ってあげておくれ」
「は、はい。おとさんがそう言うなら」
でもたいちゃんはそれでも承しょう知ちしなかった。
「おとさん。神さまへの三つの願い事の残り二つ。今使ったらダメですか?」
「あらたいちゃん。知ってたんだね。山でクマに会った時隠れてたから知らないのかと思ってたけど」
「は、はい。なみ・・・・・ちゃんから聞いて」
「いいよ。どんなお願いごとか言ってごらん」
お、おばあちゃん。おばあちゃんは知らないだろうけどたいちゃんの願いごとって少女時代のおばあちゃんと会って婚活して結婚することなんだよ?そんなことしたらお父さんも生まれないしそうしたらわたしも・・・・・・・・
でもね。
たいちゃんは思いもかけない願い事を言ったんだ。
「おとさんがしあわせになりますように」
「あらまあ」
「それから、なみもしあわせになりますように」
「う・・・・・・・」
おばあちゃんがにっこり笑う。笑ってわたしを見つめる。
しょうがないなあ、もう。
「たいちゃん。その願い事は無効だね」
「なんだよ、なみ。オレがせっかくなみとおとさんのためにと思って考えたのに。なんで無効なんだよ」
「だってさ」
わたしもおばあちゃんに負けないぐらいににっこりしてたいちゃんに言った。
「わたしもおばあちゃんも今とってもしあわせだもん!」
おしまい!
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