第4話 病院

ざらついた舌触りを認識しながら目が覚めた。

白いシーツと医療器具の類から、ここが病院だということがわかる。

通りすがりの看護師がこちらを見て、笑顔になる。


「目覚められたんですね。ご気分いかがですか?」


起き上がろうと身体全体に意識を向けると右足首に鋭い痛みが走る。


「あの、自分は一体」


そう口走ると、事情を呑み込むのが早いのか、看護師は溜めもなく言葉を発する。


「気絶されたそうですね。どこまで覚えてらっしゃいますか。あなたは救急車で搬送されたんですよ。」


脂っこいちぢれた髪の男とナイフを思い出す。

意識のある直前まで記憶をめぐらせた。

どうやら自分は男の襲撃から助かったらしい。

聞くところによると、通り魔的な犯行で、テレビでは現在も報道が続いているらしかった。

うずくまっていた二人の人を思い出す。

どうやら重症だが、死人は出ていないとのことだった。


「あなたは足首の骨が折れています。詳しくは医師から説明があると思います。」


そう告げると、看護師は去っていった。


状況が吞み込めてきたのと同時に、今が何時なのか気になった。

時計を見ると13時だった。日はおそらくまたいでいないだろうから、約4時間は寝ていたことになる。

携帯を見ると、見知らぬ電話から着信がついていた。

おそらく会社と推測し、あとでかけ直して事情を説明しようと考える。


まもなく医師がベッドにやってきた。

原因は転んだ際の衝撃と、誰かに踏まれたことらしかった。

1週間はとりあえず入院し、その後は松葉杖での生活を当分行うらしい。


「あとで警察の方が面会にくると言っていたので、きたらご対応お願いできますか。」


犯人は捕まったが、事情聴取があるらしい。

ふと、最後の記憶にある犯人に体当たりをして自分を救ってくれた女性を思い出す。


医師はそれを言い残すと、立ち去った。


ベッドの横にあるテレビを使用してよい旨の許可を看護師に得て、テレビをつける。


さっそく通り魔の事件を取り扱ったワイドショーが放送されていた。

土色の肌をした司会者がコメンテーターに話題を振っている。

詳しい動機はわかっていないが、犯人のプロフィールだけ簡易に記されたパネルが映る。

30代中盤の無職の男らしかった。

だいたいのことは看護師から聞いていたので、気になるのはあの自分を助けてくれた女性だ。

ワイドショー的には犯人を取り押さえたヒーローなど、格好のネタになるだろう。

それも女性だ。


しかし不思議なことに、一向にそういった犯人を誰かが取り押さえたとか、犯人が捕まった経緯について触れられずに次の話題に移ってしまった。


違和感を覚えつつも、警察が面会にきたら聞けばよいかと結論を出し、会社へ電話をかける。

当惑した声の上司に状況を説明し、1週間は出社できない旨を伝え、お大事にとの返答を受ける。


電話を切り、ベッドサイドにあるペットボトルの水を一口飲む。

いまいち現実感が沸かないが、テレビで取り扱うほどの事件に自分はまきこまれたらしい。

通り魔の心境はまったく理解できないが、自分と同じ世代の犯行であることになにがしかの思いをはせる。

そして何より、自分を助けてくれたあの女性、の横顔。

自身の命の危険をのど元に感じていたあの状況にも関わらず、北神健(きたがみたける)がその女性にまず感じたのは美しさだった。


お礼を言いたいのももちろんあるが、もう一度あの美しさを瞼にうつしたかった。


そんなことを考えていると、扉にノックが走った。



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青中年の懊悩 大竹良 @ryootake

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