幕間

彼らの誕生日~D. M.~

 シルヴェスターたちがクラン・カスラーン魔法学校へ入学してから一年が経ち、二回目の九月がやってきた。夏が過ぎていき、開いた窓から入って来た少し涼しい風が頬を撫でていくのを感じながら、シルヴェスターは難しい顔をしていた。今、彼は魔法薬学の教授に許可を取って魔法薬調合の復習をしているところで、彼にとってみればそれほど難しくもない難易度である。手順通りに丁寧な作業でもって作られた眠り薬は綺麗な輝きを持ち、もう間もなく完成である。こんなにも順調だと言うのに、シルヴェスターの顔は相も変わらず険しい。

 加熱が終わり、魔法の火を消したところで教室の扉が叩かれた。手元から視線を動かさずに入るよう促すと、戸を開けて入って来たのはエドワーズ姉妹とシャーリーだった。それを見たシルヴェスターは、心なしか表情が緩む。


「来たわよ、スライ」

「ヤッホースライ、調合は順調?」

「ああ、もう終わる。丁度よかった」


ぞろぞろと近くにやってきて、シルヴェスターが作業している近くの椅子に座った三人は、頬杖をつきながらとろりとした薬が瓶に流し込まれていくのを見詰めている。最後にきゅ、と音を立ててコルク栓を閉めたところで、ふっと息をついたシルヴェスターも椅子に座った。片手間に器具を片付けながら、彼女らが何やら一枚の紙切れと万年筆を取り出すところを眺めていた。


「さて、もうあと三日に迫ってるワケだけど…どうしようか」

「そうね…無難なのはやっぱり筆記用具かしら、でも面白みはないわね…」

「お茶会をパーティー仕様にするっていうこの間の提案はかなり良さそう」


真剣な顔付きで紙切れを睨みながら、突如始まった会議が進む。アスターの手にある紙切れの一番上には、『9月18日 ドミニクの誕生日会!』と元気よく書かれていた。そう、四人が今話し合っているのはドミニクの誕生日についてだった。

 この学園では、四年生から学外への外出が認められている。しかしながら彼らはまだ二年生、外出の許可が下りる学年ではないので学内で出来ることを模索中だった。今ドミニクはどこにいるのかとシルヴェスターが聞けば、どうやら勉強のために自ら図書館へ行ったそうだとのこと。それならば暫くは大丈夫だろうと四人で頷いた。


「で、どうしよっか」

「僕もパーティー仕様はいい案だと思う」

「そう?なら作るものと飾りを考えるかしら」


方向性が決まると、次々に案が出されて、さらさらと紙に纏めて書かれていく。お菓子作りが好きなアスターとその手伝いをよくするリリアが作るものを考え、テーブルのセッティングを担当するシルヴェスターとシャーリーは互いのイメージを交換してすり合わせていく。書記を兼ねているアスターが両方の言葉を綺麗に纏めながら、会議は一時間ほどに及んだ。


「…っと!どお、こんな感じでいいんじゃない?」

「流石アスター、綺麗に纏まってる」

「すごく素敵だわ!当日が楽しみよ」

「ドミニクが喜んでくれるように、頑張ろう」


全員が満足のいくところまで纏まった様で、四人は顔を合わせて力強く頷いた。そうと決まれば、と今日から準備が出来るシルヴェスターとシャーリーは早速立ち上がって必要なものを探しに行き、当日のお菓子担当であるアスターとリリアは必要な食品やその量を纏めるべく場所を移すことにした。ドミニクの誕生日サプライズ作戦、ここに開始である。






 作戦会議をした翌日。シルヴェスターとシャーリーは綺麗な色紙を目の前に揃えて何やら考え込んでいた。彼らの出した案は、テーブルのセッティングの際にテーブルクロスの上を色紙で綺麗に飾り付けるというものだ。そのために色紙を教授たちから融通してもらったのだが、どのようなデザインにするかまでは考えていなかったのだ。シルヴェスターははさみの持ち手をいじりながら、隣で他の紙に何かを描いているシャーリーを見ていた。


「こんなのはどうだろう、何か他に案はある?」

「そうだなあ…なんかこう、魔法使いらしさがあると面白いかもしれない」


そう言う彼に確かに、と頷いたシャーリーは再びデザイン案を描くべく紙に視線を戻す。生憎そういったことが若干苦手なシルヴェスターは、切る方を担当すると約束して現在大人しくしているのである。水が流れるような流線形の美しいものはウンディーネ寮をイメージしているらしく、また彼が生粋の魔法使いであることを踏まえての案もいくつか見受けられた。まるで魔法陣の様な模様が出来上がっていくのを感心したように眺めていると、大体出来上がったようで、シャーリーが筆記具を置いた。


