第20話 大蛇
朔は、目を開けた。
全身を包む柔らかな感覚によって、使い慣れた布団を被せられると分かり、見慣れた天井を見て、屋敷に寝かされていると、状況を把握していく。
「目が覚めたな」
声のする方を見ると、右手を頭に乗せ、子供を見守るように優しく微笑み、右側に添い寝している蛇姫。
「何故ここに居る?!」
全身に寒気が走る中、布団から飛び出し、全身を合力で覆い、敷き布団を挟んで向かい合って、右手に出した刀の先を蛇姫に向け、強い口調で目的を聞く。
「わたしはどこにでも現れる。お前が起きるのを待っていたのだ」
「他の者達は?」
「鬼の子を含めて誰一人殺してはおらんから安心しろ」
牙が見えるくらいに口を開けて、嫌味微笑んでくるが、嘘を言ってる感じはしない。
「わざわざわたしの寝顔を見に来たわけじゃないだろ」
「それだけではない。お互いに辛い使命から解放されようではないか」
「辛い使命だと?」
「そうだ。わたしの使命はこの世界を闇にする。お前の使命は世界を守るだろ」
「世界を守る事のどこが辛いというんだ?」
「辛くはないか。人間すら辞めてまで戦い続ける事にだ」
「どうすればわたしは辛い役目から解放されるんだ?」
挑発するような口調で、方法を尋ねる。
「三種の神器を使え」
「力を使わせて神器を消滅させたいわけか」
「その角を付けた時に知っただろ。何故蛇と鬼が産まれたのかを」
蛇姫は、左手を上げ、黒い角を指差す。
「神器が無くなって闇が世界を覆ったらわたし達はどうなる?」
「光の世界に生きる者は生きることはできない」
「皆殺しか」
「死ねば何も無くなり全てから解放されるぞ」
「お前の思い通りにはさせない」
強い口調で言い返す。
「障子の向こう側を見てもそう言っていられるかな」
蛇姫が、笑いながら姿を消すと、朔はすぐさま障子を開けた。
「っ」
目の前の光景に言葉を失う。
茨を含む数人の鬼の子達が、無造作に横たわっていたからだ。
真っ先に茨へ駆け寄り、頭を両手に持って顔を見ると、まるで寝ているかのよう安らかな表情で、目を瞑っていたが、右手を通して伝わる冷たさで、どんな状態か嫌でも分かってしまう。
茨から離れ、別の子の側へ行って、手を当てるが結果は変わらず、別の部屋に行っては、同じ事を繰り返す。
もしかしたらという衝動に駆られての行為であったが、全員が死んでいるという事実を、嫌でも思い知らされるだけだった。
「あ、ああ、あぁぁ〜!」
最後の子から頭を離すと、自身で両肩を抱き、寒さに耐えるように、全身を震わせながら蹲り、少しして顔を上げるなり、大声で泣き出す。
その声量は凄まじく、屋敷全体を震わせる。
いつ蛇動集が襲撃するかも分からない状況下で、日が暮れ、夜になって、朝になっても泣き続けたが、声も涙も枯れる事はなく、聞き付けてやって来る者も居ない。
どのくらい泣いたのか、声を止めて立ち上がると、子供達の遺体を全て庭へ運び、力も道具も使わず自分の手で浅い穴を掘り、死体を一体ずつ優しく強く抱擁して中に入れ、布団を被せるようにして、丁寧に土を掛けていく。
全員を埋め終えると、崩れるように地面に両膝を付いて、頭を下げた。
それから岩のように動かなくなり、その間に太陽と月が昇り降りを繰り返し、鬼の子が死んでも世界は変わらない事を示し続ける。
どれほど時が経ったのか、頭を上げ、合力を超都中に飛ばし、生きている者が居ないか探ると、弦、奏、要、耀、帝の五つの気配が感じ取れた。
念波を飛ばして、全員に呼びかけるが、誰からも反応は無い。
