Gioco-28:峻烈では(あるいは、ライブオアアライブ/然/モルテェリナァシタ)

 急速に、場の空気が冷え込んでいく気配を感じている。そもそもこの世界に空気があるのかとか、本当に呼吸を僕たちはしているのかとか、根源的なところまで思考が及んでしまうくらいには、シンプルに過ぎる局面に落とし込まれていた。


 僕とデジヲ……


 最大限に譲歩すれば、勇者と魔王の一騎打ち、のような絵面ではある。が、蛍光緑色という色は色だけどガワは魔神然として中空に浮いている相手はともかく、僕の方はカジュアルな格好にて尻をぺたりつけて座り込んでいるという、サマにならないという点においては、それはそれはイレギュラーなそれではあるけれど。


 その発してくるビジュアルの通りに、「ありがち」に走り、「ありがち」と共に心中しそうな雰囲気を醸しているデジヲは、後は掲げた左腕に宿った「力」を顕現させて、ひとまずはこの「ラストダンジョン」に割り当てられた領域を破壊し、この世界の構成因子、最小単位まで粉みじんにしてやるかくらいの気構えなんだろう。それも極めて軽い感じで。実際に軽くやれてしまうことなんだろう。「軽くリセット」。そんな感じ。


 そうはさせない。


 例え人生がガチャみたいなものだとしても。配られ得られたものが「平凡コモン」とかそれ以下の能力・環境しか持ちえなかったとしても。それに頭ごなしに失望とか、幻滅とかを投げつけるんじゃあ無く。


 与えられた「時間」と「空間」の中で、最大限考えて行動して。今の自分というキャラクターを、自分自身が深く奥の奥まで理解して。その上で。


 目指す理想の自分を形成するのに必要なモノたちの排出率は、この世界の運営者たちがどんだけ絞ってんだよって言いたくなるほどに渋く辛いものであったとしても。例え生涯排出しない代物だとしても。


 無様な変顔を晒したって、与えられた場に踏みとどまって腰を降ろして。「未来」という名のくそ重いクソガチャを、渾身の力で回し続けるしか無いんだ。それはあまりにキツ過ぎるから、チラチラ視界に入ってしまう甘美なチートに心は奪われがちだけれど。


 ……そんなものは全部似非に違いないから。嘘くさいチートを与えられたとしてもそれはぺらぺらのシールみたいな物で、自分の上っ面にしか貼り付いていない、すぐに剥がれてしまう次元のものでしか無いから。


 そして「世界」を、今まで積み重ねてきた物事を、無かったことにしてしまうことは、何にもならないことに他ならないから。「デバッグ」の向くべきベクトルは過去では断じてなくて。


「デバッグ」出来るのは唯一、未来の自分でしか無いから。


 尻位置を少しづつ後ろにずらしていく、と共に右膝を曲げ引き寄せて、そう、立ち上がる体勢へと。デバッグ能力が打ち止めとなった僕に、デジヲを無力化させて止めることはおそらくは無理だ。残された「能力」……それは三次元から視た「二次元」ということに他ならないから、多分それを解析し尽くしたとか言ってる相手には効かないだろう。打つ手なし……それでも。


言葉は、まだ放つことが出来るから。


「創っていけば……い、いいじゃないか。独りじゃあなく、みんなで。細かく調整とか、してけばいいじゃないか……絶対的な理があって、物理とかの法則があって、その上で絶妙なバランスで虚空に出来上がった惑星があって、その上で奇跡的に発生した生命があって、それが環境に合わせて適応していって、そういった莫大なパラメータの上に立った、今を生きている『世界』を今から、この場所で創っていけばいいじゃないか……ッ」


 孤独に渾身で回す間にも、ふと周りを見れば同じ境遇のヒトたちがいて。そして意思は疎通できる。だから言葉はやめない。言葉の持つ力。他者とのつながり。持たない時の無力感。それら全部を呑み込んで、放ち続ける、最後まで。


<悪いけド、そこまでノ熱意っぽイものも無いんだよナぁ……『楽』に流れるが人間、生命の本質デあるってことも知りエテいる。同じサ。だからボクもそこまでのやる気は無イ。せいぜい独りよがりの、自分本位の虚ろな箱庭を作ったり壊したリで遊ぶに留めルよォ……何かに似た、オリジナリティー皆無の『クソゲー』のガワだけ作っテ、『ユーザー様』からの、時間とか? 労力とか? そんな課金的な何かヲ促す的なネ? そんクらいで充分>


