年明けこそ鬼笑う

新巻へもん

それでも未来の話をしようと思う

 まさに青天の霹靂。がらがらぴっしゃーんてなもんだ。

「お前は実は桃から生まれたんじゃ」

 高齢の両親がさらに追い打ちをかけるセリフを言う。

「故にただ人にあらず。鬼が島に赴き、暴れる鬼を退治してくるのだ」


 意味不明だよな。ついに耄碌しすぎたのかと頭の心配をした俺は、心優しい方だと思う。言葉の応酬の末に、両親がマジで言っているということを確認した。出生直後の記憶がない相手にそういうことを言うのは狡くねえかね。だから俺はこう言ってやった。

「やだ」


 シンプルかつ明確な返事。これできっぱりはっきり断れたと思ったが、甘かったらしい。気が付けば村をあげての壮行会が準備されていた。生業のきび団子の商売で裕福な両親の世話になっている村人も多い。根回し済みの村人総出でおだてあげられた俺は後に引けなくなっていた。


 確かに俺は強い。弱冠16歳だが、旅の武芸者と立ち会って負けたことは無いし、熊と相撲を取ったこともある。ただ強いだけじゃなく、ほぼ読み書きができない周囲の中で、漢詩を書くこともできた。村一番の神童たる俺が、鬼ヶ島の鬼ごとき退治できないわけない、と言われればそうかもな、という気分になる。


 のんびりスローライフを送るつもりだったが、そうもいかなくなったことを残念に思いつつ、同時にワクワクする気持ちも感じていた。せっかく人並優れた能力を授かって転生したのに、その能力をあまり発揮することなく生きている。そろそろ一旗揚げてもいいような気がしていた。


 どうも俺は桃太郎の立場らしい。ならば勝利と栄光は約束されたも同然だ。

「一度世に出れば毀誉褒貶にさらされる。その煩わしさから逃れることを望んでいましたが、世のため人の為とならば仕方ありません」

 カッコよく決意の言葉を述べたが、村人にはあまり伝わっていなかった。ちょっと難しい言い回しをし過ぎちゃったようだ。


 とりあえず、両親には喜んで貰えた。俺だって十年以上も時には厳しく、時には慈しみ育ててくれたことには感謝している。実は一粒だねの中身が俺になっていることを言いだせずにいた贖罪も兼ねていっちょやったるかと闘志が湧いた。


 そして、出発の日、俺は両親から餞別の品を渡される。一振りの太刀ときび団子、それに3枚のお札だった。

「いくら強いとはいえ、一人で立ち向かうのは難儀じゃろう。この3枚のお札には異国の武人の魂が宿っておるそうじゃ。いざというときに呼び出すがいい」


 何だかんだで子煩悩な両親のはなむけの品を前にこみあげるものが溢れそうになる。太刀を佩くときりりと額に鉢巻をして別れを告げた。

「行ってまいります」

「吉報を待っておるぞ」


 山を九つ越え、川を三つ渡って海に出る。ここまで一月ほどかかっていた。色々あったが詳しく語るほどじゃない。舟を調達し、真夏の太陽に照らされる海原を進み大きな島に上陸する。険しい山道を登っていくと目の前が開けた。崖道の先には大きな門が立ちふさがり、その前には身長2メートルはあろうかという巨躯が金棒を担いで立ちふさがっている。


 虎皮の腰パンとトップ姿の女鬼だった。瞳が大きく頤がきゅっとしている。頭には2本の角があり、少々野性味が溢れているが、俺の好みドストライクだった。しかもでかい。何がと言われれば、胸を覆うトップでは全てをカバーしきれていないと言えば分かって貰えるだろうか。


 この世界の美的感覚からはずれているかもしれない。長い黒髪、切れ長の目、しもぶくれの頬という特徴は無かった。だが、それがいい。村一番の美女というのは俺の趣味じゃ無かった。まあ、美の基準なんてのは時代や文化によって変わる。それは仕方ない。


