第3話ささいな変化

 宮殿内にある近衛騎士ランスロットの自室にやってきた。

 目的は公爵令嬢エリザベスとの仲介役を頼むためだ。


「これは殿下、わざわざいらして、どうようなご用件でしょうか?」


 だが待っていたランスロットはかなり不機嫌だった。


「一昨日の殿下の言葉によると、私はもう用済みのはずですが? まさか更なる罰でも与えにきたつもりですか?」


 丁寧な口調だが、かなり他人行儀に距離を取ってきたのだ。


「いや、一昨日のことだが……」


 皇帝ラインハルトが行った愚行だ、と言い訳をしようとして俺は言葉を止める。

 何故なら『物語の記憶が甦って、今の俺は皇帝ラインハルトとは別人だ!』など言いだすのはマズイ。

 俺は間違いなく精神的な病気だとレッテルを張られてしまうからだ。


「ん? どうしましたか、殿下? もしや昨夜、エリザベス令嬢に一方的に理不尽な婚約破棄を言い渡し、なおかるマリアンヌ令嬢と婚約宣言するなど、また錯乱したことで仰るつもりですか?」


 毒舌家ランスロットは痛烈な皮肉を放ってくる。

 おそらく部下に情報を集めさせていたのだろう。謹慎状態だったが、昨夜のことを全て把握していた。


(こいつは相変わらずキツイな……)


 ランスロットは腹心の中で唯一意見を述べてくる者。

 幼い時からの付き合いがあるため、皇太子ラインハルトも毒舌を許していたのだ。


(だが今回の謹慎がエスカレートして……)


 皇太子ラインハルトは段々と傲慢さが増長して、ランスロットから見放されてしまう。

 最終的には彼を失い、皇太子ラインハルトは裸の王様になってしまうのだ。


(この男を失うのはマズイな……)


 今となって分かる。忠臣ランスロットの大切さを。


 だから俺は行動にでる。


「……ランスロット、一昨日は言葉が過ぎた。すまなかった」


 頭を下げ謝罪の言葉を発する。


「――――っ⁉ な、な、殿下……⁉」


 皇太子ラインハルトは今まで他人に頭を下げたことなどない。

 まさかの行動に冷静沈着なランスロットですら声を上げてしまう。


「で、殿下、どうしたのですか⁉ いったいなにを……」


「いったい何をではない。素直に謝罪しているだけだ。一昨日は……いや、今まで俺は不遜で傲慢すぎた。忠臣であるお前の指摘を聞かず、勝手なことばかりしてきた」


 覚醒した今ならはっきり分かる。

 皇太子ラインハルトは……いや、昨日までの俺は本当にダメな男だった。

 皇太子をという生まれの上にのさぼり、権力を傘にしてワガママな毎日を送っていたのだ。


「こうして今さら謝っても許してくれるはずはないだろう。信じてもらえないかもしれないが、俺は変わりたいのだ」


 今の俺は死の運命のど真ん中にある。マイナスからのスタートであり、必死で努力して足掻かないと、数年後に断罪の未来は変えられないのだ。


「で、殿下……」


 まるで別人のようになった皇太子ラインハルトの言葉を聞き、ランスロットは神妙な顔をしている。

 おそらくは魔物にでも憑りつかれたとでも疑っているのだろう。


「ふう……邪魔をしたな。謹慎は解く。あとは自由にしてくれ」


 今言える思いを吐き出し、俺は立ち去っていく。

 たぶんランスロットはまだ怒りを収めてくれないだろう。一度与えてしまった深い失望は、一度だけの謝罪ごときでは修復できないのだ。


「殿下、お待ち下さい!」


 だがランスロットは声をあげる。

 立ち去ろうとする俺に前に立ち、片膝をついて礼の姿勢をとってくる。


「この度は私こそ失礼をしました。もしも許してくれるのであれば、再び仕えることをお許しください!」


 驚いたことに怒りを鎮めてくれたのだ。近衛騎士として復帰をしてくれるという。


「ほ、本当か、ランスロット⁉」


「はい。騎士に二言はありません」


「そうか! それなら早速エリザベスの元へ使者として向かってくれ!」


 詳しい事情を説明して仲介役を依頼する。なんとしても直接彼女に会って話す場を設けてくれと。


「エリザベス様との……分かりました。かなり難しい任務ですが、必ず成功させてきます」


 おお、よかった。

 ランスロットは融通の利かない男だが、騎士としては帝国でも優秀。まさに天啓ともいえる言葉だ。


 だが、どうして頑固者のコイツが急に怒りを鎮めてくれたのだろうか?


「殿下、少し変わられましたか? いえ、何でもありません。では行ってまいります」


 そんな疑問を考えているうちに、ランスロットは颯爽と立ち去っていく。

 何日かかるか分からないが、これでエリザベスとの繋がりはできるだろう。


 俺も部屋を出ていき、宮殿内を移動していく。


「さて、エリザベス以外の問題も解決をしていかないとな……」


 歩きながら死亡フラグの回避を考えていく。

 何しろ皇太子ラインハルトは宮殿内で多くの政敵がいて、採取的に孤立をして断罪されてしまう。


 つまりエリザベス以外の死亡フラグも消していかないと、ひと時も油断ができないのだ。


「死亡フラグか……その中でも最優先すべきは……」


 覚醒して自覚できた内容は断片的でしかない。今世との記憶と混ざり混濁もしている。

 俺は歩きながら解決していくべき優先順位を探していく。


「次は、やはり“アノ女”の問題を解決しないとな……」


 エリザベスの次に……いや同じくらいに死亡フラグとなる女性が王宮内にいた。

 その問題を早急に適正に解決をする必要があるのだ。


 ――――そんな時だった。


「あっ……殿下ぁ!」


 廊下の向こうから甘い声で呼ばれる。

 笑顔で駆け寄ってきたのは黄金色の髪の令嬢だ。


(マリアンヌ……か)


 やってきたのは昨夜、皇太子ラインハルトが婚約宣言をした相手、伯爵令嬢マリアンヌだ。


「殿下、探していたんですよ? どこに行っていたんですか?」


 まるで天使のような純真無垢な笑顔で、マリアンヌは首を傾げてくる。

 皇太子ラインハルトの心を初対面で鷲掴みにした笑顔だ。


(ふう……マリアンヌ……“この女”も裏があるから、どうにかしないとな)


 だが覚醒した今の俺は理解していた。

 新婚約者マリアンヌは俺にとって最大級の死亡フラグであることを。


 ――――◇――――


《伯爵令嬢マリアンヌ》

 帝国の公爵令嬢であり主人公エリザベスから、第一皇太子ラインハルトを奪った人物。だが実はその正体は帝国に破滅をもたらす可能性があったのだ。


 ――――◇――――


 こいつの正体は詳しく把握はしていない。

 だが間違いなく帝国に、俺に破滅をもたらす危険な存在なのだ。


 しかも今はすでに第一皇太子の婚約者という高い地位を得ている。

 俺の信用を守るために、やっぱり婚約破棄ね、とすぐには破棄できない厄介な存在なのだ。


(ふう……だが、この女の問題も解決するしかないな……他にも山積みだというおに、まったく皇太子ラインハルトは大変な土産ばかり置いていきやがって……)


 皇太子ラインハルトに対して、昨日までの自分に責めたくなる。


(ふう……だが生き残るために、一つも残らず解決していかないとな)


 こうして無数の死亡フラグに完全包囲された皇太子ラインハルトの無謀な物語は、こうして本格的に幕を開けるのであった。

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ざまぁ皇太子だって生き残りたい ハーーナ殿下@コミカライズ連載中 @haanadenka

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