第6話 天使と朝ダッシュ

自宅に戻ってきたおれは、ひよりんのことがますますわからなくなっていた。というのも、ひよりんが最後に入れた曲が、人気メロディックパンクバンドの曲だったからだ。


実は、おれもそのバンドは大好きで、通学中はいつもエンドレスリピートで聞いている。しかし、そのバンドはライブ中に、全裸になり公然わいせつで書類送検されるなど、かなり過激なパフォーマンスで有名だ。なかでも、ひよりんが入れた曲は彼らの代表曲ともいえる曲で、童貞のやけくそな気持ちを歌ったもの。

おれとしては、綺麗ごとばかりの流行りの歌と違って、人間のダメな部分や情けない部分もさらけ出し、それを認めてくれるような歌詞の虜になっていた。


しかし、おれみたいな陰キャの気持ちを代弁してくれる彼らの曲をひよりんが好きだったなんて。


「なんの悩みもなさそうなのにな……」


「いかん、いかん。いまはこっちに集中しなければ」


おれは慌ててパソコンの画面を開く。ネットに投稿している小説『陰キャだけど、デスゲームが始まったのでムカつくクラスメイトたちにざまぁします』の今日の更新分をまだ書いていないのだ。


いつもは学校から帰ってきて、1話分を書けるだけの時間は十分にある。しかし、今日はカラオケに行き、いつもより帰宅時間が遅くなってしまった。


ネット小説は毎日更新を続けることが、何より大事なのだ。


今日書こうとしていたのは、物語の最初のクライマックス。陰キャだった主人公が、クラスのDQNや、声デカ系の女子から襲われ、返り討ちにするシーンだ。


「う~ん、全然筆が進まない。いつもはすいすい書けるのに……」


おそらく影響しているのは、ひよりんだった。


今までは卑屈根性丸出しで、クラスの陽キャたちの情けない姿をたくさん書いてきた。今回のシーンも容赦なくクラスメイトを痛めつけてやろうと思っていた。しかし、ひよりんが読んでいることが脳裏をよぎると、どうも綺麗にまとめてしまおうという考えがよぎる。


「違う!おれが書きたいのはこんな上っ面の綺麗ごとじゃないんだ」


「汚い部分も醜い部分も、これでもかとさらけ出したむき出しの人間を書きたいんだ」


………


なんとか文字をひねり出し、今日の更新分を書き終えることができたが、時計を見ると、針は午前3時を指していた。


「やっべー、明日も学校なのに」


急いで、ベッドにもぐりこみ、眠りについた。


翌朝、案の定昨夜の夜更かしが響いて、目が覚めたときには、すでにいつも家をでている時間だった。


(やべー、遅刻するー)


小走りで学校へ向かうと、おれと同じように遅刻ギリギリの生徒が後ろから追い抜いていく。


綺麗にするりと伸びた黒い髪を後ろで一本に束ね、ポニーテールを揺らしながら走る、その後ろ姿は見たときに、おれはそれが誰なのかすぐに気が付いた。


(ひよりんだ!)


彼女も、おれに気が付いていたのか、追い越すと、こちらを振り向いた。


「萩原君、遅刻だぞ~。さては昨日のカラオケが楽しすぎて、なかなか寝付けなかったんだな?」


いたずらっぽく笑うひよりんはペースを落とし、おれの横に並んで小走りする。カラオケにいったおかげなのか、ひよりんとの距離が少し縮まっているような気がした。


「ち、ちがうよ。そういう右京さんだって遅刻じゃん」


「アハハハ。そうだね」


ひよりんが遅刻するなんて珍しいな。いつもは、朝のホームルームの10分前には席についていたはずだ。何かあったのだろうか。


「昨日ちょっと夜更かししちゃってさ。それよりも、昨日のカラオケ楽しかったね。ありがとう。萩原君、かっこいい声してて、びっくりしちゃった」


「え?」


あまりの不意打ちで、脳の情報処理が追い付かず、素っ頓狂な声をあげてしまった。そんな俺をよそに、ひよりんは歩みを速める。


「さぁ、急ごっ!」


なんとか始業のチャイム前に学校についた。

おれはひよりんと一緒に、教室に入っていくのが、なんだか気恥ずかしくて、下駄箱で、少し距離をとって、さも別々にやってきた風を装った。そんなおれの気持ちを察してくれたのか、ひよりんも一人で先に教室に入っていった。


おれがひよりんが入って少ししてから、席につくと、人間拡声器の声が聞こえてきた。


「ひより~、ギリギリセーフだね! で、朝は誰と待ち合わせしてたの?」


「シーッ!」


慌てて、ひよりんが口に指をあてて、拡声器の声を抑え込もうとしていた。一瞬、彼女がこっちを向いたような気がしたのは気のせいだろうか。


「え? 私に今日は待ち合わせしている人がいるから先に行ってって……」


拡声器は、怪訝そうに言葉を連ねると、ひよりんは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。


(ひよりん、朝、誰かと待ち合わせしていたのか……)


(でも、一人だったよな……)


(……)


!?!?!?!?!?


(もしかして、おれのことを駅で待っていてくれていた?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ネットでデスゲーム小説を書いていたら、学園一の天使が古参読者でした @kikoru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る