Gioco-29:混沌では(あるいは、カオスをこの手に/てにをは無限無間夢現夢幻∞時空間)
身体の全部が、強烈に眩く白い光に包まれたように感じた。目を固く瞑っていても、分かるくらいの。それは凄まじく絶対的で。僕の中の何かを断ち切ってしまうかのような、そんな絶対さみたいなのを持ったものであって。
その後に来たのは、水中のような空中のような、とにかく「浮いている」ような感覚。自分の今を直視するのが怖かったけれど、身体中の神経がほどけるような感覚が頭頂部から爪先までぶわり波紋のように広がると、強張っていた顔面の筋肉も緩んで、その流れで両のまぶたも開いた。
白い、宇宙だった。
通常イメージするところの「黒い宇宙空間」、それと色を逆転させたかのような……白い、どこまでも奥行を感じさせる空間に、黒く点在する光点。身体は宙に浮いているというよりは、宙と一体化しているかのような感覚。僕は……いったい……
「……!!」
徐々に視点が定まってくる。見下ろすところにあったのは、ふたつの球体。ひとつは見慣れた、白いまだら模様に包まれた青に緑と茶色。もうひとつはその横に影のように映ったように視える、黒いまだら模様に包まれたオレンジに赤紫とターコイズブルー。
何となく、感覚で分かった。ひとつは地球。もうひとつは「世界」……猫神様が創造した。だよね……
なるほど、かっちり模したってことかな……太陽からの距離も、天体としての大きさも、その組成も。
まあ真似しちゃうよね……地球が銀河系一チートな
急に意識はクリアになってきた。いやこれが「意識」かどうかは分からないけれど。
あれ、もしかして今までのことは全部、夢?
確かに。クリスマスイブの夜に僕は原付で猫を撥ねてしまったけど。僕自身が、例えば死んでしまったとか、そんな感じでは無かったよね……であれば、もしかしたらこれまでのことは僕の脳が見せていた幻覚? 轢いた反動でコケて、気を失って路上で蹲っている? それとも運ばれて今は病院……? 何となく辻褄が合う気がした。そうだったのか……
身体が目覚め始めているのか、五感がクリアになって来ている気がする。そしてこの瞬間僕は、大きな選択肢を突き付けられている気がした。「現実」と「夢想」。そのどちらかを選べと。この宙に浮いている「身体」を、見えているふたつの球体のどちらかに向けて突っ込ませれば、そちらの世界で目覚めるのだろうことも。現実を直視して生きるか、夢想に埋もれたまま果てるか。
迷うまでも無かった。どんなにリアルであろうと、それは儚いものだって、本当は分かっていたから。アズリィ、メッちゃん、真杉くん、カガラ氏、アザミ氏、フチガミ氏、壮年氏……あとデジヲ、ボッネキィ=マのみんな。出逢った人たちの顔が走馬灯のように脳内を巡る。
言葉にならない想いが、僕の脳天を共振させるように渦巻く。でも渦巻きながらも、僕は、僕の意識は凪いでいた。分かっている。分かっていた。
振り切らなくちゃあ、いけない。もう振り切らなくちゃいけないんだ。そうじゃないと、僕が、僕自身が駄目になってしまうから……ッ!!
意を決し、飛び込む。青と緑と茶に染まった球体の方へ。
後悔は、していない。
――
――
「……」
意識は戻ってきた。はっきりと。それでも呼吸はままならない。目は瞑ったまま、身体はうつぶせに丸まったまま。肌を刺すような冷たい空気に、晒されていた。硬い、地面。突いた両膝からも、冷気は僕の身体を駆け上ってきている。におい。何かの焦げたような。動くのか身体は? 痛みは? ……ある。あるけれど。それは身体の芯まで響くようなものでは無さそうで。ただただ縮こまっている。
僕は。
意思を。巡らせるんだ。意志を。突き立てるんだ。自分の。
……望んだ世界に。
両手を突いて、身体を起こしていく。立ち上がる。自分の足で、確かに地面を掴む。
「……」
見開いた両目に飛び込んできたのは、夜の闇。頭か何かを打ったか、視界はまだぼやけたままだったけれど。
戻ってきていた、ことの実感だけは何故か把握できていた。そしてごく近くに、人の気配。僕が目覚めて起き上がったことに、驚いた、みたいなニュアンスの呻き声が確かに鼓膜を震わせる。
そして掛けられてきた声。聴覚もまだ曖昧なままだな……ひとまず、認識してますよ的な仕草で、そちらの方へと向き直る。
……力のあらかたを、消滅させられただろう、デジヲの方へと。
<ナ、何で戻って来れタ? 『絶無』へと吹き飛ばシたはずだヨ……ッ!?>
それはお互いさまだよ。あの緑灰空間をも消し飛ばし、一緒に戻って来たんだよ、この「フィールド」に。
「もうあの『ラスボス的空間』は、存在しない」
僕の声は、自分でも驚いてしまうくらいに、落ち着いたいい声だったけれど。選んだ世界に還ってくることが出来たんだ。だから、自然と良い声も出ようってもんさ。
僕は、こちらの世界で生きる。生きていく。
何かがいつも欠けているような、失われているような状態でいつも過ごしていた。これはほんとの自分じゃない、ほんとの人生じゃない、そんな陳腐なことを事あるごとに思い浮かべていた。それはでも、ほんとだったのかも知れない。与えられた人生から脱輪せずにそこそこの踏みならされた道を漫然と歩いていく、そんな誰かのリプレイのような人生。僕は。
でもいざそこから放たれて
それでも周りの人たち……「世界」と向き合うことを教えられ、それによってまた自分と向き合えて……僕は変わった。プレイヤー、デバッガー、色々な視点から、世界を視ることで。
