つかれたらつきかげあびよ 2
naka-motoo
つかれたら山へいこう
世をたばかるたいちゃんが四才の男の子の姿でわたしの部屋にいそうろうを始めてはや一週間。
「なみ!窓枠にほこりがたまってる!」
「は、はい!」
「なみ!さっきお母さんにあいさつしなかったろ!やれ!今すぐ!」
「は、はい!おかあさーん!おっ・は・よう・ございまーす!」
台所からガシャン!と皿を割る音が聞こえる。ああ、またびっくりするから大声出すなって叱られる。
「それからなみ!」
「は、はいぃっ!」
「おとさんの女子高生時代の写真、早くオレのスマホに入れといてくれ」
「はぁいぃ・・・・・・・・」
そうなのだ。たいちゃんは未来なのか過去なのか知らないけど時空を旅して理想の結婚相手を探している優雅なご身分の推定実年令二十才のオレさま男子なのだ。婚活アプリによるとわたしの『おと』おばあちゃんが理想の女子なんだけれどもなんの手違いかもうお年寄りの年令になっている今の時代にやって来てしまったわけだ。
たいちゃんは最初は落ち込んだけど、おばあちゃんが十六才で高校二年生の時の写真を見たらがぜん元気を取り戻した。
「か、可憐だ!」
うん、確かにわたしもそう思う。初めて見せてもらったけど、ノースリーブの綿の真っ白なワンピースを着て、青のリボンが巻かれた白のソフトハットをかぶって、しかも足元は素足にやっぱり白のカンバス生地のひもを通していないデッキ・シューズ。
やや切れ長の瞳はこの少女の頃から澄んで美しいままで・・・・・・・
「おばあちゃん、かわいい!」
「いやいやいや」
たいちゃんは家に居る間じゅうおとおばあちゃんを貴婦人のように扱った。
「おとさん。柔軟剤とお日さまの光でふわふわにしておいたタオルをどうぞ」
「あら、たいちゃん、ありがとう」
「おとさん、このシュークリームは『風鈴亭』の和三盆を使った期間限定品なんですよ」
「あ!わたしも!」
「なみにはやらん!おとさんだけだ!」
「まあまあ。みんなでいただきましょう」
おばあちゃんはそう言って切るのが難しいふんわりシューをきれいな切り口で人数分に分けてくれた。
「うーん。やっぱりオレの結婚相手はおとさんしかいないな」
「でもどうするの。たいちゃんはウソつき四才でほんとは大人の男子だけどおばあちゃんはほんとのおばあちゃんだよ」
「だからおとさんの少女時代になんとしても行くのさ」
「でもアカウント凍結されてるんでしょ?」
「だから解除されるまでいそうろうする」
かんべんしてほしいなあ。
たいちゃんがわたしの勉強机を使ってアカウントを復活させる方法を調べているとおばあちゃんの部屋から声がした。
「なみちゃん、なーみちゃん」
「おばあちゃん、なあにい?」
「そろそろ山へ行く頃だねえ」
すかさずたいちゃんが反応する。
「山?ピクニックか?ハイキングか?」
「まあそんなとこかな」
「おとさんも行くんだろ?オレも連れてけ!」
結局おばあちゃん、わたし、たいちゃんの三人で出かけることにした。まずたいちゃんはおばあちゃんの服装にクレームをつける。
「畑仕事用の作業着に頭には日本てぬぐいを巻いて。おまけにごつい長ぐつ・・・・おとさん、レディなんですからどこへ行くにもおしゃれに気を配ってください」
「あらあらたいちゃん。これが一番実用的なんだよ」
「そうだよたいちゃん。たいちゃんもスニーカーじゃなくて長ぐつはかないと後で大変だよ」
「な、なみはいいよな!そういう田舎の女子ってかっこうが似合ってさ!」
「ほっといてよ」
結局たいちゃんもおばあちゃんの言うことを聞いて運動しやすい長袖長ズボンに長ぐつをはいて歩き出した。
「ほら、あれだよ」
「なんだ、裏の里山じゃないか」
「たいちゃん。里山だろうと山をなめると痛い目にあうよ」
たいちゃんはわたしの言うことは聞かずにものすごいハイペースで杉林の間にあるけもの道を登り始めた。
「おとさんにいいところを見せないとな」
「やれやれ。小さな子は元気だねえ。たいちゃあん、あまり離れちゃだめだよう」
「おとさあん。ボクが先に歩いておとさんを守りまあす!」
「たいちゃんたいちゃん。出るんだよこの山は」
「ええ?何がですかあ?」
「クマだよぉ」
あわててたいちゃんがわたしたちの所まで戻ってきた。
