Gioco-∞∞:一望無垠山紫水明では(あるいは、ィンクアルシァシィ/モメント世界は/諸行無常で有為転変)

<デジヲ。世界に寄生していくようなやり方では、何も生み出せない。分かったはずだろう? この遠部くんと接することで、さ>


 非常に涼やかなピロピロ音と共に、そんな白黒ウインドウに文字がつらつらと紡がれていくのだけれど。その下には凛とした、し過ぎたまである、何ならリンと音が鳴るくらいに颯爽と佇むひとりの青年の姿があるわけなのだけれど。


「真杉くん……」


<遠部くん、言葉を失って初めて、僕はキミの言っていたコミュニケーションの重要さというものを知り得たんだ……『能力チート』も失った僕は、最早モブ未満の『養分』に成り下がっていた……当然、今まで非道を働いていたここのヒトたちに相応の仕打ちとか、それすら生ぬるいか、生殺与奪の権を握られるまでなっていたと思って恐々と逃げ惑う日々だったよ……でも>


「真杉くん……?」


<でもそんな僕を、受け入れてくれたヒトもいたんだ……ッ、何でだ、僕は自分しか見ずに斜に構えて思わせぶりなペラペラなセリフじみたことをしたり顔で垂れ流すだけの汚物製造機でしか無いのに……ッ、でもそう思った時、そう考えた時、僕は初めて自分を使って他のヒトたちの何らかの役に立ちたいと思ったんだ……ッ!!>


「真杉くん、少し、落ち着いた方が……」


<『能力』を失った僕が出来ることなんて何も無かった……でもこの猫先生が創った『世界』を、一から見直してみたんだ……這いずり回って、何事も全部見据えて見極めて!! そうして世界と向き合ったんだ……!! 『法則』を、強引に覆すのではなく、受け入れて咀嚼して、そして自分なりの答えを出していく……それをまた世界と突き合わせて、最善の道を模索していく……そうだったんだ。『生きる』っていうことは正にそういうことだったんだよッ!!>


「真杉くぅん……おおおお落ち着いてよぅ……」


<『経験値』を貯めた。『レベル』を上げた。もちろんそれは分かりやすく『数値化』されただけのもので、実際は『筋力』とか、『持久力』『体力』『腕力』『脚力』、それに『観察力』『判断力』『表現力』とか、果ては『コミュ力』『女子力』に至るまでッ!! 地道に丹念に鍛え上げていった、高めていったッ!! そうだよ……何らかの『能力』の伸びしろは誰にだってあるんだ……『スキル』なんてものをわざわざ先天的に授からなくても、てめえの『努力』で『胆力』でッ!! 如何ようにも『発現』することが出来る、それが世界の、そして生命を宿した僕らの、無限の可能性なんだッ!!>


 完全に瞳孔が開き切ったカウガールが、これでもかの最高サイコな笑顔で御説をブチまけているけれど、本当に君は真杉くんなのかい……? 僕なんかの言の葉はもう届かないのかい……?


<完全にイカれちまったカい真杉ィッ? 今の見た目以上ニ芯からキマっちまってるよウだが、要は『能力』使えなイ弱肉に成り下がっタと、そういうコトだロウ? なラお前の得意だっタ『炎』のソレで焼き尽くシてやるが供養ダヨなぁ……? 消し炭が二体ニなるダけのこと……『この世界の一部トなって未来永劫漂うガいい』ッ!! だッ!!>


 何とか魂の硬直から脱したように見えたデジヲが、おそらく無意識に震えているだろう体を奮い立たせるように構えて能力を発してこようとしてくるけど。僕にはもう得体の知れない何かに呑み込まれているようにしか見えないよ……


<『女性専用防具の方がなぜか性能が良い』……ゆえのこの格好だよ。最善を尽くすためだったら何だってやってやるんだ今の僕はね……そしてこの世界におけるたったひとつの冴えた『法則ルール』を教えといてあげるよデジヲ……>