結果、分かった。世界もまた、自分と同じように変えられるということを。それはあの「デバッグ」というような安易なものでは無く、もっと地道で、困難なやり方を選ばなければならないけど。
自分を変えていけば、視えてくる世界も変わる。世界に影響を及ぼすようなことも、偉業も、もしかしたら達成できるかも知れない。
自分を「デバッグ」することは、きっとチートなんか使わなくても、出来ることのはずだから。
僕は、僕を生かしてくれたこの世界で、自分と世界とに、向き合いたいから。
飛び込んだ、自分の目で視える、青と緑の惑星に。きっと、僕の目に自然に映るこちらが、そうだと思ったから。
<……残念だケど、キミの能力は枯レてしまってルようだヨ? 随分な荒唐無稽ヲ放ってくれたケど、僕を消滅させられなカったのは大誤算だネ。残っている能力ヲ束ねてキミにプレゼントするヨ。それで結局はおしマいさァ……>
デジヲは今や、玉座も失い、自分の足でただただだるそうに立っているだけだけど。その背後に広がるのは「無」では無さそうな「闇」。光があっての、光あるゆえの。知覚がはっきりしてきた。そして浮かぶその気だるげなシルエットの、言う通り掲げられた右手には何らかの「能力」がまとまって来ているようにも見えた。でも、
戻って来てのこの瞬間、いきなりそこで終わってしまうとしても。それでもいいと思った。
これが僕の選択だから。僕は、この世界に来れて本当に良かったよ。今はもう心の底の方からそう思う。みんな……に逢えて僕は向き合えたよ、生きるってことの、本質みたいなものに。
すごい達観具合に、自分でも流石に頬が緩んでしまうけれど。それでも僕は両脚を突っ張り、背筋を伸ばす。顎を引いて、目の前の状況を見据え、最後まで向き合う。
<『この世界の一部トなって未来永劫漂うガいい』……なんテね。もういイか、じゃあさヨなら>
デジヲはもう心底「この場」を終わらせたいみたいだね……君とも世界を人生を共有したいと思ったけれど、それはそれでしょうがないことだ。
願わくば、最後まで自分の裁量ひとつで。
「……」
目の前のデジヲが振りかぶった右手から、いびつになった「能力」が放たれて来ようとした、まさにその、
刹那、だった……
<たすけに きたよ !! とおべ くん !!>
あれ。あれあの例の白黒のウインドウが、上空にぽこと現れたぞ? あれ?
「!!」
それと同時に、中空からぴゅるるるる、みたいな極めて電子音っぽい響きと共に舞い降りて来たのは、あれ?
<ますぎ の こうげき !! でじを に 23ポイントの ダメージ !!>
何だろう、荒い、四角いドットの集合体に僕には見えるけど……ぴょこぴょこと間欠的な動きを見せる等身大のそれから、ぴりり、とまた鋭い音が上がったかと思ったら、相対するデジヲにどしゅう、という効果音と共に、「表示」通り何らかのダメージを与えたのだろう、何でかだけれどその驚きで硬直している身体を点滅させているけれどうぅぅん……なに?
真杉くん、なんだろうとは思った。思ったけど、それだけでは何でなん感は一ミリも霧散していくことは無く。最大限目を見開いてその平面っぽい背中を凝視するけれど。それが二つに分割されたかと思ったら、今度は双方向からデジヲ向けて体当たりのようなものをカマしていってるよ、ああ、黒い方の塊はキミかぁ
自分の裁量云々もどこへやら。真顔の傍観者と化した僕は、目の前で繰り広げられる摩訶不思議な光景にただ、固まるばかりなのだけれど。
<とおべ くん ぼくは うまく せつめい できないけれど きみとの たたかいで なにかを まなんだ だから このせかいの りゅうぎに よりそおうと かんがえたんだ>
それでも、ぽこぽこと浮き出てくるウインドウに記された文字は、あの真杉くんのものに違いないと、理屈抜きで分かったから。
<何、ダよこれァ……ッ!? 真杉ッ!!>
そして相対するデジヲに、初めて狼狽の色が。無理もないと、心底思うけれど。がくりと、それはがくりと片膝をついたその前に、ドット集合体は有無を言わさない感じでずんずんと歩を進めていくけど。その場に留まっている時も足踏みは欠かせないんだねへぇ……
<じげんを さげた …… モードを きりかえれば すなわち それが じぶんの フィールドに なるって すんぽうさぁ でじを きみなんかには かえって りかい しにくい ものかとは おもうけどね>
うぅん僕なんかにもド直球で理解が及ばないんですがぁぁ……そんな意味不明の、顔中の筋肉が攣りまくった結果呈される笑顔のような表情で固まる僕の前で、
<……遠部くん、キミに会えて本当に良かったよ。クソみたいな僕の人生をデバッグしてくれたキミには、感謝しかない>
ぱしゅ、といった感じで白い「光の面」が通り過ぎたかと思ったら、カクカクだった真杉くんらしき物体の姿が、三次元のリアルなものへと瞬時に変わっていた。うん、もう驚くことは無いよ。驚きを司ってる器官が多分キャパオーバーしてるだろうから。そして僕に向けて掛けられた柔らかな言葉は、確かに僕の胸の奥の、何かに届いてそこを震わせる。
のだけれど。
「……真杉くん?」
涼やかな笑みで佇むその細身の身体を包み込んでいるのは、明るい茶色のカウボーイハットに、首元を彩る真っ赤なスカーフ……目に青々しいジーンズ地のブラトップとミニスカート……膝までのブーツという……何だろう、とてもカリカチュアライズされたカウガールのいでたちそのものであったわけで。
あっるぇ~、僕、別の世界線を選択しちゃったとでもほぉ~?
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