「ははは。ほれ、この鈴をつけてね。クマよけだよ」
カランカラン、て鈴を鳴らしながら三人でけもの道を歩く。わたしが先頭、おばあちゃんがしんがり。いつもの山へ登るフォーメーションだ。
「くそう・・・・・・なんでオレが守られるみたいな感じになってるんだ」
「くやしかったらおばあちゃんの前で本性さらしてみなよ」
わたしとたいちゃんが何を話してるかは耳が少し聞こえにくくなったおばあちゃんには分からないらしく、仲がいいねえ、という感じでニコニコしている。
「おばあちゃん、そろそろ出そうか」
「そうだねえ、もう着くからねえ」
わたしがデイパックを肩から外してそれを取り出すとたいちゃんが目をかがやかせた。
「おっ。ちょっと早いけどおべんとうだな。メニューはなんだ?」
「おもち」
「お、おもち・・・?あ、あとそのビンはフレッシュジュースかな?」
「お酒」
「お、お酒え?コラ!なみ!この時代は小学生がお酒飲んでももいいのか!?」
「いいわけないじゃない。わたしたちのじゃないよ」
「じゃあ、誰のだよ?」
「神さまの」
たいちゃんに口で説明するより見せた方が早い。わたしたちは目的地にたどり着いていつもしているようにおばあちゃんとわたしとでその大きな杉の木の下に立った。
「太くて高い木だな・・・・・」
「でしょう。ご神木だよ」
「ご神木?」
「神さまがお住まいになってる木」
「???」
「ほほ。たいちゃんがびっくりするのも無理ないねえ。この年寄りのわたしと同じ他の年寄りたちもこういうことをしなくなったからねえ」
「おばあちゃんはね、おばあちゃんのおお姑さま・・・・つまりわたしのひいおばあちゃんからご神木にお住まいの山の神さまにおもちとお酒をお供えするように、って教わったんだって」
「どうしてお供えするんですか?」
「ほほほ。それはねえ。目には見えないけれどもわたしらがいつも守っていただいているからだよ。大難を小難に小難を無難に、ってね」
「だいなん?しょうなん?湘南ってあのナンパで有名な?」
たいちゃん、なんか間違った時代知識を植え付けられてるね。
「つまりはお守りどおし、ってことさ。さあ、なみちゃん、塩をかけておくれ」
「はい」
わたしはこの時だけはおごそかな女の子のフリをして浄めるための塩を杉の木の根元にふりかける。そうしておもちをふたつ、重ねて根元にお供えする。
「じゃあ、たいちゃん。ちょっと重たいけどお酒をかけてくれるかい」
おばあちゃんにそう言われてたいちゃんは300ml入りの日本酒のビンを両手で持って、とくとくとく、ってやっぱり木の根元にかけてくれた。
「さ、お参りするよ。ただひとこと『いつもありがとうございます』ってココロの中で念じるんだよ」
おばあちゃんの声に続いてわたしたちは目をつむり、手を合わせた。
静かになると、山の音が聞こえてくるようだ。
木の葉がさわめく音。
鳥が遠くでさえずる声。
それから、なんだかよくわからない動物の鳴き声・・・・・・?
「お、おい!なみ!」
「う、うん!聞こえた・・・」
「ありゃあ。子グマの鳴き声だねえ」
犬みたいなかわいらしい鳴き声がすぐそばでして、杉の木の間から小さな子グマがガサガサって出てきた。
「あー、びっくりした。おどかすなよ」
「くすくすくす」
「な、なんだよ、なみ」
「たいちゃん、なに?あのこわがりよう?ほんとに二十さ・・・・・」
たいちゃんがわたしの口を急いでふさぐ。かわいらしい子グマに緊張感がなくなったわたしとたいちゃんとは反対におばあちゃんはけわしい顔になっていく。
「急いで山を降りないと。子グマがいるってことは近くに母グマがいるってことだからね」
「「「え!」」
わたしたちは荷物をしまってもと来た道を戻ろうとした。
ところがだよ。
その子グマが後をついてくるんだよ。
「どうしよう」
「なみちゃん。わたしがおとりになるよ。子グマを引きつけておくからその間にたいちゃんを連れて山を降りておくれ」
「だめだよ!おばあちゃんが危ないよ!」
「なみちゃん。たいちゃんはたった四才の男の子で大事な預かりものなんだよ。おねえさんのなみちゃんがしっかりしないと」
うわ。見える見える。
たいちゃんの胸におばあちゃんの言葉がグサグサ刺さってるのが見える見える。
「たいちゃん・・・・・いえ、たいさん」
