Gioco-27:終演では(あるいは、フィネデーラ/交情向上口上/ペルフォールマンス)

 ますます、ゲームじみて来ていて。ますます、ラスボスじみてきていて。辺りには荘厳な讃美歌のようなものが響き渡っているかのように思えたけど、それは僕の耳鳴りであるようにも感じられて、要は周囲の状況が、感覚野が凝縮されていて把握しにくくなっていると言うか。いやもう五感全部がぐおんぐおんと回転しているような感覚……


 とにかく、これはまごう事なき、「ラスボスとの最終決戦」、なのだろう。図らずものその展開かどうかは分からないしデジヲの掌の上という感じも否めないけれど。「七曜」の面々は、みんながみんな、「ゲーム」というものに沿おうというような、そんな考えの方向性があるように思える。それが何でなのかは分からない。ゲームである、と一歩引いたところからこの世界を捉えたがっている、そんな風にすら、感じてしまう。何で。いや、その辺の考えは後回しだよ。「今」に「この状況」に向き合わなきゃ。でも、


「……ッ」


 緑と灰色の液体がぐるぐるかき混ぜられていくような色彩の、奥行も定かでは無い異質な空間に何事も無く浮いている巨大な、一個の生物とは思えないほどの大きさを有する物体を、蛍光緑というそぐわなさハンパない癖にこれでもかのリアルさを体感させられつつ見せつけられていると。


 「現実味」から思考の足底を踏み外させられてしまうような、そんなままならなさが、これは夢だ、これはVR、とかの安易な到着点に僕を寄りきろうとしてくるような感覚をなすりつけてくるようで。


 でも、出来ればそうであって欲しいと、思う感覚は不思議と僕には無かった。脳は熱いけれど。吸って吐くという動作が食道から肺奥まで常に痺れる痛みを与えてくるけれど。それこそが現実リアル、と五感も全て込みでそう受け取っている。いるんだ。


 僕が投げ出された「足場」の面積は今この瞬間もその大きさをフチの方から狭めて来ていて。もうのっぴきならない状態であることは認識している。最早「デバッグ」についてはどんなに自分の何かを削ろうとも、まるでそのこと自体が失われたみたいに、発動の取っ掛かりすら望めそうも無いこと、それも分かっていた。


 残る「能力」。それを振り絞っての殴り合いになる気配……いや、一方的に僕がボコられる展開かも。それが望みなのか? この御膳立ては? デジヲは「ちょっとした山場」とか、壮年は「段取り」とか、フチガミ氏は「盛り上げる術」とか言ってたっけ……


 「何でも思い通りになる世界」。ままならない世界で、ままならない人生を送っている僕らにとって、それは甘美で口当たりがいい果実みたいなもの、なんだと思う。凝り固まってしまった首を何とか傾け、上へと向き直る。


<さア、来なよトォーベくん。『クリア』しよウと、『オーバー』しよウと、『ゲーム』はこれデオシマイなのだからさァッ>


 先ほどまでのラッパーじみた外観は既に面影も欠片も無い。完璧なクリーチャー然物体と化したデジヲ……巨大生物……その、この場の全てを共鳴させてくるような、包み込むような金属質の声にも何か、


「……」


 まぶされている諦観、のようなものを感じ取ったから。取れてしまったから。


「き……みは、きみら……は。この『世界』を軽く見過ぎ……なんだと思う……」


 声はまだ出る。コミュニケ―ション。例え能力に頼らなくても、気に入らない意に染まない事象に無理やり干渉しなくても。世界と向き合う方法は絶対に、あるはずだから。


<ホっほぉ~、『語り』入ったかイ? うんうン、『ラストバトル』にある意味相応しい演出ト、言えなくも無いネぇ~、良キ。ぐ、グハァッ、『トォーベの言葉ッ!! デジヲは百八十ポイントのダメージを受けたッ』!!>


 こちらを見下ろすデジヲの、変化して爬虫類なんだか何だか判別できないモンスター的な顔には、ど真ん中に凸レンズのような、青白い球面があるばかりであったけれど。それが僕には嘲りで歪んだように見えた。その辺の突っぱね方は流石、堂に入ったもんだよでもそれももう、プログラミングされたかのような応対に映るんだよなぁ……自分の、