合門を出してくぐった先は、劇場の舞台の上で、中心には奏が居て、死んだ魚のように虚ろな目をして、子供達を埋めた後の朔のように、両膝を付いて座り込んでいる。
周囲を見回すと、観客席に座っているのは死体で、屋敷と同じく生気は無かった。
「奏」
呼び掛けに対し、奏は黙ったままで、視線さえ向けない。
朔は、様子をしばらく見ていたが、いつまで経って反応が無いので、腰に右手を回して抱え上げると、合門を出して皇居の門の前に出る。
屋敷や舞台と同じく死体だらけだが、犬に猫に鳥といった獣の死骸も見られ、蛇姫が全ての生き物である事が分かった。
朔は、そんな状況に動揺せず、捨てるように奏を乱暴に放り投げたが、地面に叩き付けられても痛がるどころか、怒鳴りさえしてこない。
それから合門を出し、残りの三人を運んで来ては、放り投げていく。
四人は、話そうとしないどころか、顔を合わせようともしない姿は、死体のようだが、生きていると分かるだけに性質が悪い。
朔は、四人に呼び掛けもせず、黙って見ている。
「…死んだよ」
どれくらい時間を経ったのか、初めに口を開いたのは要で、その声は生気が感ないくらい低い。
「死んだ。死んだっ。死んだ!死んだ〜!」
声を出す毎に声量は上がり、体を起こすと左右の拳を振り上げ、地面を叩いて深く沈ませ、凄まじい衝撃波を発生させる。
朔は、後ろに飛んで、衝撃波をかわしたが、三人は避けずに死体と一緒に吹っ飛ばされて、地面を転がっていく。
「鬼の子達も全員死んだ。今この世界で生きてるのはわたし達と帝だけだ」
感情を押し殺した低い声で、世界の現状を告げる。
「なんでこんな事になったんですの?」
奏が、寝転んだまま、弱い声で聞いてくる。
「わたし達に三種の神器を使わせる為にやったんだ」
「なんで?」
「みんなが生きてる時間に戻らせる事で神器の力を完全に無くさせる為だ」
「どうして最初からやらないでこんな辛い思いをさせるの?」
「わたし達が違う使い方をする事を恐れていたんだろ」
「違う使い方って?」
「そこまでは分からない。耀、知ってるか?」
耀は、黙って顔を横に振る。
「こうなると分かっていたのか?」
「予想はできた」
朔が、言い終えると、弦は無言で立って、右手に出した龍撃銃でを撃つ。
他に音がしない為、銃声がどこまでも響く中、朔の心臓の位置には穴が空き、黒い血が止め処なく流るが、死にもしなければ痛がりも苦しみもしない。
弦は、撃ち続け、朔の腹や右腕に顔半分を吹き飛ばしていくが、三人の誰一人として、止めようとはしなかった。
「気は済んだか?」
朔は、怒体の損傷を再生させながら、気にもしない様子で聞く。
「気が済むわけが無いだろ。都民を皆殺しにされたんだぞ!わたしのお菓子を楽しみにしてた者や守る者はもう残っていないんだ〜!」
弦は、銃を消して大声で喚いた後、崩れるように両膝を地面に付け、これまでの毅然とした態度が嘘のように顔を上げ、幼子みたいに大声で泣き出す。
「もう一つの使い方を帝に確かめに行くぞ」
「一人で行って」
要が、顔を下げたまま、弱々しい声で言う。
「戦う理由はもう有りませんわ」
「蛇動集の好きにさせればいいよ」
朔は、一番近くに居る要の胸ぐらを掴んで、顔を近付ける。
「何も無いだと?まだわたし達が残ってる。世界も有る。それまで奴等に渡す気か」
「世界でもなんでもくれてあげるよ」
「そう思わせるのが奴の狙いなんだぞ」
「だからどうでもいいと言ってるだろ」
「その通りですわ」
「何が起こっても構わないよ」
