本能の侭に

 城井は膝から崩れ落ちた。全五試合で打率.563、本塁打6本、打点20と文句無しの成績を収めていた城井だったが、一方の高広も計33イニングを投げ防御率0.27と驚異の数字を残していた。


「あれだけ頑張って来たのに何でだよ...何で俺が三年も下の奴に負けるんだよっ!」


 城井は焦燥しょうそうしきっていた。幼い頃に家族でプロ野球を観戦した時、美しいアーチや洗練された守備に魅了され、プロ野球への道を志し始めた。小学校入学とほぼ同時に新城バファローズに入団したものの、とにかく小柄だった城井は試合にまともに出してもらうことが出来ず、苦汁の日々が続いた。だが根っこからの負けず嫌いだったは彼は、まず体を大きくすることから取り組んだ。毎日三食、軽く三人前はありそうな量のご飯を平らげた。同時に、ホームランに多大なる憧れを持っていた彼は素振りや筋トレに励み、パワーをつけた。しかし、元々持っていたものが少なかった少年が周りに追いついた時にはAチームに自動的に昇格する小学四年生になっていた。それでも城井は「トップになりたい」という一心で努力を重ね、翌年の夏からはその実力が認められ四番に座った。夏季大会では自慢の打棒でMVPも獲得し、城井の地道な努力と確かな成長を間近で見ていた監督は小学六年生になった少年をキャプテンに任命した。そんな茨の道を歩んできた彼にとって、淡々と練習し順調に成長する高広が、平然とMVPをかっさらう目の前の光景を信じる事が出来なかった。


 城井の高広に対する鬱憤は限界に達していた。その鬱憤を晴らそうと、シート打撃では高広と対峙する際、ピッチャーの方向への打球を飛ばしてやろうという嫌な考えもよぎった。しかし打球が飛んで行ったところで研ぎ澄まされた高広の反射神経でキャッチされるだけだった。


 「正々堂々と打って俺の実力を分からせてやる」


 セミの鳴き声がこだまする夜のグラウンドで、チーム内による紅白戦が行われていた。マウンドには紅組先発の高広、バッターボックスには白組四番の城井。殺伐とした雰囲気の中、あの時の屈辱を晴らすべく城井はいつも以上に燃えていた。一方の高広は、これ以上無い打席からの威圧感に気圧されそうになっていた。コントロールがうまいようにに定まらない。カウント1−3から次に投じた一球は城井の肩に当たった。避けなけらば顔面に行きそうなストレートだった。


 「しまった...」


 城井はあまりの痛さに地面に倒れ込んだ。なんと言っても当たったのは高広の豪速球だ。しかし、痺れるような痛みを感じていた時にはもう遅かった。体が本能の侭にマウンド方向へと向かっていた。猛牛の様な勢いの城井を止められる者は誰もいなかった。


 「バタン!!」

 

 次に目を開いた時には高広が右肩を押さえながら悶え苦しんでいた。




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