金髪の女

シオン

001

 自転車で職場に向かっていると路地裏に女が倒れていた。


 キャミソールにホットパンツの薄着の格好でいかにも寒そうな姿をしていた。髪は金髪でどこかのキャバ嬢なのかもしれない。酒に酔ってこんなところで眠ってしまったのか。この秋の季節によく寝られるものだ。何があったか知らないが、あまり関わりあいになりたくない類いの人間だった。

 僕はしばらく見つめていたが、彼女が顔を上げてこちらを見たときに危機感を感じて脱兎のごとく逃げ出した。顔を覚えられていないか心配だった。しかし、顔は予想と違って可愛かった。だから職場に着いてもそれが脳に焼き付いていた。


 僕の職場のカナリアの里は洋食の飲食店だ。主にパスタやピザが人気だ。僕はここで接客をしている。本当は客と接したくないが、料理の才がないのでこれくらいしかできない。


「佐藤君今日も頑張っているね」


 掃除中店長の皆川さんが声をかけてきた。ふてぶてしくも腹の中で何考えているか分からない表情をしていた。僕は警戒心を隠して愛想笑いで対応した。


「えぇ、ありがとうございます」


「そんな佐藤君にお願いなんだけど、今度の日曜日シフト入れない?」


 皆川さんは遠慮がちにお願いをしてきた。またか、と内心うんざりした様子で僕は言った。


「またですか、先週も同じこと言われましたよ?」


「ごめん!申し訳ないんだけど、他に頼れる人がいなくてね」


 本当に申し訳なさそうに振る舞うが、これがこの男の技である。君しか頼れる人がいない、とか言って休日に急にシフトを入れて休日手当てすら入れない悪徳店長なのだ。

 しかし、このまま断り続けてもこの男は諦めないだろう。しかもこちらは雇われている身だから給料が下げられてもしたら本末転倒だ。僕は苦渋の表情で承諾した。


「いやぁありがとー。じゃあ仕事頑張ってね」


 用は済んだと言わんばかりに皆川さんはその場を離れた、急にシフトを入れられることは珍しくない。だから最初は断っても最終的には請け負ってしまう。なんだか便利に使われているようで癪だった。

 でも、社会なんてそんなものだ。僕たちはあくまで労働力でしかないし、契約上の関係でも雇っている側が強いのはいつの時代でも変わらない。そんなことを、いつの日か受け入れて過ごすようになった。



 本日の仕事を終え、帰路に着いた。十月の夜は思っていたより冷え込んでいて、上着がないと自転車をこぐだけで寒さに震えてしまう。

 アパートに着いて自分の部屋の扉まで歩く。玄関の鍵を開けようとすると既に鍵は空いていた。僕は不審を感じとり、警戒して中に入った。電気は付いていなく、暗闇が広がっていた。おそるおそる歩みを進めて電気を付けると部屋の中には誰もいなかった。隠れているのか、単に僕が鍵をかけ忘れていただけなのかわからないが、とりあえず警戒することに越したことはない。

 僕は帰り道にコンビニで買った弁当が入った袋をテーブルに置いたとき、急に尿意を感じた。誰かいる可能性はあるが、トイレに行かないわけにもいかない。僕は周囲を警戒しつつトイレの扉を開いた。


 トイレの中には、金髪の女がいた。


 金髪の女は僕を見るなりバツが悪そうに黙っていた。僕はまさかトイレにいるとは思わなかったので呆然としていた。お互い硬直状態でいると、やっと女は口を開いた。


「は、入ってまーす……」


 僕は無言で女の頭を叩いた。



「ひどーい。女性の頭を叩くなんてちゃんと義務教育を受けたの?」


「義務教育を受けた人は人の家に勝手に入るのかよ」


 金髪の女は図々しくも僕が買ったコンビニ弁当を食べていた。仕方ないので僕は買い置きしていたカップラーメンをすすっていた。

 今気づいたが、この女は今朝生き倒れていた女だった。わざわざ僕の家に侵入したところをみるに顔を覚えられていたのだろう。


「お前、どうやって僕の家を特定した?」


 あれから家には戻らなかった。だから家を特定されることはないはずなのだが、こいつはどういう訳か先回りしていた。


「タダで教えたりはしないわ」


「さっきもそう言って僕の弁当を恵んだんだろ」


「これくらいで交換材料にはならないわ」


「なら返せ」


「嫌よ」


 女は腹が減っていたのか奪われないよう弁当をかきこんだ。今さら人が食ったものを奪ったりせんわ!


「そんなに難しい話ではないわ。あなたのことは以前から知っていて、家は事前にリサーチしていたの。全ては必然だったのよ」


「何が必然だ。要はたかる相手を事前に探していてそれが僕だっただけだろう」


 今朝倒れていたのも恐らく演技だったのだろう。そこで声をかけてきたら腹が減ったとか言ってこちらの善意につけこもうとでも企んでいたのだ。しかし僕は逃げ出したので強行手段で家に上がり込んだのだ。


「あなた人が良いのね。仮にも人の家に侵入した相手を通報もせずご飯を奢るなんてね。いつか酷い目に遭うわ」


「お生憎様、もう遭っているよ」


 僕はため息を吐いた。

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