「貴様とは婚約破棄する!!」「やりましたわっ!」
池中 織奈
「貴様とは婚約破棄する!!」「やりましたわっ!」
「ロスヴィン!! 貴様、私の愛しのメデリーを虐めているのだろう!! 貴様などが婚約者など認めない!! 貴様とは婚約破棄だ!!」
――王侯貴族や、有能な平民たちが通う学園。
その学園の栄えある卒業パーティー。そのパーティーで突如、大きな声でそんな断罪を始めた者がいる。
ちなみにまだ父兄陣たちの来ていないタイミングでの、生徒たちのみでのパーティー時間帯である。その時間帯を敢えて狙ったのであろう。
金髪の美しい男性――公爵家の子息であるカゲッドが自身の婚約者へと婚約破棄を突き付けている。
その後ろには困り果てた表情の桃色の髪の少女がいる。
そしてそんな二人とは対極の位置にいるのが、侯爵令嬢であるロスヴィンである。銀色に煌めく髪の縦ロール。そして金色の瞳の美しい令嬢だ。
その赤色のドレスはとても彼女に似合っている。胸元が開いていて、蠱惑的な雰囲気を醸し出している。
婚約破棄を告げられた彼女は、右手に持つ扇子をパタンと閉じる。
そして次の瞬間、意気揚々とこんなことを言い放つ。
「やりましたわっ! 聞きました? カゲッド様が私と婚約破棄をしてくださるのですって!! 皆様が証人ですわよ!!」
満面の笑みである。
どこまでも嬉しそうに野次馬になっていた生徒たちにそんなことを言う。
そんなことを問いかけられた生徒たちの反応は二通りに分かれた。
「ええ。やりましたわね。ロスヴィン様」
「ロスヴィン様、婚約破棄おめでとうございます!」
まずはこんな反応を見せた者たち。彼らは一様に婚約破棄を喜び、お祝いしていた。
「え?? ドワン侯爵令嬢、喜んでいるんですけど」
「なんで??」
と、困惑している人々。彼らに関しては困惑に固まっている。
「え?」
ちなみに婚約破棄を告げたカゲッドに関してもその金色の瞳を見開いている。
「ふふ、これで私も自由ですわ!! 何をしましょうか。婚約者として公爵夫人にいびられることもなくなりますし、私の事を好きでもないくせに束縛してくる系の婚約者からも解放されますし! なんて自由かしら!!」
ロスヴィン、カゲッドのことなど見もせずにキラキラした目で友人たちに話しかけられている。
その本音ダダ漏れの言葉に、困惑していた者たちは「うわぁ」「本当か?」といったような訝しげな表情でカゲッドを見ている。
カゲッドの白い肌がカッと赤く染まる。
「いや、ちょっと待て、俺は貴様を断罪するためにここに――」
なんとか持ち直してカゲッドが口を開こうとするが、それは満面の笑みのロスヴィンに遮られる。ロスヴィンは「婚約破棄だ」という発言後のカゲッドの発言を恐らく聞いていない。なんとも哀れである。
「パーティーですわ!! 名付けて「婚約破棄やりましたわ」パーティーですわ!! おーほほほほほ!! 学園卒業だけではなく、婚約破棄!! なんて素晴らしい自由への道筋! 格上の公爵家からの婚約の申し込みで断れずに婚約して早六年!! ようやくようやく婚約破棄!! なんて素晴らしいのかしら!!」
あなたそんな性格だったの?? とロスヴィンと親しくなかった生徒達は驚いた目を向けている。
なんせロスヴィンという侯爵令嬢は、基本的に婚約者であるカゲッドの三歩後ろに控えているような令嬢だった。見た目の縦ロールから強気に見えるが、穏やかな性格で、カゲッドの偉そうな発言も笑顔で受け入れていた。
しかしこの炸裂している本音を見る限り、それは本意ではなかったのだろう。
「ふふふ、ロスヴィン様。「婚約破棄やりましたわ」パーティーだなんて面白いネーミングですわ。本当におめでたいですわ」
「私たちもロスヴィン様が婚約を解消したがっているのをしっておりましたから、とてもおめでたく感じますわ」
「それに向こうの浮気での有責ですものねぇ。ちゃんと家を通して解消すれば傷は浅かったものの、愚かですわぁ」
ロスヴィンの友人たちも全く容赦がない。
カゲッドにはぐさりぐさりと言葉の嵐が突き刺さっている。
「え、ちょ……」
困惑したまま反論をしようとする。
だけれども、その言葉は驚くべきことにカゲッドの後ろにいた男爵令嬢――メデリーに遮られる。
「ロスヴィン様! 皆さまも!! 誤解しないでくださいませ。私はカゲッド様に付きまとわれていただけですわ!! ですから何卒、男爵家にまで処罰を与えることはやめてほしいです……。お願いします!」
「え」
「まぁまぁ、もちろんですわ。私もそのことはきちんと把握しておりますもの。メデリー様はちゃんと婚約者のいるカゲッド様と二人っきりにならないようにしておりましたし、断っておりましたものね。でも公爵家の子息であるカゲッド様から無理やり迫られておりましたものね。お可哀そうに。でもあなたのおかげでカゲッド様から婚約破棄していただけましたわ!! ありがとうございます!!」
