超高層階にて


「この先、一五〇階に参りますと、下半身の換装が行えるサービスショップがございます」

「いい。お金ない」


 本当はない訳ではないが、ここの奴らにクレジットをくれてやる気にはなれなかった。


「では表層チャンネルを開いてエレベーターに」

「乗らない。開かない」


「はぁ……。仕方がありませんね。それでは対話による情報収集を続けましょう」


 最新鋭を自称するボットは、今度は極めて人間的な物言いを模して喋り出した。

 何故、死のうと思ったのか。何故、このビルを選んだのか。趣味は? 愛読書や音楽は? といった下らない質問を延々と話し掛けてくるようになり、私をうんざりさせた。


  *


「分かった……。一つだけ答えてあげるから、貴方も私の質問に答えなさいよ」


 二〇〇階を過ぎた辺りで、私は遂に耐えられなくなる。


「貴方たちは、何でこんな面倒臭いことするわけ? 自殺させたくないなら、立ち入りできないように、ここを封鎖すればいいだけじゃない」


 ボットが黙る。

 あのわざとらしい機械音を鳴らすこともなく、本気で考え込むように。


「では、特別にお答えしましょう。それは管理するためです。どれだけ禁止しても、それができないような処置を講じても、必ず網目をかいくぐって自殺しようとする者が現れる。それでは後処理も非効率ですし、分析と対策も難しい。ですから、という訳です」

 

 私にはそれを聞いても、やはりそうか、と思う以外の感想がなかった。

 私たちがどれだけレールから外れようとして足掻あがいても、全てが彼らの管理下なのだ。

 薄々勘付いてはいた。

 それは、私の行動を、決心を、嘲笑あざわらうかのような宣告だったけど、私がそれで階段を上る足を止めることはなかった。

 あるのは絶望だけだ。

 絶望から逃れ、自由になるために私は飛ばなければならないのだと。このビルに足を踏み入れる前から抱いていたその決意を、より強固にしただけだった。


「約束でございます。こちらからも質問を」

「どうぞー」


 投げやりに私は答える。


「本当の貴女を構成する物が、ことはご存知でしょう? その素体そたいを破壊して、死に至ることができると本気で思ってらっしゃるのですか?」


 なるほど。それが核心の質問というわけだ。

 そうやって、何人もの人間の心を折ってきたのだろう。


「大丈夫よ。お生憎あいにく様。切れるから。人命保護機構。普通は落下した瞬間に生体フィードバックが切断されるんでしょ?

 けど、私のこの身体、その機能が死んでるの。だから……、ダイレクトに伝わるわ。身体が粉々に砕ける痛みも。脳漿のうしょうはじける恐怖も。知ってる? 人は痛みや絶望で死ねるのよ?」


 ボットが再び静かになった。

 どうだろう? 今頃このボットを管理するシステムは慌てているだろうか。

 私の本気を知った結果、今頃になって警備ロボットに取り押さえられては嫌だなと、言ってしまったことを後悔する。


「……なるほど。そのような認知構造になっているのですね。どうも、ご協力ありがとうございました」


 ボットはそれだけ言い残すと、私を置いて呆気あっけなく下の階へと飛び去ってしまった。


「……何なのよ……」


 一人残された私は困惑する。

 もしや、その方法では死ぬことができないのだろうか?

 急に心細く、不安な気持ちが襲ってきた。

 いや……。

 意思を振り絞ってそれを否定する。

 きっとこれも揺さ振りだ。

 社会にとっての損失である自殺を何とか思いとどまらせようとするための。

 あるいは、私の本当の身体がとらわれている場所を突きとめ、そちらの身柄を押さえに行ったのかも。

 だとしたら急がなければ。

 私は階段を上るスピードを速めた。

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