第2話八方ふさがりな状況

 ダンスパーティーの翌日になる。

 皇太子専用の豪華な寝室で目覚めた俺は、行動を起こすことにした。


「運命を変えないとな」


 昨夜は過酷な真実を知ったばかりで、どうすればいいか分からなかった。

 一晩ぐっすり寝てようやく心も落ち着いている。

 今日からは死の運命を変換していくのだ。


「そのために最善なのはエリザベスとの和解、しかないな」


 物語によると、昨夜の婚約破棄によって、エリザベスは俺への復讐を決意している。

 その苛烈な復讐心によって彼女は行動を次々と起こし、最終的には多くの仲間と共に俺を断罪してくるのだ。


「つまり彼女のご機嫌をとればいいのだろう? 実に簡潔で明快な解決方法だな」


 さすがは“帝国の頭脳”と自負している俺の知性。誰も褒めてくれないので自分で称賛する。


「おい、バウマン家の屋敷いく。馬車を用意しろ」


 執事長に今日の予定を命令する。

 エリザベスはまだ帝都のバウマン家の屋敷にいるはず。彼女が自領に戻る前に何とか和解するのが最速ベストな解決方法なのだ。


「殿下、本日は宰相さまと帝国幹部の皆さんが、大事な話があります」


「宰相たちが⁉ どういうことだ⁉」


「はい。昨夜の婚約破棄の件に関して、緊急で聞きたいことがある、ようです」


「くそっ……それは不味いな……」


 宰相たち幹部は皇帝の直属の配下。皇子である俺も無下にはできない権力者たちなのだ。


「ああ。分かった面会をする」


 今はエリザベスと和解するのが優先だが、宰相たちも無下にはできない。

 仕方がないので話を聞くことにした。


 ◇


「殿下、昨夜はどういう意味ですか⁉」

「バウマン家は帝国随一の強国なんですぞ⁉」

「それを婚約破棄など、どういうお考えがあったのですか⁉」


 宰相たちはかなり立腹していた。皇太子である俺に対しても、かなり厳しく追及をしてくる。

 この怒りも無理もない。バウマン家の経済力と軍事力は、帝国内でもトップクラス。

 エリザベスの父であるバウマン公爵を今回のことで怒らせたら、帝国そのもに問題が発生してしまうのだ。


「しまもどこの馬の骨とも分からぬ、あんな子爵令嬢と婚約宣言など、どういうことですか⁉」

「血縁的にはつり合いませぬ!」


 帝国では皇太子は代々、公爵や侯爵家など上級貴族から正室を娶ってきた。

 目的は皇室の力を増やすことであり、貴族の権力を防ぐことにある。

 だから下級貴族令嬢であるマリアンヌとの婚約発表など、ありえない。

 昨夜の俺の行動は寝耳に水だったのだ。


(この状況は……まずいな……)


 記憶によるとたしか、この俺の婚約破棄の愚行によって、多くの家臣団は呆れかえってしまう。

 結果として俺が数年後に断罪される時も、この家臣団は敵側に付いてしまうのだ。


(こいつらも今のうちに処刑してしまうか? いや、それは愚策だ)


 家臣団は父である皇帝の直属の配下。俺が私利私欲で断罪してしまったら、皇帝の怒りをかってしまう。宮廷内での次期皇帝争いレースから一気に脱落してしまうのだ。


 だから俺は作戦を変更する。


「ああ。分かった、お前たち。バウマン公爵令嬢エリザベスとは和解する。あと、マリアンヌとの婚約も考え直してみる」


 家臣団にはあまり逆らわない方針。

 あとエリザベスとも和解をすると伝える。


「頼みますぞ、殿下!」

「皇室と帝国のために、しっかりしてください!」


 宰相たちの言葉は厳しい。

 何しろ彼らにとって俺は、数人いる皇太子の一人でしかないのだ。


「今度からちゃんと考えて行動を起こしてください、殿下!」

「バウマン家をこれ以上怒らせてはいけませんぞ!」


 公の場で破棄と真婚約を発表してしまった状況。

 皇室のメンツを潰さないために、段取りと根回しをして修繕していくしかないのだ。


(ふう……疲れたな)


