第35話 冒険者ギルドだ



「今日はずいぶんと人が多いな」

「オオニィギワィですね」


 タルニコを連れて市庁舎へ顔を出したのだが、いつにも増して混雑していた。

 部屋どころか、廊下中に行列が出来てしまっている。


 人の波をかき分け、なんとか階上の環境保全課にたどり着く。

 普段は閑散としているここも、見慣れない数の人間が慌ただしそうに歩き回っていた。


「ザッグさん、こっちです」


 人だかりの向こうから聞き慣れた声が響く。

 声の主は、俺たちを呼びつけた課長のレイリーだった。

 そのまま手招きをして、衝立ついたての奥へ誘われる。


「バタバタしてしまいすみません」

「えらく混雑してるな。どうかしたのか?」

「ええ。先日、うちのお偉いさんが急に亡くなりまして。その空いた議席に誰が座るかで、いろいろと揉めているんですよ」

「そいつは大変そうだな」

「女の人モォムのなら、アニィキも得意ですよ」

「いや、意味が違うだろ。あと余計なこと言うな」

「コトゥバ難しいですね」


 珍しく歯に衣を着せない物言いをしたレイリーは、俺のタルニコの会話に少しだけ唇の両端を持ち上げた。

 そしていつもの開いているのか分からない細い目で、俺をちらりと見てくる。

 黙って頷き返しておいた。

 

「おかげ様で、おっと失礼。えー、まあどさくさに紛れて、予算が分捕れまして、人員も増加というわけです」

「それでか。良かったな」

「はい、ありがとうございます。つきましてはこの課も名前が変更となりまして、今後は魔物対策課となります」

「いきなりだな」

「ええ、その点で少しお知らせと、ご相談がありまして」

「うん?」

「実は前々から問題が多発してた南のビヘン鉱山ですが、この度、地下迷宮の発生の報告が上がってきました」

「ほんとか!?」


 地下迷宮。

 まんまゲームに出てくるダンジョンそっくりの危険な場所で、この世界では神々が与える試練として認識されている。

  

「その影響でしょうか、各地で魔物の発生も確認されておりまして、てんやわんやというわけです」

「それは忙しくなりそうだな」

「ですので、ここからがご提案なのですが、ザッグさん、わたくしの正式な部下になりませんか? むろん、タルニコ様もです。受けていただけるなら、お二人は正規市民として登録させていただきますよ」


 俺はともかく、獣人種のタルニコを正規の市民に認めるのは、相当な手間と根回しが必要となるはずだ。

 これは本気の提案だな。

 この機会を逃せば、コボルドがこんな大きな市の市民になるのは不可能かもしれない。

 しかし、受ければ間違いなく自由はなくなるな。

 危険な現場に、強制的に放り込まれるのは間違いない。


「悪いが断らせてもらう」


 俺の返答に、レイリーは残念そうに小さく息を吐いた。


「やはりですか」

「ただし理由は、魔物退治はこりごりだからってことじゃない」

「そうなのですか? 続けていただけるなら助かりますが」

「思ったよりも大所帯になりそうなんでな。正式に専門の組合ギルドを作ろうと思ってる」

「組合! 魔物退治のですか? 聞いたこともありませんよ」

「そりゃそうだろうな」

「ですが、面白い発想です。傭兵団と違って組合の形式なら、個別の細かい要望にも応えやすいですし、心象も悪くない。こちらも依頼が出しやすくなりますしね」

「まあ、問題は組合として認められるかどうかだけどな」

「その辺りは、実績を重ねていただくしかないですね」


 その点では、ダンジョンの発生は渡りに船である。

 感心したように顎を引いたレイリーは、ふと思いついたように尋ねてくる。


「そういえば組合の名称はどうされるのですか?」

「それならもう決めてある。危険な場所へ出向き、危険な魔物を退治してお宝や報酬を得る。まさに冒険だろ」

「ハウ!」

「言われてみればそうですね」

「だから、そんな冒険者どもを束ねた組合の名は――」


 平穏とはほど遠い仕事だが、やってみると意外と面白い仕事になるかもしれない。

 そう思いながら、俺は堂々と宣言した。


「冒険者ギルドだ」



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悪人転生 ~異世界冒険者ギルド創設譚・序~ しゅうきち @Shuukichi

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