「好きにさせればいいじゃん」
四人から出るのは、諦めと失望の声だった。
「朔は何故戦う?」
弦が、問い掛けてくる。
「わたしにも分からないが戦う気持ちが消えないんだ」
「朔は強いね。ほんとに強い。わたしにはもう付いていけないよ」
要が、呆れたような声で言う。
「お前達は本当に戦う気が無いのか?」
その問いに応える者は無く、黙って視線を逸らす。
「分かった。それなら力を貰う」
朔は、要の胸に右手を当てると、巫女装束を突き破って、体の中に押し込み、目的の物を掴んで引き抜くと、手に握られているのは、まだ活発に動く心臓だった。
臓器を抜かれた要は、目と口を開けたまま死んでいて、驚いたのか、苦しんだのか、読み取る事はできない。
朔は、要の死体から手を離して、心臓に目を向けると、顔に近付け、口を大きく開けて、迷う事なく中に入れ、一息で飲み込む。
口の中が血の味でいっぱいになる中、人の一部にして、仲間の心臓かと思うと、不快極まりない。
その光景を見ている三人は、無反応なまま寝転ぶだけで、近付いてくる朔に対して、逃げようとも抵抗しようともせず、心臓を抜かれて、喰われていく。
「朔、最後に約束してくれ」
最後になった弦が、話し掛けてくる。
「なんだ?」
「梓の墓参りには行ってくれよ」
「分かった」
言い終え、心臓を取り出して呑み込んだ後、角はより大きく、真っ直ぐ艶の有った漆黒の髪は、雑草のように質が粗くなって、踵よりも長く伸びていく。
それから合門を出して、四人の遺体を星巫女の墓所へ運び、空いてる場所を見付け、合力で開けた四つの穴に入れ、土を掛けていった。
鬼の子達にやった後だからか、哀しさ空しさは感じない。
「こんな姿になって都民が皆殺しにされたと知ったらきっと殴ってましたよね。安心してください。この世界は絶対に渡しませんよ」
約束通り梓の墓へ行き、星巫女の時のような優しい声で、現状と決意を伝えた後、皇居へ入って行く。
中は役人や護衛隊の死体が転がり、他と変わらず死に支配されている。
謁見の間に入ると、帝はいつものように頭に日の飾りを付け、衣装に身を包み、御椅子に座っていた。
普段と変わらない姿で、人形のように無表情な顔を見て、外の大虐殺が嘘のように感じてしまう。
「四人はどうした?」
口が動いて、四人の事を聞いてくる。
「力を得るのに心臓を取り出して食べた後、星巫女の墓に埋めてきたよ」
「だから前よりもずっと化け物じみてるんだな」
これまでと変わらず、互いに感情を押し殺した声で、言葉を交わし合う。
「ここに来た理由は分かるか?」
「三種の神器だな」
「そうだ」
「付いて来い」
帝は、御椅子から立つと、金色の異繋門を出し、朔を連れて中に入る。
出た先には、左右と後方が光沢を放つ黒い壁で、出入り口はどこにも無く、正面には表面に装飾が一切施されていない代わりに銀一色で、取っ手に金の鎖で施錠された分厚い扉の有る場所だった。
朔は、力が増した事で、鋭さを増した感覚によって、扉越しからでも、今の自分では勝てない強大な力を感じ取らずにはいられない。
「ここは皇居の最深部に有る神器を納めた倉庫で帝を引き継ぐ際に教えられる場所でわたしも使う自体が来なければ立ち入りは禁じられている」
帝が、説明した後に右手を伸ばして、鎖に触れると、焼け落ちるように溶け、床に落ちる前に焼失してしまう。
両手を伸ばして、扉を押すと、音を立てることなく開き、帝の後に続いて朔も入っていく。
そこで感じたのは、強烈な明るさと重さだった。
