怯まぬ精神

 高広は肩鎖関節脱臼と診断された。どうやら野球を万全の状態でプレー出来るまでに四、五ヶ月かかるらしい。怪我の影響で利き手である右腕をテーピングによって封じられ、日常生活にも支障をきたした。大好きだった野球も出来ず、日常生活もマトモに送れない状況に、流石の高広も憔悴していた。


 「野球が無かったらこんな気持ちにはならなかった」


 父はチームのコーチを辞め高広のリハビリのサポートに徹していたが、当の高広は野球を辞めようとしていた。野球が無かったら周囲の風当たりも強くなることはなかったし、こんなに苦しい思いをする必要もなかった。怪我を負わせた城井もわずか一ヶ月の反省期間でチームに復帰していることも高広にとって少しもどかしかった。そんな中、高広に転機が訪れた。


 「来年の春から日田市に転勤することになった。」


 日田市はプロ野球チーム「アティール・サンフィールズ」が本拠地を置く大都市であり、その影響もあってか野球がとても盛んな街であった。高広はその吉報に安堵した。ここまでこじれてしまったチームメイト、主に城井との関係を断ち切り、復帰と共に一から再スタートできるからである。高広は父親のアドバイスを基に今出来ることに精を出した。様々なトレーニングを取り入れたり、フォームの見直しも行なった。こうして新城バファローズに一度も戻ることのないまま、小学校四年生への進級と同時に日田の小学校へ転校した。


 新チーム選びに慎重になっていた父親は、同じく少年球児を持つ転属先の同僚からのススメもあってか、高広を市内で一、二を争う強豪の日田ボーイズに入団させた。日田ボーイズに所属する少年達は、全員が野球に真摯に向き合っており、結果を残せば人問わず盛大に喜んでくれ、ミスを犯せばちゃんと指摘してくれた。高広にとってやりやすい環境だった。そんな野球エリートが揃う中でも一際目立っていたのが、当時高広と同じ小学四年生ながらエースで三番を張っていた遼人であった。


 「お前とんでもねえ球投げるな!」


 針に糸を通す様なコントロール、ミットを貫通しそうな球威、そしてウィッフルボールの様にキレのある変化を全て兼ね備えた高広の投球に見とれた遼人は、物静かだった高広に思わず声をかけた。こうして高広と遼人は出会った。投手としてお互いにしのぎを削り、その後は紆余曲折あって遼人は外野手に転向したが、変わらず高広にリスペクトを持って接した。高広にとっても遼人と日々野球について話したり、他愛の無い話をするのが幸せだった。


 

 

 


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恋の球ピッド 安東 隆太 @HixFreBel

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