「さて、これでいこう。色紙に模様を描いていくから、黒く塗りつぶしたところを切り取ってほしい」

「了解した」


続いて、色紙にシャーリーが模様をどんどん書き込んでいく。始めは手慣らし代わりに、と大ぶりで簡単な模様だったためシルヴェスターも問題なく切ることが出来た。しかしやがて枚数を重ねるごとに模様はどんどん複雑化していき、細い部分を切り取るのに彼は苦戦した。うっかりつなぎ目を切り取らないように慎重に切っていくのを、描き終えたシャーリーが初めのシルヴェスターのように眺めていた。


 ぱち、と最後の黒塗り部分を切り取って、ようやく全ての色紙を切り終えた。シルヴェスターは集中しすぎて固まった体をほぐすように伸びをし、達成感からほうと大きく溜息をついた。シャーリーも緊張しながら観察していたので体を同様に伸ばし、ふうと息をついて背もたれに寄りかかった。


「出来たなあ」

「出来た…あとで二人に褒めてもらおう」

「そうしよう、紅茶も淹れてもらおう」


疲労感が一気に押し寄せ、ぐったりとソファに沈み込んでそう話す二人に、背後から忍び寄る影があった。ぽん、と叩かれた肩を二人同時に勢いよく跳ね上げ、そして首がもげそうな勢いで振り返った。


「うわっ、ビックリした!」


その手の正体はアスターで、一気に二つの顔が自分を見たことに驚いた彼女は思わず手を引っ込めた。その事に、もしやドミニクではと思っていた二人はどっと弛緩し、再びソファに沈み込んで彼女に抗議の声を上げた。この段階で計画がバレたのでは非常に悲しい。悪びれもなくごめんと明るく言うアスターに、少しむっとした顔でシルヴェスターは甘いミルクティーを二つ注文した。






 会議から二日後、つまりドミニクの誕生日前日。この日は夕方にアスターとリリアが寮のミニキッチンで翌日のお菓子の下準備をしていた。作るものは、いつかにドミニク自身が好きだと言っていたチョコレートケーキ、食事を作ってくれる仲のいい学校の料理人からお裾分けしてもらったオレンジコンフィで作るオランジェット、紅茶の茶葉を練り込んだスコーン、偶然手に入った色とりどりのジャムや宝石のようなドレンチェリーで作るクッキーである。クッキーやスコーンの生地を前日に作っておくことで、当日の準備をスムーズにしようという作戦だ。


「アスター、小麦がちょっと足りないかもしれないんだけれど…」

「えっウソ、ああでもその分スコーンを少し小さめの可愛いやつにしよう。やっぱ綺麗なクッキーたくさん欲しいし!」

「分かったわ!」


手際よく生地を混ぜ込み、次々に下準備を終えていく。普段からお菓子作りをするだけあって、流石の手際の良さである。出来上がった生地は濡れた薄い布で包んで乾かないようにし、プレートに並べて置かれた。生地が出来るところまで出来上がったらしまい、他に必要な材料が揃っているかを順番に確認していく。そこで、アスターはあることに気が付いた。


「待って、生クリームがない」

「やだ、大事な材料じゃない!」


二人は顔を見合わせて、全く同じように青くなった。生クリームはバースデーケーキを飾り付ける上で大事な材料であり、欠けてはならないものである。それが無いと来れば一大事だ。あわあわと二人が時間を確認すると、今は午後六時の十分前。生徒なら誰でも使える購買は、営業が午後六時まで。二人は急いでコインケースを引っ掴み、サラマンダー寮の談話室を飛び出した。


 サラマンダー寮は中央にある主校舎まで二番目に遠く、普段の授業でも少し早めに出ないと間に合わないことがある。その距離を顧みて、二人は全力で廊下を駆け抜けた。明日の朝に買えばいいのではとも思ったが、明日は幸か不幸か休日なのである。購買も当然閉まっている。つまり、今間に合わなければ明日のケーキはかなり難航するのだ。時折主校舎からサラマンダー寮へ向かってくる他の生徒がぎょっとして二人を見るも、お構いなしだ。


「あと何分!?」

「五分よ!」


出来得る限りの力を振り絞って駆けていく。もう無理、とどちらかが呟いた頃、購買の看板がようやく見えた。アスターが駆けながら全力で叫ぶ。


「購買のおじさん!!」


ここ最近聞き慣れた声で呼ばれた豊かな髭の中年男性は、遠くから全力疾走してくる美人で有名な双子の姿に大層驚いた。髪を振り乱し、目の前まで走ってきてぜえはあと呼吸もままならぬ状態の二人に一体なんの緊急事態かと思い、優しい購買店員はカウンターから身を乗り出した。


「一体どうしたんだい!双子のお嬢ちゃんたち」

「あのっ、まだ、お買い物、してもっ、いいですか、はぁ、」

「分かった分かった、いいからちょっと落ち着きな」


買い物が出来る。そう分かった途端力が抜けた二人はへなへなと座り込んでしまった。店員が慌てて出てくるが、走って疲れただけと言って二人で笑いあう。これで、お目当ての生クリームについては問題なく手に入りそうだ。