最深部とは思えず、日差しの下のように明るくて、扉越しに感じていた力は、中に入った事で、とてつもない重さという実感を伴わせたのだ。
室内は三つの置き場が有って、中央に剣、右隣に鏡、 左隣に勾玉が置かれ、宝石や金細工とは質の違う、強い輝きを放っている。
「これか」
初めて見る神器に対して、畏敬では無く畏怖の念を抱いてしまうのは、鬼の血が入っているからだと思った。
「三種の神器がどう出来たか知ってるのか?」
「大蛇を倒して作られたんだろ」
「そう伝えられているが本当のところはわたしも知らない。草薙の剣に触れてみろ」
「何故だ?」
「帝は使う際に触れて神器が出来る過程を知る義務が有るんだ」
「わたしが触れていいのか?」
「使うのはお前だ。人間の血も入っているならたぶん死にはしないだろ」
「分かった」
朔は、言い終えると、草薙の剣へ近付いて行く。
四人の心臓を食べて力は増したが、剣から放たれる力に、勝てないと分かるだけに歩みが鈍ってしまう。
右腕を上げ、躊躇わないを払うように、一気に突き出した右手で、剣の柄を握った瞬間、光に呑まれた。
光と闇。
その二つは凄まじく動き回り、鬼の目を持つ朔でさえ追いきれず、混ざり合わない絵の具のようにしか見えない。
二つが動きを止めて離れると、光は巨人で、闇は大蛇である事が分かった。
巨人は、右手に持つ光の大剣を両手に持って、大蛇に向かって真一文字に振り下ろし、頭から一刀両断した後、さらに振って八つ裂きにする。
「伊邪那美よ!わたしはお前に離縁を申し渡す!」
巨人からは、男の声が発せられる。
「ならばわたくしは永遠にあなたを恨み憎みこの世界全てを必ずや闇に染めましょうぞ!」
言い返す大蛇から発せられたのは女の声で、激しい恨みと憎しみが込められていたが、微かな哀しみも感じられた。
「お前と闇を封じる」
言い終わると、巨人は分裂し、大蛇の断片に三つずつ付いて、空の彼方へ飛ばして見えなくなる。
それから視線を下げると、目の前には髪を美豆良に結び、白い服を着た背の高い男が立っていた。
「これが神器の作られた経緯だ」
男は、振り返ると、朔と目線を合わせて話し始め、その声には神器と同じくらい強大な力が感じられる。
「あなたは誰だ?」
「わたしは伊邪那岐だ」
「世界を創造した神」
予想もしてない創造神との出会いに、言葉が続かない。
「正確には神器に宿る伊邪那岐の残留思念体だ」
微笑んで説明する様は、幼子に話しかける父親のようだ。
「神器はあなたが作ったのか」
「闇を封印する道具で有り封印が解けた際には須佐之男になって闇を祓う武器だ」
「何故そんな手間を掛ける?あなたがこの時点で闇を完全に払っておけば鬼や蛇との戦いは起きなかったぞ」
責めるような口調で問う。
「力は神器に使い命は闇に穢された世界を癒す為に使い果たした。そうしなければ産まれたばかりの人間や生き物達は生きられなかったからだ」
「神器が闇を祓う武器なら時を遡る力は何の為に有る?」
「神器にそんな力は無い」
はっきりとした否定だった。
「どういう事だ?!過去のわたしから神器を使って過去へ行って七回歴史を修正して次で力を使い果たして消えると聞かされたぞ」
長巫女の話を思い出しながら問う。
「神器の力を使い切る代わりに別の世界に行けるだけで時を遡る事は神にもできない」
「なんだって?」
疑う気持ちは有ったが、神の言葉だけに信じないわけにはいかない。
「なぜ時を遡るなんて嘘が伝えられてきた?」