 本心を偽るための。


「い……いろんな不満があって、不安が渦巻いていて、だからこそ安心……『楽』を僕らは求めるんだと……思う」


<……そいつは時間稼ぎカい? ちょっと間を入れタくらいじゃア、既にどうともならないくらイのコンディションになっちゃッテると、思われるのだけれどねェ……>


 ふい、と横に薙がれたデジヲの隆起した右腕。そこ起点で発生したと思われる、僕の目には視えなかった衝撃波のようなものが、次の瞬間、左肩から袈裟斬りのように入って僕の視界を揺らす。


「……ッ!!」


 確かに感じるのは、痛み。それはまごうこと無く、僕がこの世界に存在するということの証であると、言葉にすると陳腐でありながら、脊髄を末端から末端まで貫くようにして突き付けてくるわけで。そこから目を逸らしているっていうなら。


 僕が。


「……でも『能力』なんて上っ面にしか過ぎないんだ。それを使って何らかの優位に立って『楽』になりたい……そういう無双は夢想だからこそ輝くのであって、ほんとはそんなんじゃない……じ、実際実感してるんだよね? 『思い通りになり過ぎる世界』が、無味乾燥の代物でしかないってことを。自分ひとりとか、そのくらいで創れる世界なんて、たかが知れてるんだよ。で、『デバッグ』みたいなことをちょっとやったくらいの僕でも、そ、そんな空虚さを感じ取っていたんだ……」


 もう起き上がることも出来ない。徐々に崩壊する「足場」の真ん中に、衝撃で尻餅をついた流れで仰臥したままで。それでも言葉は絞り出すことをやめない。


 例えゲームのこととしても、こととしたって、そこには色々な視点があって、物の考え方があって、それらがすれ違ってグレイズったり、ぶつかり合って共鳴・融合したりして色々な事象を為すからこそ、


 逆に秩序が生まれるんじゃないか? 脈打つ営みが形成されるんじゃあないか?


 それが無かったら、世界に意味は無い。自由に数値をいじくれるチートを操ることが出来たとして、そんな世界に、何がある? 自分を世界の中心に据えながらも、自分以外の世界との接し方を常に考えつつ、最善を、時には自分の思うがまま、求めるがままに行動していく……


それこそが、「自分の裁量でまっさら世界を闊歩する」ってことなんじゃあないか?


「『気力は』……『ヒート』ぉ……」


 もはや、能力が発現するとは思えない。それでも放つ言葉を力にして、僕は熱を持った全身から、「気力」を振り絞って両腕を突っ張り、上体を起こしていく。顔を上げ、対峙していく。


<……口上も過ぎるト、興醒めなんだっテばさぁトォーベくん。それに『失敗』なら失敗デ……またひっくり返してやり直せバいいだけの話さァ……>


 中空。シルエットが僕のイメージするところの「魔神」そのものとなっていたデジヲの気だるげに持ち上げた左腕に、紫色のうねる「光」が虚空から集まっていく。感覚で分かった。いかにも強力そうなアレをぶつけられたのなら、僕はこの足場ごと虚空へと吹っ飛ばされて、この世界の構成材料の何らかへと変換させられてしまうだろうことが。


 そうだね、君は全部を破壊して創造することすら出来てしまうんだよね……僕の中途半端な「デバッグ」とは質が違ってね……


 でも。


 でもそんな風に壊して直してみたいなことを繰り返しても、結局独りよがりの「世界」には何も宿らないはずだっ。それに。


「壊させはしない……住んでる次元が違くたって、生きているんだ、生きているんだよ、みんな……」


 身体の感覚を総動員させて、体内に残ってそうな力をかき集める。最後一発分の「能力」、あるはずだ。例え無かったとしても構わない。「放つ」と思えば放てるはずだから……ッ!! 例え、例え……この身体が崩壊しようとも。


<ん~ん~、『情訴え』も、まあそこそこに陳腐だよネぇ……流行らンよ今のご時世的ニもねぇ~、まあいいサ、もういイさ。君をシめて、この『ゲーム』もバッドエンドとして締めて終わろウじゃなイの>


 殊更に軽く、そう言ってきた。デジヲの言葉にはでも、何と言うかのやるせなさみたいなのが含まれていたかのように思われたから。


 真杉くんもそうだった。周りと折り合いがつかなくて、自暴自棄になって……僕だって、そうなっていなかったとは言い切れない。だから。


「……」


 極限まで、僕は諦めないよ。どんな時も、「世界」と向き合うやり方はあるんだってことを、伝えたいから。

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