「わ、分かってるよ!それにこのオレがおとさんを危ない目にあわせるわけないだろ!」
たっ、とたいちゃんはしげみにガサガサと入る。そしてすぐに大人の男子が入れ替わりにしげみから出てきた。
「どうしました?お困りですか?」
自分本来の年令の姿に変身したたいちゃんがわざとらしくおばあちゃんに聞く。
おばあちゃんは突然現れた、イケメン男子に問いかける。
「あれ?あなたはどちらさま?」
「通りすがりのおたすけマンです。なるほど。状況はのみこめました。あの子グマを引きつければいいわけですね」
「え、ええまあそうですが・・・・」
「ボクがやりましょう!」
「でも、危ないですよ」
「どのみちこの山にいる限り危険度は同じでしょう。ならば若いボクがやりましょう。いえいえ、もちろんあなたもお若いレディですがね」
「まあ。こんな年寄りを捕まえてそんなこと・・・・」
「その代わり成功したら数十年前のあなたと付き合わせていただけませんか?」
「ほら!子グマがよって来たよ!」
わたしは大あわてでおばあちゃんから大人の姿のたいちゃんを離れさせる。おばあちゃんが当然の質問をした。
「あれ?たいちゃんは?」
「はーい」
「お、おばあちゃん、たいちゃんはわたしが安全な場所に移したから」
「ええ?ほんとかい?なみちゃん」
「う、うん、だいじょうぶだから!」
存在自体がウソつきであるリアル年令バージョンのたいちゃんが子グマの気を引こうとする。
「ほらほらあ、クマちゃーん、かわいーねー。おにいさんと一緒にあっち行こう?」
ところがねえ・・・・・
「ワウ」
「わ」
ととと、と子グマをよけるわたし。
「ワウワウ」
「わわ」
どうしても子グマはわたしについてくる。
「こら!なみ!・・・・ちゃん。せっかくレディひとりと小娘ひとりを守ろうとするボクの勇姿を邪魔しないでくれないか」
「(だれが小娘だよ!)で、でも、ついてくるんだもん」
「ほほほ。この子グマ、オスかねえ。女の子の方がいいのかねえ」
「おばあちゃん、こんな時にじょうだん言わないで。どうしよう」
ガササ。
「えっ」
ゴオオオウ!
出た!母グマ!
「わ!」
「あら!」
「うわわーん!」
わ!はわたしの声。
あら!はおばあちゃんの声。
うわわーん!は二十才バージョンのたいちゃんの声。いちばんびっくりしてるじゃないの!
「に、逃げろ!」
「ま、待って!たいちゃん・・・・じゃなかったおたすけマンさん!確か背中を見せて逃げたらまずいんじゃなかったっけ!?」
「現代のクマのことはわからん!」
「なみちゃんの言う通りだよ。正面を向いてゆっくりと後ずさるんだよ!それでも向かってきたらうつ伏せになって体を丸めて首とか頭とか致命傷になりそうなところをかくすんだよ!」
おばあちゃんの指示に緊張感が一気に高まる。わたしたちは後ずさりしながら、でも数メートル下がってようやく気づいた。
『うわ!崖だ!』
あと何歩か下がるとそこは急な崖になっててまっさかさま。もう逃げ場所がないよ。
「ああ。こんなことなら朝もう一枚トースト食べるんだった」
「うう。女子高生時代のおとさんに会いたかった」
「あらまあふたりともなんだかよくわからない思い残しだねえ」
「お、おばあちゃんは何か言い残すことはないの?」
「そうさねえ。山の神さまのおっしゃってた三つの願いをまだ一度も使わなかったのが残念だねえ」
えっ!?
「お、おばあちゃん!何それ!?」
「今年の初夢でね、山の神さまが枕元にお出ましになってね。いつもお酒とおもちをごちそうになってるからなんでも願い事を三つかなえてやるぞ、っておっしゃってね」
「おお!すごい!それならばボクを今すぐにおとさんの女子高生時代に時空移動させてほしい!」
「たいちゃんは黙って!おばあちゃん!その三つの願いで神さまに助けてもらえないかな!?」
「そうだねえ。じゃあ、お願いしてみようか」
おばあちゃん!頼むよ!
「子グマも母グマもお腹をすかせとるからこんな人里近い所まで来るんだね・・・・・なら神さま。このクマの親子が食べ物に困らんようにお腹いっぱいにしてやってください」
えっ!
「お、おばあちゃん!それってわたしたちを食べてお腹がふくれるってことになるかも!」
「あら。言い方がまずかったかねえ」
うーもう!
どうぞ神さま!わたしたちもクマたちも助かる方法で助けてね!