「最初の使用者が闇を祓うのを恐れたか世界を滅ぼされて絶望した事で本来の使い方を言わなかったのだろう」
「今の神器で大蛇に勝てるのか?」
「三種有れば須佐之男自体にはなれるがすでに神器を七組破壊されているなら完全な力を出す事はできず勝つ可能性はかなり低いぞ」
「それでも戦う」
迷いを一切感じさせない強い声で、返事をする。
「それなら須佐之男を顕現させるといい」
「最後に聞きたい。伊邪那美を殺していいのか?」
「世界を守る為ならな」
伊邪那岐は、どこか悲しそうに言ったところで消え、気付けば神器を納める部屋に居て、正面に立つ帝が強い視線を向けている。
「何か分かったのか?」
「神器には時を遡る力なんて無くて違う世界に行けるが本来は須佐之男を顕現させる為の道具だったんだ」
「それなら須佐之男を顕現させて敵を倒せ」
帝の口調は、淡々としていて、義務感は拭えない。
「分かってる」
「戦いに勝ったらどうする?わたしが消えればこの世界に残る生き物はお前だけだぞ」
「自分でも分からないが戦えという気持ちが湧いてくるんだ」
「最後まで分かり合えなかったな」
「そうだな」
互いに心から笑い合った後、帝は勾玉を手に取って首に掛け、次に左手に鏡を持つ。
最後に草薙の剣を右手に持って、刃を自身に向けると、何の躊躇いもなく腹に突き刺すが血は出ず、吸収されるように一体化し、輝きを増した剣になった。
「さあ、受け取れ」
「分かった」
朔は、右手を出して剣の柄を掴む。
剣ならではの硬さや重さは感じないが、人の身には余るほどの強大な力が、手を通して全身に伝わってくる。
「誓約のように噛み砕いて飲み込んで力を己のものにするんだ」
草薙の剣を顔に近付け、刃に歯を当て噛むと、あっさり取れて、破片を躊躇いなく飲み込む。
破片を飲み込む度に、自身の中で霊力や鬼力や合力とは違う、強大な力が宿るのを感じながら飲み込んでいく。
全てを飲み終えると、正面に出した合門を通って、皇居の南側に出る。
力を宿す前と変わらず、陽射しも柔らかく、風も爽やかなで、青空に白い雲が適度に浮かぶ清々しい光景が広がっていて、世界は自分以外の生き物が皆殺しにされた事など、見向きも気にもしていないかのようだ。
朔は、一歩踏み出し、南に向って歩く。
街並みは変わっていないが、どこを見ても死体だらけの凄惨な光景を気にしないよう、前を向いて歩き続け、南門へ到着すると、右手で押し開けて外へ出る。
それから少し歩いたところで、足を止めて振り返り、右手を前に出し掌から光を出し、超都の隅々まで降らせていく。
光を浴びた死体や建物は、泡が弾けるように消え、全部消すと残ったのは、巨大な窪みだけとなった。
千年を超えて存在し続けた都は、朔の手で世界から消え去ったのだ。
「あはははは。あ〜はっはっはっは〜!」
窪みを見るなり、腹を抱え声を上げて、狂ったように笑い出す。
人間を辞めて鬼になってまで、守ろうとした超都を跡形無く消したのが、他でもない自分であり、それなのに後悔や未練さえ湧かない事が、あまりに馬鹿らしく滑稽で、もう笑うしかなかったのだ。
笑い終えて顔を上げ、空を見る視線は力強く、揺らぎも迷いも無く、戦う意思以外は何も感じさせない。
「巨神顕現!」
草薙の剣を体内に取り入れた際に、頭に刻まれた須佐之男を顕現する為の合い言葉を、空に向って叫ぶ。
言い終える間で、体全体が輝き始め、髪は靭やかな金髪に変わり、全身から溢れ出た光は、一直線に伸びて星に届くあたりで、横に広がって形を取り始めていく。
