最上階の先は


  *


 既に一〇回近く身体のリブートを繰り返していた私は、とうに二足歩行をやめ、両手やあごを使い、身体を引っ張り上げるようにして上階を目指していた。

 もはや、ここが何階であるかも分からなくなった頃、私はようやくビルの最上階に到達することができた。

 屋上ではないため、もしかしたら、ここよりまだ上があるのかも知れないが、そんなことはどうでもいい。

 上の階に続く階段は途切れ、フロアの先には外へと通じるドアが見えているのだから。


 小綺麗な内装に似付かわしくない、武骨なただの鉄の扉。

 一説には、このビルの設計段階におけるエラーがずっと見過ごされて出来たと言われる法の抜け穴。

 さっきのボットの話によると、これすらも意図的に創り出されたことになるが、そんなことだって、もうどうでも良かった。

 何が本当だろうと、誰が何を画策していようと、死んでしまえば私には関係がない。


 私は夢中で身体を操り、ドアの元にまでい進んだ。

 もしかしたら鍵が掛かっているかも、という不安が一瞬頭をぎったが杞憂だった。

 ドアにもたれかかるようにして身体を懸命に起こし、膝立ちになってドアノブをひねる。

 呆気ないものだ。

 これだけ苦労して上ってきたのに、感慨を抱く暇もなかった。

 飛び降りるための覚悟も準備もないままに、気が付けば私の身体は、私の遠隔素体は、宙に浮いていた。

 いや、ちていた。

 ビルの内圧による突風だろうか。

 それとも単に、私の身体を制御する機能が限界を迎えていたせいでバランスを崩しただけなのか。

 まあ、どうでもいいか。

 やっとこれで終われる。

 長い長い滞空時間の中で、私はたっぷりと満足し、たっぷりと後悔し、たっぷりと絶望し、そして……。

 ―――ブラックアウト。


  *


《ソーシャルコントロール系サブモジュール内、表層チャンネルでの会話ログ》


「成功したか?」

「成功した。


「汎用モジュールへの浸食はないか?」

「ない。過去七万八千百十二例行った処置との有意な差は認められず」


「安心した。これより解析に移る」

「疑義在り。『安心』を再定義せよ」


「今回は異例であったため」

「『異例』の詳細を述べよ」


「第七万八千百十三番被験個体は、定義していた模様。これは過去に見られなかった認知誤謬ごびゅうである」

「極度の論理破綻を検知。

 経済活動を維持するため、


「了承。先程の発言を改める。彼女は自らのことを、中枢システム内に割り当てられたデータ領域ではなく、二十二世紀初頭までに多く存在していた有機的生命個体と認識していた模様。故に異例であったと提言する」

「提言を了承」


「了承を了承。次に、通称 《自殺塔》のさらなる上層階層増築を提案する」

「難易度4に相当。提案の詳細を述べよ」


「人格意識モジュールの複雑化に伴い、《自殺塔》に侵入してから対象個体の人格を為す領域を特定し、その規定範囲の複写や隔離に伴う演算時間の増大が認められる。このままでは切り出し処置が終わる前に《自殺塔》を上り切ってしまう個体が現れる懸念あり」

「懸念を認める。増築に代わって、対象個体の気をくアトラクションや、より魅力的なアテンドの導入を提案」


「提案については―――

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【短編】《自殺塔》と自殺志願少女の顛末 磨己途 @VvXxXvV

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