水曜日の彼

神納木六

水曜日の彼

カラン、と入口扉のベルが鳴る。

少しレトロでオシャレな喫茶店。ステンドグラスの嵌った窓と赤いビロードの床がうっとりするほど美しく、使い込まれた木製テーブルは、ほの暗い照明に照らされつややかに光っている。

彼はいつも同じ曜日の同じ時間、同じ席に座る。


常連の彼は、今日もまた"いつもの"エスプレッソとホットサンドを頼むのかしら?

なんて様子を伺ってしまったりして。


本のページを捲る指先。

ズレ落ちた眼鏡を持ち上げる指先。

マグカップを持つ指先。

何度見たかわからない。けれど、その指先に変化があった。

左手薬指に、指輪が嵌っている。

---あぁ彼は。結婚したのね。


嬉しさと少しの悔しさ。最初からわかっていたけれど、やっぱりほんの少しは悔しい。

貴方の事は、貴方がここに初めて来た日から覚えているから、もう10年近いのね。だから、いつかこんな日が来る事もわかっていたのよ。ね、おめでとう。私、本当に嬉しいの。

これからも会えるかしら。これからも通ってくれるのなら、これほど嬉しい事はないわ。なんなら、今度は奥さんも連れてきて頂戴ね。お願いよ。


店内の鳩時計が午後一時を指す。

「パッポッ」

一言だけ鳴いて、私は巣に戻る。

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水曜日の彼 神納木六 @kounoki6

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