そうして出来上がったのは、金の鎧兜に身を固めた巨神で、金を使った加工物では決して出せない、太陽のような煌めきを放ち、人工的に作られた奇神や鬼神は足元に及ばない神々しさと存在感に溢れ、この世界に顕現した真の神と呼ぶに相応しい姿形であった。
「超神!須佐之男!」
これまでと同じように神の名を叫び、その声は彼方まで轟が、それに反応する者は、今は世界のどこにも居ない。
朔は、奇神や鬼神の時のように巨体の一部になった感覚や認識は無く、自分が人間どころか生き物を超越した存在になったと、全身で実感できていた。
静かになる間で空にひびが入り、硝子が割れるように砕け、空いた穴から流れ込んで来るどす黒いものが、地面を含めて辺り一面を、あっという間に真っ暗にしてしまう。
その状況は、鬼が暗雲で空を覆って、星光りを遮って暗くするのとは違い、色で塗り潰すように全てを黒く染め上げるようだった。
世界は闇に覆われたのだ。
その暗い状況の中で、須佐之男は輝きを失う事も無く、立ち続けていたが、それは世界最後の輝きでもあった。
闇の一部が、集まって形を取り、八つ頭で目の色が血のように真っ赤な大蛇になったが、その大きさは途方も無く、海や空といった自然の一部のように見える。
「これがお前達が呼ぶ八岐の大蛇だ」
蛇姫の声で、名乗ってくる。
「伝説通り八つ頭なんだな」
朔は、八岐の大蛇を前にしても怖気付くことなく、須佐之男を立たせたまま、強い声で言い返す。
「かつて須佐之男に八つ裂きにされたからな。もうお前しか生き物が居ない世界でよく戦う気になったものだ」
「この姿になった時点で答える必要はないだろ」
「小さい」
十六個の真っ赤な瞳を、まじまじと向けながら言ってくる。
「なんの事だ?」
「須佐之男の大きさよ。八つ裂きにされた時は妾と同じ大きさであったが今はその百、いいや一万分の一といったところだな」
「その須佐之男を恐れて神器を使わせようとした臆病者は誰だ?」
「戦うのが面倒だっただけよ。そんな小さな体で本当に戦うのか?」
「戦う」
迷いの無い強い声で、言い返す。
「ならば今度は妾がお前を八つ裂きにしてやるわ!」
八岐の大蛇は、全ての首を上げ、開戦を告げるように咆哮を上げ、その凄まじい声量は、猛烈な突風を巻き起こし、足元の闇を抉るように盛り上げていく。
須佐之男は、津波のように迫ってくる闇を前にして、右足を一歩踏み出し、二歩と三歩と真っ黒な地面を踏むに連れて、足の動きは早く激しくなり、爆音を響かせて突き進む。
大蛇の一頭が大きく口を開けて、迫って来るのに対し、須佐之男は足を止めず、地面を蹴り巨体を跳躍させて、飛び掛かっていく。
「
須佐之男は、右腕をおもいきり後ろへ引く間で、強く握って輝かせた拳を突き出し叩き込むが、大蛇には全く効かず、呑み込まれてしまう。
「
須佐之男が、手足を広げた姿勢を取ると、全身から矢の形をした無数の閃光が発射されたが、大蛇には何の効果もない。
「
両手に巨大な両刃の斧を出す。
「
全身から出す光り粒の一粒一粒が、須佐之男になって無限に増えたところで、一斉に飛び掛かり、斧を激しく振りまくっていく。
「
須佐之男は、一柱に戻って両手を上げ、手の間に集めた光を自身の何百、何千倍にも大きくして放り投げ、当たると大爆発を起こしたような凄まじい発光が起こるが、光が消える間で、吐き出されるように押し出されてしまう。
空中で体勢を整え、地面に両足を付けて踏ん張り、姿勢を保つ。
「いつまでこんな茶番を続けるつもりだ?」
大蛇が、不満そうに言ってくる。