 呼吸を繰り返している。存在するかどうかはあやふやになって来ていたけれど、僕の身体を動かすための、酸素を肺底まで落とし込もうと。考えていた。チート的「能力」で、絶対的存在まで登り詰めたっぽいこの目の前の「魔神」を。


 うっちゃり返すことの出来る手段を。考えろ。考えることが唯一、「法則」を覆せるパワーになると、


「……」


 思う僕なのだから。先ほどからの口上と深い呼吸によって、もう枯れ果てたと思っていた「能力」残弾が、二発程度は溜まってきたことを、体感してきた。単なる「能力」では、デジヲには看破されて終わりだ。でも。僕は一度膝立ちの姿勢になってから、四つん這い体勢を経て、周囲から徐々に蒸発するような挙動で残り少なくなってきた六畳一間くらいの敷地面積の足場になんとかよろめきつつも立ち上がる。


 周囲に渦巻く灰色と緑色の、「粒子」のような「奔流」のような何か。いまやあらゆるものをその中に取り込もうというような意思みたいなのもほの見せながら、僕らの周囲全部を囲んでいる。


<いいだネ。何カのキービジュアルとしちゃあ、そこソこ気が利いテるんじゃナイかなァ……なんテ。いやハやサあさア取れ高も充分。てナわけでソろそろこの『ゲーム』もサ終とさせテもらうよ?>


 言葉は通じなかった。言葉が響かない時もある。それもそう。行動が伴わなければ、貫けない人だっている。だから。


 考えて、その上で、それからの行動を。何なら力ずくっていう局面も、言うて結構あるしね。全部だ。考えうる全部を使えっ。


「『廻天之力はトーチ』……『烏獲之力はブリザード』……ッ!!」


 「能力」としての「創造力」は枯れた僕だけど、脳で考える「創造」は無尽蔵だ。考え方ひとつで、使い方ひとつで、新たにモノやコトは創れる。そしてこの世界の法則ルール……それは多分に安易にパクられたもので溢れているから……オマージュとかインスパイアとかの言葉じゃ生ぬるいほどの……ッ、であればッ!!


 右手に真杉くんが発現していた最大級奥義、黄緑の「炎の剣」、左手にカガラ氏が繰り出したとんでもない威力の「氷雪の嵐」……それらの現出をただ始めただけで僕の身体は振動がハウリングするくらいに震えが止まらなくなるけれど。君たちの技、僕が使わせてもらうよ。併せて。「能力」を。力を。出来るはずだ。物質の運動速度をプラスにするのと、マイナスにするのを組み合わせれば、


「……ッ!!」


 それらは相殺はせず、さらには一点に集中し、あらゆるものを消滅へといざなう裁きの矢になるはず……ッ!! そういうことだよね猫神様? 僕は細心の注意をもってして、突き出した左拳を下に向けると、そこに下から右拳を合わせるように重ね、それから後方向けて引き絞り始める。あくまで弓矢を引くような動作にはならないように。正拳突きの型のようへとなるように。


 無に依りて、流れに応じ、圧を為すいしゆみ……名付けて、


 ……「無依弩流応圧ムェドゥルォオウアッ」ッ!! だッ!!


 根拠不明の、それゆえに得体の知れない力が湧き上がってくる。僕の両手の間で、おそらく最後の「能力」が白く輝く光を放つ。


<あらラら。見た目の割ニは、結構な主人公気質持っチャってたんだァ。最終局面の、これは『様式美』って奴カい? デバッグやってきた時ニはまぁどうしようかトカ、思ってイタんだケどねェ……いやまぁ良キ。そしてご協力ご苦労サん、トォーベくんイヤさ『勇者』よォッ!! ……なんテ、クライマックスの形作りはついタってことで、さァ後は収束。これにテ終わりだよ……>


 相対するデジヲの左手にも、紫の光輪が。あれごと。君ごと。


 肚底に渦巻いた、どうとも説明しようの無い、データやパラメータなんかじゃ測れない感情ごと……ッ!!


「君を止めるよッ!! デジヲぉぉぉおおおおおおッ!!」

<いやもウ、そぉオいうの要らナいんだヨなぁァぁぁあアああッ!!>


 ほぼ同時。放たれた光と光は、僕とデジヲを結ぶ最短距離の直線上で激しく。


 炸裂していったわけで。

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