 デジヲの元から撃ち出されてきた「火球」、それを。


「……ッ!!」


 紙一重で……躱したッ!! 腰を落としていながら、摺り足でそれは静かに。ど、どれだけの鍛錬を積んできたというのだろう……体裁きが、達人並みに尋常じゃあない。


<……『筋力レベル』を上げて、『物理で殴る』ッ!! それがッ!! それこそがッ!! あまねく世界のことわりなんだよァッ!! デジヲッ!! キミが自分を、『雰囲気だけ気取りの似非ラッパー』であることを認めるまでッ!! 僕はッ!! 殴ることをやめないッ!!>


 そのままあっさり懐に入り込んでの、至近距離チョッピングライトをあのミラーサングラスのヒンジ部辺りに狙いをすませて何度も何度も撃ち下ろしているよやばぁぁああい……ッ!!


「デジヲ聞こえるッ!? は、早くこの御方の言う通りにするんだッ!! 自分の名前すら満足に思い出せなくなっちゃうよッ!!」


 朝焼けの時刻を迎え始めたそれは清々しい風が吹きすさぶ大平原に、規則正しく、コム゛ッ、や、チタ゜ッ、みたいな生々しく痛々しいリアルな打擲音が響き渡っているのだけれど。


 何かを、何かを言いたそうなデジヲの、規則正しく衝撃で上下に揺らされているミラーサングラスの下に隠れていた妙につぶらな瞳と目が合ったけど。他に言葉は見つからなかったので、深く頷くに留めた。


 こうして。


 「七曜」たちによる脅威から、ひとまずこの「世界」は救われた体となったのだった……


 ――三か月後。


「遠部っちさぁ、やっぱこの『七人で世直し』の旅ってのもなぁんかテンプレだけど、いいよねぇ、これまた」

「それにしても遠部の『デバッグ』は生ぬるいと思うが。もっと……こう、がばと、抜本的にやるべきでは」

「ちょっと女子ッ!! 遠部くんにくっつきすぎだってば!!」

「まあ行く先々で感謝はされてるしね、悪い気はしないさぁ」

「うむぅ……どころか、いやなかなかの匙加減と、ボクは思うんだよねぇ」

「ゲヘヘヘ、流石は遠部のアニキでやんす」


 新たなる「土の七曜」として世直し……正にの「世界フィックス」の旅へと、復活させた「仲間」……一部アイデンティティーを喪失しかけている面子もいるはいるものの……たちと、成り行きで出向くことになった僕だけれど、正直、充実して、楽しんでいる。


 細かな不具合バグをちょうどいい塩梅まで修正したり、偏りに過ぎる数値パラメータも微細な変動かもだけど協議して見直したり。


 のっぺりとした大味な世界が、徐々に緻密さをもってz軸方向に立ち上がっていくような感じ……って言ったら分かるだろうか。分からないかも。でも。


 少しづつ、「とんでもない不条理さ」というものは解消されてるんじゃないかと、自分では思っている。「世界」はこうあるべき、なんて、断定なんかはもちろん出来ないけどね。でも、あまねくものたちが、努力して、試行錯誤して、適応して、進化して、


 そう。今ももちろん大事なんだけれど、そうやって常に変化をしていかなくちゃあ、澱んでいってしまうだけだと、思う僕なのだから。おっ。


 ……ようやく見えてきたぞ。大平原の只中にぽつり点在する、最後の町が。いや、見えてはいないんだけどね、正確には。でも僕には視えるんだ。


 ……僕の「故郷」、ボッネキィ=マの町が。その町並みが、そこで暮らす人たちの姿が、顔が。


「……ッ!!」


 周りから絡みつくようにカラんでくる面々を振り切るようにして、足元の青い下生えを蹴散らしながら、僕はいま、確かに感じている自分の身体を使って走り出す。


――アズリィ、メッちゃん、みんな、元気かな。帰って、きたよ。


 気ままランダムに吹き過ぎゆく、ひんやりとした風を身体中に浴びながら。


 僕は「ィルマィトゥオッリシアただいま」の発音をもう一度口の中でつぶやくように確認しつつ、「切り替わり」が起こるその地点目掛けて、思い切り飛び込んでいく。


 誰にもデバッグ出来ないだろうはずの、ぐしゃぐしゃの、変な笑顔のままで。


(了)

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