「殺した仲間の手向けに似たような戦い方をやっただけだ。望み通り須佐之男の本当の力を見せてやる。草薙の剣!」
朔の声に応じて、須佐之男が上げた右手から溢れた出た輝きが、巨大な草薙の剣を形造り、握った後、両手で握って切っ先を大蛇に向ける。
「さあ!その力を見せてみろ!」
大蛇は、草薙の剣を見て、恐れるどころか喜ぶように声を弾ませている。
須佐之男が、両手に持つ草薙の剣を高く掲げると、刃から溢れ出た光は、上空へ一直線に放射され、その凄まじい輝きで、闇の隅々まで照らす。
「
光の刃を真横に振ると、さっきまでの攻撃と違い、大蛇の首を一本も残さず斬れていった。
「これが草薙の剣の威力なのか」
大蛇に効果をもたらす、草薙の剣の威力に驚きを隠せない。
「神器一組の力で我が倒せるものか。いいかげん無駄と諦めろ」
大蛇が、首をすぐに再生しながら言う。
「誰が諦めるものか」
朔は、言い返すと、須佐之男に霞の構えを取らせ、足を地面から浮かせて、大蛇に向かって疾走してさせて行く。
大蛇は、全ての口を開け、真っ黒な息を吐き出してくるが、須佐之男は剣から出す光の幕を前面に展開する事で、散らして無効化させながら突き進む。
「閃光袈裟掛け斬り《せんこうけさがけぎ》!」
閃光のような勢いで剣を振り、大蛇の腹を袈裟掛けに斬って、大きな切れ目を作る。
「草薙の剣も妾には効かん分からないのか?」
「お前を倒すのが目的じゃないからな」
「まさか母上のところ行く気か?」
「そのまさかだ!」
朔は、言い返しながら、須佐之男を高く飛び上がらせる。
「神光双脚蹴り《じんこうそうきゃくげ》!」
蹴りの姿勢のまま、大蛇の斬り口に飛び込む。
「これ以上は行かせはせん!行かせはせんぞ〜!」
大蛇は叫んだ後、須佐之男の行く手を阻もうとするが、草薙の剣の光で消し去っていく。
「今戻れば命だけは助けやるぞ!」
「強がりはよせ」
「なんだと〜?」
「さっきまでの攻撃で分かったんだ。お前の力では伊邪那岐の作った神器は絶対に破壊できない。だから別の世界に行かせる事で破壊するように仕向けてきたんだろ」
大蛇は、それきり黙って、何もしなくなったので、そのまま降りていく。
黒。
黒。
黒。
黒しかない。
闇の中なのだから黒いのは当然だが、色という認識は沸かず、まるで空気のように感じる取れてしまう。
須佐之男は、爪先が黒ずみ始めると、あっという間に顔にまで広がって目も覆われ、全身が闇に染まるが、朔は焦る事もなく、形を維持する事に集中しながら降り続けて行く。
やがて、生き物のような気配を感じ始めてきたが、憎しみ、恨み、蔑み、嫉みといった嫌な気持ちや感情を抱かせる不快なものだった。
底に達したのか、須佐之男は止まったが、足音は鳴らない。
須佐之男の首を下げると、その先に有る目と視線が合う。
その目は人と同じ大きさで、数も同じく二つだが、瞳が放つ眼力は、鬼や蛇とは比べものにならないほど凄まじく、須佐之男でなく生身なら気が狂っていたと確信させるほど強い。
「まさか光の子がここに来るとは思わなかったぞ」
口と思われるあたりから声が出て、話し掛けてくる。
「あなたは伊邪那美だな」
「わたしを知っているのか」
「草薙の剣に触れた時にあなたと伊邪那岐の事を見たからな」
「ならば何故わたしがこのような事をするのか分かるだろ」
「光の世界を呪ってるんだろ」
「そうだ。わたし達は光と闇を別け太陽を作りその光から人や動物達を作った後、闇から大蛇や鬼を作ったがあの方は忌み嫌い、月や星を作って闇を祓った上に滅ぼそうとしたからわたしは争い敗れて封印されたのだ」
