第4話
◇◇◆◇◇
公爵家令嬢のヤンチャっぷりが
ドミニクの計画はまだ道半ばだったが、着実にこの国は変わりつつある。王族と一部の貴族が牛耳る国から、多くの貴族が政治に参加できる国へ。
──そして私自身も。
「……やあ。久しぶりだね」
私が街中を歩いていると、少し居心地悪そうに話しかけてきた青年がいた。
「あら、ベンノ様。もう会わないんじゃなかったでしたっけ?」
元婚約者のベンノは「えへへ……」と苦笑しながら頭を掻いた。
「そう思ってたんだけど気が変わってさ。よかったね、無実の罪が晴れて」
「ええ、とてもいい気分です。祝福しに来てくださったんですか? わざわざ?」
そんなことはないのは分かっていた。一見優しそうな青年を装ってはいるが、この男はまず第一に自分のことを考えている。──というのは以前痛感したことではないか。
「それもあるんだけどさ、どうかな? 過去のことは水に流して心機一転僕と──」
「──嫌です」
「は?」
まさか私がこう答えるとは思っていなかったのだろう。ベンノはポカンとし始めた。
「だから、嫌です。一度捨てた相手に、さすがに虫がよすぎませんか?」
「いや、でもあれは勘違いだったんだ! それに僕は君がやってないと信じてたし!」
「あー、そういえば言うのを忘れてましたね。私、今気になる人がいるんです。だからもうあなたのことはなんとも思ってませんよ」
「……」
何が勘違いなのか。どちらにせよ、彼が私の存在と天秤にかけた上で自らの保身を選んだことは疑いようのない事実なわけだし、今更弁解しても私の気持ちはこれっぽっちも動かない。アンネローゼに対してもそうだが、このベンノに対しても少しだけ、ほんの少しだけ「哀れだな」って感情が浮かんだだけだった。
「あなたもいい加減権力にしっぽを振るのをやめたらどうですか? そしたら私なんかよりももっと素晴らしい相手が見つかるかもしれないですよ」
そう言い残し、魂の抜けたような顔をしているベンノを残して目的の屋敷に向かった。
そこは貴族の屋敷が集まる一角の外れに位置する──古くも立派な屋敷。
ヴァナー公爵家のものとはまた別の趣のある屋敷には、ゲラート伯爵──つまりはドミニクが暮らしていた。
私は使用人に案内されて屋敷の奥へ進む。すると、特に大きくもなく地味な部屋にドミニクはいた。
牢でのみすぼらしい姿はどこへやら、身だしなみを整え、髭や髪もしっかりと手入れされたその姿はちゃんと一人前の貴族に見える。私の姿を確認したドミニクは軽く手を上げて挨拶した。
「よお、マヤ。──キルステン男爵令嬢殿とお呼びした方がいいかな?」
「マヤでいいですよ。ドミニクさん」
私の答えに、ドミニクは深く頷くと、早速机の上に乗せた紙に筆を走らせ始めた。
「すまんな。やることが多くて」
「手紙ですか?」
「あぁ、最近は一日中どこかの貴族やら家臣やらとやり取りしている。正直面倒だが、まあ計画のためだしな」
「計画は順調なんですか?」
すると彼はフフッといたずらっぽく笑った。同じイタズラっ子でもアンネローゼとは随分と違う雰囲気だ。彼の笑いには邪気がないと言うべきだろうか。
「この国を牛耳っているのはヴァナー公爵だけじゃないさ。まだまだ、叩けば叩くほど
「……そうですね」
彼の言葉を聞いて私はこれからも彼を陰ながら支えていこうと思った。
そして──初めて心の底から笑うことができたのだった。
公爵令嬢様、あなたの身代わりになって婚約破棄されたので、代わりに悪事を全部バラしてもいいですか?〜親友でしょ?って泣いて喚いてももう遅い!〜 早見羽流 @uiharu_saten
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