 そして、いよいよ当日。シルヴェスターはカモフラージュのためにドミニクと過ごしているため、支度をするのは女子三人組である。朝からお菓子の仕込みをし続けているエドワーズ姉妹の隣で、シャーリーは飛び切りの紅茶とティーセットを用意してトレーに乗せた。一足先に寮を出た彼女は例の薔薇が年中咲き乱れるガーデンにやってきて、テーブルの準備を開始した。真っ白なリネンのクロスは、このガーデンを貸してくれている薬草学の教授が、借りる理由を聞いた際に感激して融通してもらったものだ。彼女はそういった物を大事にするのが好きな質で、彼女自身ここで他の教授を誘って優雅なティーパーティーをするのだと言う。


 真っ白なリネンに飾り付けの色紙をバランス良く並べ、上に保護魔法の様なものを掛けてずれないようにする。ガラスの花瓶を取り出し、主役であるドミニクの席の近くに置いて薔薇を数本挿す。これも薬草学の教授に良かったらと貰ったものだ。銀のトレーで運んできたティーセットをテーブルに並べ、茶葉の入った瓶をタグがドミニクに見えるように設置する。そこまでしたところで、シャーリーのもとへ一羽の紙でできた鳥がすうっとやって来た。それはリリアからで、間もなくお菓子が全て出来上がるという知らせだった。それならば、とシャーリーは一度この場を置いて、双子たちを手伝いに足早に戻っていった。


 合流した三人はそれぞれ両手に出来上がったばかりのお菓子やケーキを持ち、慎重にガーデンへと運んできた。バスケットに入れたスコーンはまだ湯気が出る程温かく、昨日から仕込んだオランジェットは美しい色合いで出来上がっている。そして様々なジャムを使ったクッキーはステンドグラスの様な輝きがあり、ドレンチェリーのクッキーも非常に可愛らしい。こうして出来上がった上品なテーブルを何度か点検し、リリアが先程と同様の方法でシルヴェスターに手紙を出せば、あとは主役の到着を待つばかりである。


「いやあ、なんとか間に合った…」

「二人ともすごいな、このお菓子の量は大変だっただろう」

「大変だったわ、でもすごく楽しいのよ」


三人で和気あいあいと話していると、二人分の革靴の音が聞こえてくる。すぐに見えてきたのはシルヴェスターで、後ろにはドミニクも揃って来ている。ガーデンの入り口に並んだ三人と、ここまで一緒に来たシルヴェスターがそこに加わるのを見たドミニクはきょとんと見詰めた。四人は頷き合い、それぞれの魔力媒体を取り出すと一斉に掲げた。すると、ドミニクの頭にふわりと花冠が表れた。


「ハッピーバースデー、ドミニク!」


四人が声を揃えてそう言い、驚いた表情の彼を引っ張って主役の席へ座らせた。すぐにアスターが目の前にチョコレートのケーキを置き、ドミニクを囲むと小さな銀のトレーに乗せられた花を持ち出した。


「それは…」

「他の子たちに聞いたんだけど、魔法界での祝い方は違うって聞いたんだ。だけど私たちの祝い方も知ってほしくてさ」


アスターが持ってきた花はエディブルフラワーと言い、食べられる花だ。彼女たちが住む地域での祝い方は、少しシンプルな装飾のケーキに祝う者が花を主役の健康などを祈りながら乗せていき、最後に主役が一番大きな花を自由な願い事と共に乗せてケーキを完成させるのだ。このためにアスターはわざわざ実家に手紙を送り、エディブルフラワーを取り寄せてもらったのだという。説明を受けたドミニクが是非その方法で、と言うので、最初にシルヴェスターが紫色の花を手に取った。


「ドミニクが健康である年になりますように」


そう言って、中央を避けた端の方に花を乗せた。続いてリリアがピンクの花を取って、勉学が上手くいくようにと願って乗せた。シャーリーは白い花を取り、実りのある年になるようにと願った。アスターは青い花を手に取って、楽しい一年になるようにと言った。そして最後、主役であるドミニクが一際大きな青い花を渡された。


「…そうだな、皆と仲良く、楽しくあれる年でありますように」


そう言って彼が中央に花を添えれば、バースデーケーキの本当の完成だ。わあ、と四人が拍手し、シャーリーが早速紅茶を淹れ始める。アスターもケーキを切り分け、一番大きなピースをドミニクの皿に取り分けた。皆が席に着けば、いつもよりちょっぴり豪華なティーパーティーの始まりだ。


「はは、こんなに楽しい誕生日は初めてだ!」

「良かった、来年も楽しみにしててよね!」


珍しくドミニクが大きく口を開けて笑い、そう言った。すかさずアスターが返し、他の三人も微笑みながらドミニクを祝った。ドミニクの誕生日会は、大成功と言えるだろう。楽しいティーパーティーは午後六時の鐘が鳴るまで続いたのだった。

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5番目の寮 こんききょう @Konkikyou098

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