「我が島に乱暴狼藉を働きに来た愚か者よ。性懲りもなく死にに来たか?」

 鬼女は厳しい顔のまま金棒を真っすぐに俺の方に向けて問うた。

「向こうじゃ、あんた達がこの辺りを荒らしていることになっているぜ」

 俺の言葉に鬼女の表情が僅かに緩む。


「今までの欲に駆られた者どもとは違うようだな。多少はものの道理が分かるようだ。見よ。この荒れ果てた地を。どこに豊かさがあると思う?」

「確かにそうかもしらんな」

「ならば、疾く去ね。土と還る前に」


「だが、その門の中がどうなってるか分からないじゃないか」

「我が一族の老若がささやかに生きておるに過ぎん」

「それを見せてくれれば信じよう」

「断る。いつぞやのようにだまし討ちをするつもりか。ならば容赦はせん」


 鬼女はぱっと地を蹴ると駆け出してくる。あっと言う間に目の前に現れた鬼女は金棒を横殴りにした。俺は太刀を抜き放ち受け止め、ようとしてばっこーんとふっとばされる。そして、空を飛びそのまま海に落ちた。どっぼーんと周囲に派手に水しぶきをまき散らす。

 

 抜き手を切って浜に泳ぎ戻ると体にまとわりつく衣装を脱ぎ捨て、褌一丁になった。鼻の下を伸ばしていたのは否定できないが、それでも相手が強敵なのは間違いない。全力で当たることにした。門のところまで駆け戻ると、片眉をあげた鬼女に啖呵を切る。


「恨みは無いがやられっぱなしじゃ俺の男が立たねえ。全力でいかせてもらうぜ」

 3枚のお札を宙に投げると叫んだ。

「出でよ。伝説の戦士よ」

 ぼあん、と煙をあげて札は3人の戦士に形を変える。


 黒壇のような肌の犬頭と毛むくじゃらの猿、真っ赤な羽をまとった鳥が現れた。片手を額にかざし、あまり驚いた様子も見せない鬼女と3人の戦士、それに俺の体を見る。VRゴーグルをつけているかのように赤と緑の戦闘力を表す数字が表示された。俺達はそれぞれ4万ちょっと、鬼女は9万。これなら勝てる。目をしばたいて表示を消すと一斉に突っ込んだ。


 ***


「覚えてやがれ~」

 俺の叫びが虚しく夕空に吸い込まれていく。4人がかりなら勝てると思った目算は甘かった。ぶっつけ本番で連携がうまくいくわけが無い。お互いが邪魔になってしまった。作戦の失敗を悟り、俺達はほうほうのていで逃げ延びる。


 数週間かけて修行を行った。それぞれの腕を上げると共にコンビネーション能力を高める。お互いの息がぴったり合うようになり、また鬼ヶ島に挑んだ。鬼女は侮蔑の表情を浮かべた。

「せっかく拾った命を無駄にすることはあるまいに」


「この間の俺達とは違うぜ。後で吠え面かくなよ」

「面白い。その大口にこの拳を叩きこんでやる」

 今度こそは勝てる。そう思っていたがまたしても敗北の苦杯をなめさせられた。まさか戦闘力を瞬時に上げられるとはな。とんでもねえチートだった。


 とどめを刺そうと思えばできたはずの鬼女は地面に這いつくばる俺達を捨て置いて、門の中に悠々と引き上げる。情けをかけられたことに歯ぎしりしながら捲土重来を誓って島を去った。


 再び猛特訓に励む。その間に鬼が周辺の土地を荒らしているというのは事実と異なるのは薄々と分かってきた。きっと今まで敗れた誰かが仕返しを企み流した噂に違いない。ただ、もう当初の目的は関係なかった。あいつを超えなければ、この先の未来はない。そんな気持ちになっていた。


 今度こそはと自信がつくのに半年かかる。年が改まってから、勇躍して乗り込んだ俺達だったが、三度目の正直とはならなかった。気息奄々として、太刀を支えに立つ俺は鬼女を睨みつける。さすがに鬼女も息を荒くしていた。

「もう終わりか?」


 揶揄する声に俺は声を振り絞る。

「俺はもっと強くなってみせる。すぐには無理でも1年後にはきっと……」

 鬼女は大きく息を吐き出すと笑い出した。

「新年に来年の話をするか。これは傑作だな」


 初めて見る笑顔に俺のうちに新たな感情が芽生える。戸惑いと共に運命を悟った。俺は踵を返す。後ろから襲われることなど全く気にせず、その場を後にした。今はまだ駄目だ。だが、明確な目標ができた以上、次は負けん。決意を新たに島を後にした。

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