 ようやく老人たちとの面会を終えて、俺はため息をつく。


(それにしても随分と家臣団からも信頼を失っているな、今の俺は……)


 昨夜覚醒してから客観的に自分を見ることが出来るようになった。

 皇太子ラインハルトはプライドだけが無駄に高く、傲慢で愚かな男だった。

 だから有力な公爵家の令嬢を苦手だから婚約破棄!なんて愚行に出てしまったのだ。


(尻拭いを自分でするとはな……)


 今の自分は多くの者の信頼度を失ったマイナス状態。

 物語の中ではラインハルトは更に愚行と蛮行を繰り替えしていく。

 それよって更に王侯貴族と家臣の信頼を損失。

 おかげでエリザベスと仲間たちに断罪をされる原因を、ラインハルトは自分で作ってしまうのだ。


(今世はなるべき謙虚に賢く生きていかないとな……難しいな)


 だが皇太子たる高い身分は無暗に下の身分の者に頭を下げたり、意見を聞いてばかりはできない地位にいる。

 ある程度、ちゃんと威厳をもった言動をしないと、逆に王侯貴族に舐められてしまうのだ。


(謙虚な心を持ちながら、皇太子として適切に生きていき、死の運命を回避していく……かなり難しいが頑張るしかないな)


 今世の生き方の方針がなんとかまとまり決まった。

 俺は決意を新たに外出の準備をする。向かう先は最大の問題点であるバウマン家の屋敷だ。


 執事長に段取りを確認する。


「バウマン家の屋敷に向かうぞ!」


「申し訳ございません、殿下。実は先方からお断りの連絡が……」


 執事長は申し訳なさそうに答えてきた。

 朝一でバウマン家に面会の使者を出したが、断られてしまったと。令嬢エリザベスが熱を出して具合が悪いという。


「あの女が熱だと⁉ そんなはずがある訳ないだろうが⁉ くそっ、あからさまな仮病か」


 エリザベス=バウマンは自己管理の徹底している賢い女。

 間違いなく俺に面会したくないために仮病。昨夜のダンスパーティーで婚約破棄と赤ワインのダブル攻撃で、俺に対して頭にきているのだ。


「くそっ……困ったな、これは」


 いくら皇太子とはいえ公爵家の屋敷にはアポなしで乗り込んでいけない。常識知らずと王侯貴族に舐められてしまうのだ。


「エリザベスに会うために誰か……使者を立てて仲介させないとな」


 こうした貴族間のトラブル場合、中間に立つ貴族に仲介役を頼むのがセオリー。

 エリザベスと親しい関係で、俺も知っている人物が相応しいだろう。


「あっ、そうか。ランスロットがいたではないか?」


 ランスロットは俺の直属の近衛騎士。しかもエリザベスとは従兄弟関係。

 今回の仲介役には奴ほど適任者はいないのだ。


「おい、ランスロットを呼べ! どこにいる?」


 執事長に指示をして呼びをさせる。いつもの側にいる必要ある近衛騎士なのに、何故か今朝からどこから姿が見えないランスロットはどこにいるのだ?


「殿下、ランスロット卿は自室にて待機しております」


「自室で待機、だと? どういうことだ?」


 近衛騎士はいついかなる時も、主の側に控えている必要がある。それなのにどうして奴は自室にいるのだ?


「……殿下が自ら謹慎を申しつけたことを、お忘れでしたか?」


「俺がランスロットを謹慎に⁉ ――――っ⁉ あっ……そうだったな」


 混濁していた記憶が蘇ってくる。

 いつもの口うるさいランスロットを、皇太子ラインハルトは大げんか。逆切れした俺は彼を無期限の謹慎に申しつけたのだ。


「ランスロット……くっ……今さら頭を下げる、などできぬな……」


 今回のことは明らかに皇太子ラインハルトがわがままで、逆切れした謹慎命令。

 二日後に早くも謹慎を解くなど、皇太子のプライドと面目が立たない。


「いや……だが、仲介役はヤツしかいない。くそっ……嫌だが、行くしかないな」


 こうして馬が合わない真面目な近衛騎士の部屋に、意を決して俺は向かうことにした。

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