ちょっとした冒険

夏男

自販機

夜中、となりのベッドで寝る友人のいびきで目が覚めた。

友人は校内であまり人付き合いがよいとは言えない私も旅行に誘ってくれるばかりか

旅程や泊まるホテルも我々の予算の中で最高のものを手配してくれる大活躍で、夜中に大音量でいびきをかく以外は本当にいいやつだ。


思えばよい旅行だった。


飯は値段の割にはうまく、皆腹いっぱいで満足になったし、ホテルのくせに温泉などというこじゃれたものがあって体を芯まで温めることが出来た。

金がなかったので近くにあった大きな遊園地に行くことは叶わなかったがその周りを練り歩き、夜には遊園地の花火を外野から見てあたかもそこで遊んだかの様な気分を味わうことが出来た。

こんなに良い旅行はそうそうできないだろう。

私は隣で寝ている友人の鼻を感謝とほんの少しの怒りを込めてつまんだ。


友人は顔をしかめたが起きる様子はなく、しばらくするとまたいびきをかきはじめた。


さて、友人のおかげで完全に目が覚めてしまった。

スマホの時計を見ると現在時刻は午前二時十五分、夜明けにも朝食にもまだまだ時間がある。


そうだ、ホテルの2階に自販機コーナーがあったはずだ。そこに行って何か飲み物を調達しよう。

私は財布と部屋の鍵を取って部屋を後にした。





照明のせいなのか、ホテルの廊下は私と友人たちで歩いたときよりも若干暗いように感じた。

そんな場所を1人でエレベーターに向かっているとちょっとした冒険をしている感じがしてなんだか気分がいい。

そういえば私がまだ尻の青い子供だった頃、将来の夢についての作文を書かされたことがあった。

その頃の私は世の中というのは自分を中心に回っているということを信じ切っており、このような作文を書くことは私の流儀に反するとなかなか書くことができなかった。最終的に冒険家になりたいと書いた気がする。

作文を書いた当時は将来のことなんぞ何も考えておらず、さっさと書き終えて早く遊びに行きたいと適当に書いた記憶があるが、案外心の底では冒険家になりたいと思っていたのかもしれない。


エレベーターを使って自販機コーナーのある二階に着いた。

私は自販機の商品を物色して、今自分が一番飲みたいものを探した。

ジュースでもいいが今から飲むと歯をもう一度磨かなければいけないし

お茶、珈琲の類は今よりも余計に目が冴えてしまいそうだしなぁ。


程なくして、私は無難に水を買うことにした。


水を飲みながら私はぼうっと周りを眺める。

休憩所も兼ねている自販機コーナーの前には座りやすそうな椅子とテーブルが何組か置かれ、夕方来た頃は何組かのグループが座っていたのを覚えている。

すぐ横にある大浴場は深夜は暖簾を下げており、タオルの山らしきものが入口におかれ暗くなっていた。


この場にいるのは一人きりで、それを改めて実感した私は少し心細くなった。

人付き合いは苦手でも一人きりというのはキツイものがある。


ちょっとした冒険はここまでにして私はいびきのうるさい寝床に戻ることにした。

次の日私は寝不足で午前中動けなかったのは言うまでもないであろう。

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