第42話 いらない娘リルルを救出せよ!① ~羽衣さんと一緒に登校~

「「「――きゃーーーーーーっ!!!!!」」」

「「「――ロクオンジッ!!! ――ロクオンジッ!!! ――ロクオンジッ!!!」」」


 朝から王立音楽学園の廊下に響く女子たちの黄色い歓声、それに男子たちの野太いロクオンジコール……。


(はぁ……)


 げんなりしながら人混みをかき分けていると、前を歩くありすさんが叫んだ。


「――ちょっとちょっとぉ……っ!!!! アンタたち、この男をどこの誰だと思ってんのよ……っ!?!? 王立音楽学園の"キング"・鹿苑寺恚よ……っ!?!? さっさと道を開けなさいよ……っ!!!!」


 背後でマリさん、ラウナさん、ミーツェさんも声を揃えた。


「「「――そうですともっ!!!! あなた方には救世主さまの左腕に巻かれた"獅子レオーネ"の腕章が目に入らないのですかっ!?!?」」」

「――いやいやいや……!?!? ていうかアンタたちだって"ムーガ"でしょーが……!?!? いつまでこの男にまとわりついてんのよ……!?!?」

「「「――あら、それを言うならあなただって"ルーヴォ"じゃありませんかっ!?!? いつまで救世主さまにまとわりつく気ですっ!?!?」

「――ぐっ、ぐぬぬぬぬぬぅぅぅ……っ!?!?」


 ありすさんとマリさんたちが睨み合っている間も、廊下のあちこちから沸き起こる歓声、そして熱狂……。


「「「――きゃーーーーーーっ!!!!!」」」

「「「――ロクオンジッ!!! ――ロクオンジッ!!! ――ロクオンジッ!!!」」」


 そんなカンジでもみくちゃにされていると、隣を歩く羽衣さんが言った。


「す、すごい人気だね、恚くん……。な、なんか大名行列みたい……」


 僕は苦笑してしまう。


「いや、大名行列ならむしろ道を開けてくれると思うんですけどね……」


 どちらかといえば"村人に追い回される落ち武者"みたいな気持ちですよ、こっちは……。


「はぁ……」


 ため息をつきながら、僕は羽衣さんの姿をチラリと横目に見た――

 ――黒地に赤と金のラインが入ったブレザー。スカート。それにニーハイソックス……。


 初々しい制服姿だ……。

 そしてその腕に巻かれた腕章は――

 ――もちろんグレード1"獅子レオーネ"……。


 さすがに登校初日だけあって、ちょっと表情が固い気もするけど……。

 そしてさらに、その胸に抱かれたヴァイオリンケースに目をやる――



 楽器名:エクスカリバウス

 製作者:アントニオ・エクスカリ

 ランク:SSS


【エクスカリバウス】……異世界帰りの弦楽器製作者リュータイオ、アントニオ・エクスカリによる魔法のヴァイオリン。所有者のTS/ASが爆発的に上昇するが、あまりに強大な力ゆえ世界秩序を狂わせる可能性大。返品不可。



 ――そう、エクスカリバウス。

 近鉄の帽子と引き換えに貸与して、いったんは返してもらったエクスカリバウスだけど、やっぱりそのまま羽衣さんに預けておくことにした。


 だって編入試験で満点を叩き出して"獅子レオーネ"になった以上、エクスカリバウスのチート補正がないと学園じゃやっていけないし……。


(それに……)


 僕は彼女のステータスに目をやる――



 名前:和紗羽衣

 レベル:14

 TS:75113

 AS:75182

 MP:11

 スキル:≪G乳上のアリア≫≪ボーイングLv.3≫≪アルペジオLv.3≫≪速いパッセージLv.2≫≪ポジションチェンジLv.3≫≪ビブラートLv.3≫≪トリルLv.2≫≪重音Lv.2≫

 称号:≪選ばれし乳≫



(……いやっ、だからなんなんだよっ、その"選ばれし乳"って……っ!?!?)


 ――そうなのだ……。 

 あの編入試験以来、エクスカリバウスも羽衣さんのことがすっかり気に入ってしまったらしく、いつの間にか称号が【選ばれし乳】に変わっていることに気が付いたのだった……。

 僕はつい、その"スケベなヴァイオリン"に話しかけてしまう……。


「――まったく、何が"選ばれし乳"だよ……。秩序とかいうのも結局、近鉄の帽子だったしさ……。いい加減なヤツだなぁ……」


 羽衣さんの胸に抱かれたエクスカリバウスは、なんだか嬉しそうだ……。


『…………♡』


「……なにデレデレしちゃってんだか――」


「えっ? なんか言った?」


 羽衣さんがこっちを向いた。


「い、いや、なんでもない――」


 ――とにかくまぁそんなカンジで、僕のステータスはまた【ヴァイオリンの神】に逆戻りだ。

 


 名前:鹿苑寺恚

 レベル:1

 TS:155016

 AS:155015

 MP:23899

 スキル:≪自動成長≫≪らくらくヴァイオリン≫≪悪魔と契約≫≪神童≫≪ドンファン・リサイタル≫≪天穹のスタッカート・ヴォラン≫≪永劫のスル・ポンティチェロ≫≪バイオリンガル≫……他

