いわく
三夏ふみ
いわく
「今日もいい感じ」
恵梨香は、机の上に置いた鏡に向かって身支度を整え始めた。
上京して3年、生活にもやっと慣れ、少し余裕も出てきた頃、狭い洗面所での身支度に、前々からやりにくさを感じていたのだが、ネットで見た生活スタイルを見せる動画で、朝を整える姿に憧れ、購入を考えるようになった、卓上に置ける鏡。
出会いは、路地裏のアンティークなどを扱うセレクトショップだった。
それまでは、思い描く鏡に出会えなかったのだが、一目惚れで購入した、自分でも意外だった。
あれやこれやと悩みに悩んで、結局買わずじまいな事が多い自分が、初めて入ったお店で、一目惚れの品を買うなんて。
値段はそれなりで、一人暮らしの自分には、ちょっと贅沢なかとも思ったが、背伸びして買って良かったと思えるほど、良い買い物だった。
なんだか自分の生活が潤うような、心が落ち着くような、そんなに気持ちになれた。
「うん、綺麗」
鏡一枚でこんなにも変わるなんて。
追われるばかりの生活が、楽しめる生活に変わり、自分が一歩前に進めた気がした。
寝起きにお湯を沸かし、白湯を飲んで自分を調える。
卓上にはお気に入りのいつもの鏡。
「うん、今日もいい感じ」
部屋は、自分の足で見つけた、お気に入りが並ぶ。
私にとっては、どれも大事な思い出の品ばかりだ。
「綺麗よ」
毎日が同じルーティン。
でも、それが心地良い、整いのある生活。
憧れの私。
大切な毎日。
彼氏が出来た。
友達だと思って居たけど、彼がそんな気持ちでいたなんて。
とてもびっくりした、けど凄く嬉しかった。
「今日も綺麗」
いつものように鏡に向かい、身支度を整える。
1年前には想像出来なかった自分。
これも、この鏡と出会えたからだ。
本当に心の底からそう思える。
ルーティンの白湯を飲む。
だけど今日は、ちょっと憂うつ。
昨日、彼氏と喧嘩した。
彼は心配しすぎる。
心配してくれるのは嬉しいけど。
あんな言い方ない。
彼が言うほど、私の調子は悪く無い。
「今日も素敵」
鏡に映る私はいつもと変わらない。
今日は少し疲れた。
また彼との言い合い。
いつも同じ話。
なんで私が病院なんかに行かないと行けないの?
「今日も綺麗よ」
全然なんとも無い。
言っている意味がまるで解らない。
弟を連れて来るなんてどうかしている。
どうしても私を病人にしたいみたい。
なんなのいったい。
「綺麗」
なにが違うの?
いつもと変わらないじゃない。
窓の外は寒そう、ここは暖かいけど。
彼に感謝しなきゃ。
彼が部屋に来てくれなかったら、
倒れたままの私は、どうなっていたか。
「綺麗よ」
母に言って、部屋から持って来てもらった、
お気に入りの品々。
これなら、殺風景な病室でも、
私らしくいられそう。
「今日も綺麗よ」
やっぱり、彼が言った通りだったのかな?
体が重い。
なに?
みんなの声が遠くに聞こえる。
あぁ、もうなにも
「あら?綺麗だったのに。この子も死んじゃったわ」
いわく 三夏ふみ @BUNZI
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