雨滴

英島 泊

雨滴(一話完結)

 ノアは神からお告げを賜った。曰く、地上に増えた人々を、洪水をもって滅ぼすと。そして、神はノアに「備えよ」と命じた。

 さて、神はノアが方舟を作り始めたのを確認し、部下である一人の上級天使を呼んだ。彼は天候の調整を統括している。

「ノアという人間が方舟を作っている。それができる頃に地上を洪水で洗い流すのだ。それと、方舟まで壊さないよう手加減をしなさい」

「承知しました」

 上級天使は恭しく頭を垂れる。神はその様子を見て、満足そうに神殿の奥へ引っ込んでいった。上級天使は直属の部下である中級天使を呼びつける。

「直々の御命令だ。地上を洪水で洗い流す。ただし、ノアという人間は例外だ。彼の方舟ができるまで待て」

「はっ、承りました」

 中級天使の張り切っている様子に、上級天使は満足し、自分の雲の館に帰っていった。中級天使は下級天使を集めて、こう命じる。

「勅命だ。地上を洪水で洗い流す。ノアという人間に気を付けろ。彼の方舟が完成する頃に実行だ」

 それだけ言うと、中級天使は自分の持ち場に戻っていった。下級天使たちは顔を見合わせた。

「洪水か……何度かやったことはあるが、今回は大仕事になりそうだ」

「ノアっていう人間に注意すればいいんだよね」

「しかし、どうする……特定の人間だけに、と言われても……」

 下級天使たちの知能はそこまで高くない。しかし、知恵を振り絞り、一つの作戦を実行することになった。

そうこうしている間にノアの方舟が完成した。ノアは空を見上げる。すると、お告げの通り、空が急に暗くなり風が強くなる。

「いよいよか……」

 家族を呼び寄せ、動物たちが乗っていることを確認し、その時を待つ。しかし、一向に雨は降って来ない。今にも降りそうな低く黒い雲が空を覆っている。突如、ノアの真上で、のっぺりしたものが雲を割って現れた。

「なんだ……?」

 それは、徐々に落ちてくる。巨大な水の球であった。ノアは急いで方舟に避難する。次の瞬間、方舟は発火した、と冷水が亜音速で押しつぶし、方舟を砕く。水は水平方向へ向かい、全指向性の超音速ジェットとなり、行く手にあるもの全てを破壊する。最初の雨滴が落ちた地点から三キロメートル以内の構造物は跡形も無い。普通の雨粒がポツポツと降り始めた。

 四十日四十夜、雨は降り続けた。惑星の表面の水が、温室効果ガスを吸収し、気温が下がり始める。やがて、惑星は氷に包まれた。神の思惑通り、生き物は全て消え去ったに見えた。しかし、海底の熱噴出孔の周りで、生命は細々と生き永らえた。火山が温室効果ガスを放ち、再び気温が上がり始める。氷は解け、生命は少しずつ増え、地上に上がり始める。

 長い時が経った。人間二人が会話をしている。

「はあー……梅雨はやだな。長くダラダラ降らずに、一度で片付けてくれよ」

「まあ、ノアの方舟で言う『大洪水』よりかはマシさ」

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雨滴 英島 泊 @unifead46yr

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