 称号:≪ヴァイオリンの神≫



 ……あぁ、またMP振り分けないとなぁ。

 まぁエクスカリバウスで爆上げされた異常な数値を見てたから、ちょっと物足りなくは感じるけど……。


(でも、弾いた瞬間に白目をむかれて失神されるよりはマシかもな……)


 まぁそんなカンジで、前向きにとらえることにした。

 当面はまた例の"一万円の量産ヴァイオリン"が僕のパートナーってことになりそうだ――



 楽器名:ハールマン2021

 製作者:不明

 ランク:F


【ハールマン2021】……中国メーカー・ハールマンによる量産ヴァイオリン。粗末な合板プレスで奏者の成長を阻害する。経験値が半減。



 ――うーん、でもやっぱビミョーだな……。

 放課後楽器屋さんに寄って、新しいヴァイオリンでも買おうかな……。

 でも、お金ないしなぁ――


「――よぉ、ケイっ!!」


 ボーっと考えごとをしていると、急に肩を叩かれた。

 どうせ野次馬の男子だろうと思ったけど、よく見たら違った……。


「……あっ、クローデさん!」


 あいかわらず"頭の半分だけ暴風雨に吹かれた"みたいな金髪碧眼の彼だ……。


「――さすが王立音楽学園の"キング"だな。廊下を歩くだけでこれとか、パンダかよ!!」

「ホント、動物園で見世物にされてる気分ですよ……」

「……あれ? そのカワイ子ちゃんは?」


 クローデさんはそう言って、羽衣さんに目を向けた。


「あぁ、和紗羽衣さんって言って、僕の友人で……」

「ふーん。なんか"付き合ってます"みたいなオーラ出してるけど――そうなのか?」

「……ち、ちがいますよっ! た、ただの友人ですよ……っ!」


 言いながら、ついチラリと横目に見てしまった……。

 幸い羽衣さんはよそ見をしていて、聞いてなかったみたいだけど……。

 

「――にしても、だ。編入早々"獅子レオーネ"とか、こりゃまたとんでもない才能なんだろうなぁ。まさかケイと同じくらい上手いのか?」

「えっと……どうなんですかね? そもそも自分の上手さもよくわからないし……」


 僕ははぐらかす。


「あーあ、いいなぁ~。お前らみたいな天才はさぁ~。俺も才能を分けてほしいよ……。――あっ、そうだっ……!!」


 クローデさんはそう言って、ふいに肩を組んできた。

 まるで人目をはばかるように、耳元で囁いてくる……。


「――聞いた話なんだけどよ、ハイフェルドの野郎、どうやらお前のこと相当恨んでるらしいぜ?」

「ハ、ハイフェルドさんが……っ?」

「ああ――」


 クローデさんは頷いた。


「――ほら、こないだの学内演奏会グレニアールでケイに秒殺されただろ? あれで教授陣の評価もダダ下がりでよ。おまけにあいつ元から素行不良だったから、"黒豚マヤージェロ"に降格させられたんだよ!」

「えっ、そ、そうなの……!?」


 ハイフェルドさんがグレード6"マヤーレ"に……?

 そ、それは知らなかったな……。


「――お前に負けたのがよっぽど気に食わなかったらしくて、『ロクオンジぶっ潰す!』って騒いでるらしいぜ。だからケイ……気をつけろよ? 人間追い詰められると何すっかわかんねーからな?」


 追いつめられたハイフェルドさん……。

 た、たしかに、なんか怖い……。


「……お、教えてくれてありがとう!」

「――おうっ!! じゃあまたなっ!!」


 そう言って『G5-10』の教室に消えていくクローデさん――。

 ありすさんやマリさんたちとも別れ、僕は羽衣さんと二人で『G1-1』の教室へと歩いていく……。


「……さっきの人、恚くんのお友達?」

「そう。クローデさんって言って……」

「なんか頭の半分だけ、寝癖スゴくなかった?」

「いや、あれはたぶん寝癖じゃなくて……」


 ああいう髪型なんだと思うけど……。

 そんなことを話しながら廊下を歩いていた時、僕はふいに視線を感じた――。


(――んっ?)


 振り返ってキョロキョロと見回すと、ちょうど階段の踊り場あたりに、全身黒ずくめの男が佇んでこっちを見ていた。

 背が高く、痩せこけていて、まるで亡霊みたいだ……。


(――な、なんだあの人?)


 目が合うと、男はまるで逃げるように階段を駆け降りていった……。


(……だ、誰だろう? ハイフェルドさんじゃないよなぁ? 制服じゃなかったし、それにだいぶ年配に見えた――)


 先生だろうか……?

 でも、あんな先生いたっけな……?


「……恚くん? ……どうしたの? 『G1-1』って、ここじゃないの?」


 羽衣さんの声で、僕はハッと我に返る。


「――あ、あぁ、そうそう……っ!」


 そうして僕と羽衣さんは、一緒に"獅子レオーネ"の教室に足を踏み入れたのだった……。


(――さっきのあの人、なんだったんだろう?)


 と不思議に思いながら……。

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いらない子同然の僕だけど、ヴァイオリンの才能を授かったので美少女だらけの異国に留学して無双します 命みょうが @Inochimyouga

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