柔と剛






 昼時を前にいざ出発と相成った、ヨルハ達一行。

 彼等の任は迷宮メイズ下層に築かれたコロニーの調査、及び行方不明となった新人の救出。

 また、必要有りと判断した場合には、ゴブリンの間引きも行う手筈。

 取り分け重要視されるのはチーフの存在。

 何せ七匹か八匹も居れば、エルシンキ程度の規模の町を落とすには十分な強敵。


 そして、そのレベルの魔獣とまともにぶつかれる戦力が、エルシンキには殆ど居ない。


「ヨルハよ。お前、ゴブリンチーフと戦ってみた感じ、手応えはどうだった?」


 小鬼の遊び場へと向かう道すがら、カスパールが尋ねる。

 傷だらけな物々しい鎧姿に、だんびらを担いだ重装備。

 にも拘らず、平然とした足取りで険しい森を歩いている。

 どうやら、見掛け倒しではないらしい。


「あー、そうな。楽勝とまでは行かないにせよ、タイマンなら十中八九勝てるだろ」

「頼もしいじゃねぇか」


 手強いは手強いが、地力はヨルハの方が上。加えて、幸いなことに相性も良い。

 ゴブリンチーフは体格が大きく増した分、咄嗟の機敏さでゴブリンに劣る。

 武器が武器ゆえ一撃で致命傷を与えられるヨルハにとって、ある意味では与し易い相手だ。


「そもそもヤッコさん、でかくなった所為で折角のアドバンテージを殺しちまってる」


 小柄だったからこその、閉所に於ける優位性。

 下層には大広間も幾つかあるらしいが、そこで動き易いのは人間も同じ。


「狭い洞窟なんかに棲んでるのにでかくなるって、進化の方向性を間違えてんだろ」

「所詮はゴブリンだからな。身体の構造も単純なんだろうよ」


 いつものように己とクララだけなら兎も角、今回は人手がある。

 調子に乗って油断さえしなければ、足元を掬われることにはならない。


 ただ、ひとつ気になるのは。


「新人の装備だけが入り口に散らばってた、かぁ……あからさま過ぎませんかね」


 まず間違い無く誘いだろう。ゴブリンとは、意外に悪知恵が働く魔獣だ。

 ばら撒いた餌に食い付いた獲物を仕留めるべく、何らかの仕込みを行っている筈。


 しかしながら、そう考えると逆に望みも出る。

 ゴブリン共は恐らく、捕らえた新人達を殺していない、と。


 敵陣へと乗り込む救出には、当然の如く精鋭が回される。

 であれば、消耗した人間を抱えさせて足枷とするのが順当。

 そのために生かされている可能性は、高かろう。


「やれやれってか。ま、これも人助け、延いてはお駄賃のためだ」

「文無しだったら実家に乗り込もうね!」

「…………もう殆ど高利貸しの発想だな、それ」


 笑顔満面で告げられたクララの提案。

 流石のヨルハも、少し引いた。






 さて。出立前は紆余曲折あったヨルハとカスパール。

 が、面と向かって話してみれば、案外と気の合うタイプだったらしい。


「でよ? そいつ、散々偉そうなこと言っといて結局腹下してやんの!」

「はっはっはっは! ばっかじゃねぇのか!?」


 身振り手振り交えて語るヨルハ、声を上げて笑うカスパール。

 あっという間に打ち解けた彼等に、寧ろ他の者達が唖然としている。


「アニキ、相手は一応恋敵だって認識あるんすかね」

「どうかしら。アイツに一度で二つのことを考える能があるとは思えないし」

「ヨルハ……」


 ひそひそと言いたい放題。

 そんな会話が背後で交わされてるとは露知らず、並んで笑い合う二人。


「ところでヨルの字よぉ。俺は昔から気になってることがあるんだが」

「ん?」


 神妙な顔で、カスパールはヨルハの髪を指差した。

 熾火色とも称される、灰と赤の入り混じったそれを。


「たまに居るじゃんか。お前さんやブラフマーさんみたいに髪が二色の奴」

「はあ」

「それ、他の部分はどうなってんだ?」


 中々聞き辛くてなー、と好奇心を見え隠れさせながら締める。


 が、ヨルハに尋ねたところで答えは明らかとならない。

 彼の髪は脱色と染髪の産物に過ぎず、地毛ではないのだ。


「どうなんだろ……シャクティは下、生えてねぇし……」


 幸か不幸か、小さく零した呟きはカスパールに届かなかった。

 そして、再び迂闊なことを口走るよりも先。


「ヨルハ! おじさん! そこに何か居る!」


 逸早く気付いたクララが、茂みを指差し声を張り上げる。

 刹那、雄叫びを上げて飛び出したのは、二匹のゴブリン。

 双方共に石剣で武装し、鎧まで纏っていた。


「ッ、右は俺がやる!」

「かしこまりぃっ!」


 ほぼ同時に躍るヨルハとカスパール。

 各々得物を掴み取り、一閃する。


 片や、スティレットで首を一突き。

 片や、妙に柄の長い剣で頭から両断。


 エンカウントより数秒足らずで終息する戦闘。

 二人は武器の血糊を払うと、軽く拳を合わせた。


「やるな。速い上に正確な突きだ」

「そっちこそパワフルぅ! てか、思ってたのと武器違くね?」


 単なる大剣と思いきや、鞘に収まっていた部分の半分は柄。

 剣と槍の中間のフォルム、と言えば分かり易いか。


「ここの迷宮メイズじゃ、だんびらなんぞ振り回せねぇからな」

「見慣れない武器の方が対応し辛いだろうって狙いもあるっす」

「へー」


 ノックスの補足に、感心を帯びた顔で頷くヨルハ。

 探索者シーカーってのも色々考えてるんだなーと、人事のように思う。


「しかし、昼間っから武装したゴブリンのお出ましか」


 やや険しい表情で、カスパールが亡骸を見下ろした。


 ゴブリンは本来夜行性。

 塒である迷宮メイズ内なら兎も角、こんな時間帯に森で出くわすなど普通ではない。


 エルシンキの占拠を目論んだ戦争の準備。

 いよいよ以て、その仮定が現実味を孕んできた。


「ま、こういうのの露払いも兼ねて俺達が先行してるワケだが」

「あーやだやだ。ぶっちゃけ魔獣狩りとかノーサンキューしたいですわ」


 好戦的に笑むカスパールに対し、盛り下がった調子でヨルハは背を丸める。

 既に両手の指でも足りぬ数の魔獣を屠っているものの、やはり戦闘は気の進まぬ作業。

 些か血に酔い易い気質とは言え、危険な橋は出来るだけ渡りたくないのが本音。

 そこら辺は、探索者シーカーを志し始めた頃から、ずっと変わらなかった。


「強えぇのに変な奴だな。採取仕事より魔獣退治の方が儲かるだろうよ」

「金持ちになって豪遊し尽くすまで死にたくないんでね」


 風切り音が響く速度でスティレットを回した後、放り投げて鞘に収める。

 左耳のピアスを弄りながら、半ば枝葉で覆われた空を見上げた。


「かったる……」


 ゴブリンと遭遇したことで、意識を仕事に引き込まれたのだろう。

 気だるげにバッグから髑髏のハーフマスクを取り出し、身に着けるヨルハ。


 探索者となって以来、少しずつ揃えた装備品の数々。

 すっかり一廉のものとなった彼の風体は、どこか暗殺者を想起させた。


「とっとと行こうや。めんどいことは早く済ませるに限るってな」





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拝啓異世界、金無し暇無し 竜胆マサタカ @masataka1201

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