「わかってくださって、こちらこそありがとうございます!! 私のことも皆様、この場で証明してください!! カゲッド様は私が断っても断っても……『恥ずかしがっているんだろう』『ロスヴィンが嫌がらせをしているのだろう』なんて言っておられて。私、そんなことを一言も言ってないんです!! しかもカゲッド様が私に近づくせいで中々お友達が出来なくて悲しんでいるのに、ロスヴィン様が嫌がらせをしたからそうなったとか勝手に勘違いしておられて!! もう、本当に本当に困っていたんです!!」
こちらも今まで鬱憤がよっぽどたまっていたのだろう。
その愛らしい桃色の口から、必死な言葉が紡がれる。ちなみにその言葉を聞いているカゲッドは顔を蒼白にさせている。先ほどからずっと言葉の刃を向けられているもうすでに瀕死である。しかし、彼女たちは無邪気に追撃をやめる気はないらしい。多分追撃のつもりもなく、ただ本音を口にしているだけである。
「まぁまぁ、大変ですわ。では私とお友達になりませんか? 私、メデリー様のこと、愛らしくて一生懸命で是非お友達になりたいと思っていたのです。でも下手に近づくとカゲッド様が何か変なことを言いだすからと今まで言い出せなかったのですわ」
「もちろんですわ! 私、ロスヴィン様に憧れているんです。とても綺麗で、かっこよくて、是非仲よくしてもらいたいです! 私もロスヴィン様と仲よくしたいって口にしたらカゲッド様に『脅されているんだろう』なんて言われて困ってたのです」
「まぁ、なんてことを……。それにしても嫌がるメデリー様に近づいていくなんてまるでストーカーですわ。私、ストーカーが婚約者だったなんて恐ろしいですわ。落ちぶれてストーカーされたらどうしましょう!」
「本当にそうです。行き先を告げてもないのに待ち伏せされて怖かったです。自分勝手に家同士の婚約をこんな場で破棄するなんて正気の沙汰ではないですものね。頭がおかしいってびっくりしましたよ! こんなパーティーで嫌がる私を無理やり傍に置こうとして怖かったですし、急に断罪しだしますし。こんな好き勝手なことしたら勘当される可能性高いですよね」
「ええ。そうですわよね。勘当されたり、平民にされたりする可能性も高いですわ。そもそもカゲッド様って公爵家の四男ですしね。私の所に婿入りする予定だったのに、こんな好き勝手したのでもう自ら破滅に突っ込んでいっているようですわ」
侯爵令嬢であるロスヴィンと、男爵令嬢であるメデリーは本人がいるというのに、そんな会話を当たり前のように交わす。
傍観している者たちは「もうやめてあげて……」という心境に半ばなっている。その視線の先では膝を付いて、今にも絶望しているカゲッドがいる。
カゲッドはストーカー思考でメデリーが幾ら嫌がっても相思相愛と思い込んでいたし、ロスヴィンが自分に惚れていると思い込んでいたのでショックなのだろう。
「本当にそうですわ。私もカゲッド様に迫られたせいで結婚相手が中々見つけられなくてがっかりしてます」
「ふふ、私が紹介してあげますわよ。メデリー様に合う方を。私もカゲッド様と婚約破棄できたので、好きな方に告白しますわ!! お父様にもカゲッド様から婚約破棄されたら好きな人に猛アタックするっていうのを許してもらってますもの!!」
「ありがとうございます!! 嬉しいです。それにしてもロスヴィン様、好きな方がいるのですね。素敵ですわ!!」
「ありがとう! 私は愛しいアマーゾ様に告白しますわ!!」
「まぁ!! アマーゾ様って、あの騎士様の?」
「ええ!! 昔助けられた時から大好きで……もう、次に会ったら告白しますわ!!」
こんな大勢の前でも好きな人の名前を言うことを躊躇いもしないロスヴィン。
恐らくこのまま猛アタックする気満々のため、隠すことでもないのだろう。
そんな会話をされている間、カゲッドは絶望に涙している。ちなみに時々声をかけようとしているが、ロスヴィンとメデリーと、令嬢たちに無視されていた。あまりにも哀れで男子生徒が「涙をふいてください」とハンカチを差し出していた。
――その後、父兄たちが訪れた際にロスヴィンの愛しいアマーゾが護衛としており、その場で婚約破棄の報告をする前に盛大な公開告白を行い、周りを唖然とさせたり。
グイグイ迫られて結果的にアマーゾがロスヴィンに落ちたり。
メデリーはロスヴィンに紹介された子息と相思相愛になって楽しくすごしていたり。
カゲッドは卒業パーティーでの顛末で心を入れ替え、同情された結果、なんとか商会の娘と恋仲になり何だかんだ幸せになったり。
そんな様々な話は少し先の、別の話である。
ちなみにこの時の「婚約破棄事件」は話題になり、その場にいた生徒たちの子供たちにも話継がれていくことになる。
カゲッドは「あの婚約破棄の人だ―」と噂になるのもまた、別の話である。
「貴様とは婚約破棄する!!」「やりましたわっ!」 池中 織奈 @orinaikenaka
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