居酒屋『焼き鳥』ものがたり

雨色銀水

居酒屋『焼き鳥』にようこそ!

 ある繁華街の一角に、そのお店はありました。

 インコ店主が経営する居酒屋。その名も『焼き鳥』——ペットをドロップアウトした彼が経営する酒場には、今日も動物たちが集まります。


 おや、どうやらお客さんがやってきたようですよ?

 ガラリと扉を開いて、暖簾をくぐったお客さん。今回の主人公は、このヒゲをヒクヒクさせているおじさんうさぎなのです。



「——いらっしゃい」


 カウンターの向こうで、インコ店主が低い声で挨拶しました。店内にはうっすらと煙が漂い、香ばしいにおいがうさぎさんの元に届きます。


 しかしそこは草食獣。それに反応せず、まっすぐにカウンター席に向かうと、どっこいしょと腰を下ろしました。そしてインコ店主に目を向け、前足を軽く振ります。


「店主、まずは一杯」

「ビールで良いですかい。生がうまいですぜ」

「いや、パイナップルジュースだ。おれは苦いの嫌いなんでね」


 ふむ、とインコは一つ頷き、冷蔵庫からジュースの瓶を取り出します。その黄色い液体がジョッキに注がれるのを、うさぎはまん丸の目で見つめました。


 とくとくと注がれたジュースを、インコ店主はどん、とカウンターに置きます。

 揺らめく液体をしばし眺め、うさぎはゆっくりとジョッキを掴み、一気にぐいっと喉に流し込みました。


「うまい。やっぱり、一日の締めはパイナップルジュースに限る」

「お客さん、酒は飲まねぇんですかい」

「何言ってやがる店主。うさぎに酒飲ませるとか、非常識にもほどがあるぜ。こんな時間じゃ動物病院もやってねぇんだ。わざわざ命の危険を冒すこともねぇだろうが」

「ここ居酒屋なんですがね。それ言っちゃお終いでしょうが」


 インコ店主が軽く羽をばたつかせます。

 うさぎはふん、と鼻を鳴らしました。そしてジョッキを傾け、ごくりとジュースを飲みます。


 ぷはー、と美味そうな音を出してジュースを置き、うさぎのオヤジは再び前足を軽く振りました。


「インコ、何かツマミを」

「にんじんの輪切りで良いですかい。朝採りで新鮮ですぜ」

「何言ってやがる!」


 ダン、とうさぎは足を踏みならしました。タンピングですね。お怒りモードのうさぎを前に、インコ店主は軽く首を傾げます。


「うさぎって言やぁ、にんじんでしょ旦那」

「そいつぁ、偏見ってもんだぜ……! うさぎがにんじん好きだってのは、あの某有名うさぎ小説のイラストに描かれてるからだろうが。だがな、インコよ。現実はもっとシビアだ。うさぎってのはな……あまーい果物が好きなんだぜ……!」

「うさぎの印象ぶち壊すな、てめぇ」


 はあ、とため息をつき、インコは黙って奥からバナナの輪切りを取り出しました。

 とん、とカウンターにそれが置かれると、うさぎは鼻をひくつかせてニヒルに笑いました。


「わかってるじゃねぇか。これだよこれ」

「完全にトロピカルじゃねえか。うさぎのくせに南国好きかよ」

「何言ってやがる!」


 だんだん、再びタンピングですね。耳をピンと立ててお怒りになるうさぎに、インコはいい加減めんどうくさそうな目を向けていますよ。それに気づかず、うさぎさんは先を続けます。


「うさぎはな……暑いのも寒いのも苦手なんだぜ……! 飼育環境の適正温度は23℃前後。特におれみたいなネザーランドドワーフは、環境の変化に弱い。だからエアコンとかで温度調整してもらわなきゃダメなんだぜ。おれなんか、冬はコタツに潜って暖をとってんだ」

「コタツうさぎかよ。可愛いじゃねぇか」


 ふん、と鼻を鳴らすと、うさぎさんは目の前のバナナをむしゃむしゃ食べました。ほっぺたがぷっくりしているのが愛らしいですね。

 その様子をしばし眺め、店主はうさぎさんの目の前に皿を置きます。


「おい、店主これは何だ」

「俺からのサービスだ。お代はいらねぇぜ」

「……固いクッキーじゃねぇか……」

「うさぎってのは、一生歯が伸び続けるんだろ? 固いもの食って、歯を削りな」

「……、……。ふざけんじゃねぇ……」


 ダンダンダン! うさぎは激しく足を踏みならしました。激おこですね。意味がわからず目を瞬かせる店主の前で、うさぎはカウンターに身を乗り出します。


「店主よ、確かにうさぎってのは、歯が伸び続ける。だがなぁ……固いものが好きなわけじゃねぇんだよ!」

「おめぇ、ほんとにうさぎかよ」

「うさぎだよ! うなぎに見えんのかよ! よく見てみろ。おれのこの小さい可愛いお口で、そんなでっかいクッキーを食えると思ってんのか!? 食えるわけねぇだろ! おれの家じゃ、かぁちゃんがいつも小さく割ってくれるんだぜ! でなきゃ食えねぇんだよ!」

「お坊ちゃんかよ。おめぇ、野生じゃ生きていけねぇぞ」


 はあ、とため息をついた店主に、うさぎは前足を差し出します。意味がわからず、じっとその前足を見つめたインコは、ふとあることに気づいたようでした。


「おい、うさぎ」

「なんだよ」

「おめぇ、肉球ねぇんだな」

「当たり前だろ。どこのどいつだよ、うさぎに肉球あるって言ったやつ」

「いや、意外と知らねぇんじゃ……うさぎの足の裏って、毛しか生えてねぇんだな」


 ぷう、とため息をつくと、うさぎはカウンターから立ち上がりました。そしてそのまま扉に向かうのを、インコ店主が慌てて引き止めます。


「お、おい。どこに行くんでぇ」

「帰るんだよ。あんまり遅くなるとかぁちゃんが心配する」

「待てこら。勘定はどうした」

「勘定?」


 振り返ったうさぎは、小さく首を傾げます。なんだか愛らしいですね。しかしインコ店主には通じません。自慢の焼き鳥をうさぎに突きつけると、眼光鋭く言い放ちます。


「そう、勘定。お代だ。飲んで食った分は、払ってもらうぜ」

「え……なあに、それ? いっつもかぁちゃんがやってくれるから、ぼくわかんない」

「ふざけてんのかてめぇ。ネザーランドドワーフだからって、その大きさは大人だろうが。可愛こぶって誤魔化そうったってそうはいかねぇぞ」

「ち……ぬかったか」


 ぴょん、と大きく跳躍して、うさぎは扉の前に降り立ちます。インコが羽をばたつかせている間に扉を素早く開くと、うさぎはニヒルに笑いました。


「美味かったぜ、インコ。また来るぜ」

「待てこら金払えうさぎオヤジ‼︎」


 走り出すうさぎ、飛び立つインコ。繁華街全体を巻き込んだ追いかけっこの結果は——また別のお話。



 今日もインコの居酒屋『焼き鳥』は賑やかです。

 うさぎとインコ、二匹がどうなって行くか。それはまた別の機会にお話ししましょう。


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