第4話
「
玄関の方からかかった声に環は
眠気を払うように頭を振って座布団を立つと、店先へ急いだ。
戸口を開ければ、丸眼鏡をかけた顔見知りが
「あけましておめでとう」
「
環はこんな時間に現れた知人と、彼の放った挨拶にぽかんと
「あ、あけまして、おめでとうございます」
慌てて辞儀をする環に構わず、
「夜分にすまないね。近くの寺に
「よろしければ奥へどうぞ」
店の小上がりに腰掛けようとした客人に、ここでは寒かろうと環は奥の間を示す。
「じゃあ、お言葉に甘えようかね」
男は
たまにスーツも着るが、普段から着物姿で過ごしている。その方が鑑定内容に真実味が増すから、という理由らしい。髪には
「おいおい、こちらも随分と冷えているじゃないか。いくら前時代的生活をしていても、ストーブくらい持ってるだろう」
「あれ? すみません。すぐに
柊木先生に言われて初めて、環は自分が暖房を使っていなかったことに気づく。
一階に降りてからすぐに台所へ行ってしまったし、その後もすぐに蕎麦を食べて身体が温まったのでストーブを点け忘れていたのだろう。しかし、酒を呑んでそのまま寝てしまったのに自分の身体が全く冷えていないのが不思議だった。
「一人で一杯やっていたのかね」
「この間、先生がくださったお酒です。とても美味しくて何杯もいただいてしまいました」
「そいつはよかった。先日信州へ呼ばれた先でお礼にといただいたんだ。酒の呑める知り合いがいて助かったよ」
柊木先生は下戸ではないが、酒の味には
「実は年末にまた一瓶もらってしまってね。よかったら一緒にどうだね?」
先生が手持ちの袋から一升瓶を取り出した。
「よろしいですよ。でも、先生もお呑みになるのは、珍しいですね」
「新年を迎えたときくらい、さすがに呑んでみたくなるものさ。それに君も、年の瀬、年明けにすらここから出られず一人でいるんじゃ寂しかろうと思ってね」
一人、と言われて環は小首を傾げる。
確かに一人ではあるのだが、孤独を感じることはあまりない。誰かの思い出が染みついた品々が側にいるお陰か。彼らに振り回され、付き合っていると、思いも寄らない縁を繋いでくれることもある。
「寂しくはないですよ。ここにいるのは、僕自身が好きでやっていることですし」
あっけらかんと返す環に、そうかいと柊木先生は
先生は環のことを気にかけてくれているのだ。環の祖父と親交があったせいもあるだろう。環がこのような——祖父の遺したこの家から一歩も離れることのできぬ身の上になってしまってからずっと、生活に不自由のないよう世話を焼いてくれている。父のような、兄のような人だ。
猪口を持って居間に戻ると、柊木先生がかき揚げを盛っていた皿をしげしげと眺めていた。
「今年にぴったりの良い皿だね」
戻った環をちらと見てそう告げてくれたが、はて、何のことやら。
環は首を傾げつつ先生の手前にある大皿を覗き込み、あっと驚嘆した。
残していたかき揚げがない。
否、そうではない。そんなことより重要な変化があるではないか。
不自然に空いていた余白がない。代わりに、竹林の中に、虎がいる。
「
柊木先生の解説に適当に
ふさふさの毛。大人一人を抱き込んでしまえるような体躯の生き物。
青い竹林を抜け出して、自分の番が来るまでどこかで遊んでいたのだろうか。
「ありがとう。おかえり」
環が冷えて身体を壊してしまわぬよう、温めてくれたのかもしれない。
それがたとえ環の思い込みでも、事実、お陰で助かったのだ。かき揚げくらい、いくらでもお礼にくれてやる。
それに何と言っても今年の顔だ。店の目立つところに飾ってやろう。
「相変わらず君は骨董に好かれているようだな」
皿に礼を述べる環を口をへの字にして
新年、骨董屋にて 毛野智人 @kenotomoto
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