伊邪那美は、話していくに連れて、声の調子が上がるので、感情が昂っていくのが聞いていて、伝わってくる。
「それからは八つの世界を闇にしようと鬼や大蛇達を仕向けたんだな」
「わたしを否定した光の世界を闇にわたしの色に染めてやるのだ〜!」
目しか見えなくても、笑ってるのが声の調子で分かる。
「世界を闇に染めた後はどうするんだ?」
「やっと満足できる」
「そうはさせない」
「やれるのか?」
「やれる」
須佐之男が、両腕を広げると、全身が輝き、表面の闇を祓う。
「おお〜!」
須佐之男が、口を大きく開け、大声を出すの合わせて、闇に光を指していく。
「おおお〜!」
輝きをさらに強め、闇を照らす範囲を広げていく中、須佐之男の全身にひびが入り始める。
朔が、それも構わず続けていると、ひびは亀裂になり、須佐之男の肩や膝の装甲が、弾けるように砕けるが、破片は落ちず、光の粒子となって広がり、闇を押し退けていく。
「止めろ!止めろ〜!」
伊邪那美の訴えを無視して、輝きを強めていく最中、須佐之男の右腕が、爆音を上げながら木っ端微塵に砕け、それから左足、左腕、右足の順に砕けていくが、その度に光の強さと範囲は、さらに増していく。
ひびは頭にも及び、須佐之男はこれまで以上の叫びながら、ついに顔が砕け、その後すぐに体も弾け、その破片が飛び散る勢いによって、全ての闇を祓ったのだった。
須佐之男の中から現れたたのは、髪が金色の状態の朔で、着地すると目の前には、両膝を折った姿勢で座る小さき者が居る。
全身が黒ずんでいて、所々肉が落ちて骨が見え、頭には毛髪が半分も無く、腐乱死体にしか見えないが、二つの目から出る眼力は、少しも衰えてはいない。
「それが今のあなたか。伊邪那美」
「そうだ。八つ裂きにされて封印から解放された姿だ」
自身の醜い姿を恥じる事なく、見せ付けるように膝立ちになり、両手を広げた姿勢で説明する中、朔は目を逸らす事なく、黙って聞き続けた。
闇が祓われた状況では、須佐之男無しでも、直視していられたのだ。
「わたしをどうするつもりだ?」
「あなたを終わらせる」
「殺すのか?」
「同情はするが許すことはできないからな」
言いながら右手に草薙の剣を作り出す。
「伊邪那岐の望みを叶えるのか」
「これはわたしの望みだ」
言い終える間で、剣を横に振って、伊邪那美の首を刎ねる。
首が地面に落ちて転がり、体が力無く倒れると、塵か灰のような粒状になり、風に吹かれるように消え去った。
朔は、創造神を殺したのだ。
それから草薙の剣を、空に向かって真横に振ると、空が割れて、青空が広がり、見覚えの有る場所に立っていた。
元の世界に戻って来たのだ。
膝を折り、大蛇と戦う前に見たのと、同じ空を見る。
「わたしはこれからいったいどうすれば」
空を仰いだまま、小さく呟く。
「っ」
その時、腹に小さな違和感を感じた。
突然かつ今まで感じた事のない感覚に、どうしていいか分からず狼狽えてしまう。
「そうか。お前か。お前が居たからはわたしは戦えたんだな」
朔は、腹に向かって、自身に宿った小さな命に語り掛ける。
違和感の正体とは、赤子が宿った証だったのだ。
その後、朔は全ての母になり、神も蛇も鬼も人も区別無く生きられる新たな世界を作ったのだった。
奇神物語 完
奇神物語(くしがみものがたり) いも男爵 @biguzamu
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