誰にも負けない

 小学三年生の頃まで、日田の街から県を跨いだ場所に位置する新城しんじょう市に住んでいた高広は、父親の影響で始めた野球にのめり込んでいた。小学校入学と同時に父親がコーチを務める少年野球チーム、新城バファローズに入り、週に四回行われる練習に毎回欠かさず参加していた。練習が終わった後も親子で自主練習を行なう日々。「楽しい」という気持ちが高広をどんどん成長させ、二年生の秋からは主に五年生と六年生が所属するAチームに混ざり練習を行うことになった。最初はポジションを転々としていたものの、Aチームに入ってからは投手一本に絞りつつあった高広は、打者に向かってボールを変化させたり緩急をつけたりするそのポジションに魅了され、ひたすら練習をこなした。三年生に進級すると、当時六年生だった投手を押しのけAチームのエースの座を見事勝ち取った。


 Aチームの一員として始まったその年は、高広にとって混沌とした一年だった。昇格後は一回りも大きい上級生達から「あいつはコーチのおかげでこっち来れたんだろ」と囁かれ始めた。彼らは高広をいじめようと目論むも、高広の父親がコーチを務めるが故に容易く手を出すことは出来なかった。冷静沈着で、日々の厳しい練習を一人淡々とこなす高広をチームメイトは敵対視していた。彼自身も周りの上級生達からの風当たりが強いことを感じていたが、自らを野球に没頭させることで気持ちを紛らわせていた。


「チームを引っ張るのは俺なんだ」


 特に高広を敵対視していたのが新城バファローズAチームの4番でキャプテン、城井智じょういさとしだった。恵まれた体格と破壊力抜群のパワーでチームを何度も勝利へと導き、高広とは対照的に周りからの信頼も厚かった。リーダーとして常にトップでありたい城井にとって、ポジションは違えど高広の存在は彼を脅かした。低学年の頃は小柄で打球を外野に飛ばすことすら出来ず、いまに辿り着くまで誰よりも汗を流してきた彼にとって、若いうちから活躍し監督やコーチからチヤホヤされる高広に納得がいかなかった。


 時は過ぎ、バファローズは市内で行われる夏季大会に参加していた。トーナメント形式で行われる全五試合で見事圧勝、高広と城井と投打の柱による活躍によりチームは優勝した。上位の成績を収めたチームに表彰が行われ、最後にMVPの発表があった。城井は確信していた。四番として溜まったランナーを返し打線を牽引した彼こそがMVPにふさわしいのだと。しかし、受け容れ難い現実は城井に重くのしかかろうとしていた。


「第二十二回新城市夏季大会、MVPは............

新城バファローズ、足立高広君です!」


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