けれどもこの子グマはねえ、困ったことに母グマが現れてもわたしの方に、ぴとっ、ってくっついてくるんだよねえ。母グマの心境はわかるよ。わたしが子グマをまどわせて連れさろうとしてるんじゃないかってその一心だよね。
「なみ!母グマが後ろにくっついてるぞ!」
「ならおたすけマンが母グマを引きつけてよ!」
「なみちゃん!木のかげにかくれるんだよ!」
「う、うんっ!」
あ!大きいあのご神木なら後ろにかくれられるよね!
「たっ!」
わたしが飛びこむようにして大きな杉のご神木の後ろ側に駆け込んだ瞬間!
ごぼぉっ!
「わわわ!」
わたしの足元の地面が音を立ててくずれた!
「あぶない!」
わたしはとっさに子グマを抱きかかえる。子グマを抱いたわたしの前の地面に大きな穴が開いている。。
わたしは立ち上がって穴の底をのぞいてみた。深さ二メートルぐらいかな、枯葉がいっぱい積もっててこんもりした山みたいになってる。
「なみ!大丈夫かあ!?」
「う、うん、なんとか・・・・・・でもなんだろこの穴・・・・それにあの葉っぱの山は・・・・?」
母グマは穴の向こう側に立っている。なんにせよこの穴が無かったらわたしは母グマの怒りのいちげきをくらっていただろう。
「なみ!今行くぞ!」
たいちゃん・・・・今はおたすけマンの姿だけど、なんとかしなきゃいけないって責任感は一応あるみたい。でも、どうやって?あ、あぶないよ!
おたすけマンの気配を感じた母グマが後ろを振り返る。そのまま、ぐあっ、と立ち上がった!
「うわうわうわ!」
あ!もうダメ!
ゴオオオオオオウウウウウウウ!
わたしは母グマのほえる声かと思ったけどちがった。
これはものすごい風の音!
わたしも立っていられないぐらいの風が背後からぐおおおおって吹いてくる!
『うわあっはっはっはあっ!!』
風のごう音よりももっと大きな高笑いが聞こえたとき、風がやんだ。
「な、なんだ今の声・・・・・」
「きっと山の神さまの声だよ。風を吹かせたのも山の神さまだろうよ」
おばあちゃんはおたすけマンとわたしにそう言って、穴の中を指さした。
「あらあら、どうやら貯蔵庫みたいだねえ」
ちょぞうこ?
枯葉が積み上がったのかと思っていた山の枯葉が今の風で全部吹き飛んでて、その下にあるのは・・・・・
「どんぐり!」
「なみちゃん、なーみちゃーん!」
「うん、おばあちゃん!」
「たぶんこれは別のクマが冬眠用に貯めといたどんぐりだよぉ。きっとあちこちから集めて貯めておいたんだねぇ」
「そのクマはどこかにいるのかなぁ!」
「いいや。他に気配がないからきっと別の山に移動したんだろうよぉ」
「せっかく集めたどんぐりを置いてぇ?」
「きっともっといいエサのある山を見つけたんだろうよぉ」
なるほど。とするとこのどんぐりは誰が食べてもいいわけだ。
さっそく子グマが穴の下に降りていく。母親もそのあとに続いて降りた。
においをかいだり、少し食べてみたりしている。
「よっ、はっ」
わたしはクマの親子に気付(きづ)かれないようにおばあちゃんとおたすけマンのいるところまで歩いた。
「ああ・・・どうなるかと思った。おばあちゃん、ありがとう」
「いやいや、なみちゃん。お礼は山の神さまにお言い」
「山の神さま、ありがとうございます」
わたしはさっき高笑いが聞こえたご神木の木のてっぺんあたりに向かって言って、ぺこりとひざに頭がくっつくぐらいにおじぎをした。
「あら?そういえばたいちゃんは?」
「で、ではおたすけマンはこれにて失礼します」
おたすけマンは、がさっ、てしげみの向こうへ走って消えた。ほとんど入れ替わりみたいに四才の姿のたいちゃんが出てきた。
「おお、おお、たいちゃん、無事だったかい!?」
「おとさん、すみません。心配かけました」
「それにしても、あのおたすけマンさん、たいちゃんと同じデザインの長ぐつはいてたんだねえ」
「え!えっと・・・・・おとさん、今はやってるんですよ、これ」
「こんなのを大人の男の人もはく時代なのかねえ」
「そうそう!」
そんなわけないだろ!
だって、『ビースト戦隊ギャオジラス』のながぐつを二十才の男子がはくのかい!
「でもおばあちゃん、よかったの?こんなので大切な山の神さまの三つの願いを使っちゃって」
「なみちゃん、みんなが無事なのがいちばん。大難を小難に、小難を無難に。すべて神さまのおめぐみだよ」
「次こそはおとさんの少女時代に時空移動を!」
「たいちゃんちょっとしゃべらないで。つかれるから」
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