第3話 みえるはし に
「ね、稀子!今日バイトは?」
「18時からだよ。どしたん?」
瑞穂はそれを聞くとにんまりと笑った。
「じゃ、行こうよ!昼間に言ってた橋!」
「え、やだよ。むしろ何でそんなところ行きたいの?全然分からないんだけど。」
「ま、まじじゃん。」
この友人は流されやすく、なんだかんだで付き合ってくれることが多かったので、瑞穂は戸惑った。…………しかし、それが故に、絶対、何としてでも付き合ってもらおう、そういう意地のようなものが芽生えてしまう。
「……分かったよう。じゃ、稀子のバイト先近くのチュロス屋行こ!久しぶりに食べたい気分。」
「んー、チュロスか。いいよ。」
稀子は頭の中でお金の計算をする。チュロスは一本190円から。世知辛いお財布事情を、瑞穂はよく把握し、稀子が無理ない範囲で楽しみに誘ってくれる。最近バイトばっかりで遊べていなかった。他の友人でもいいだろうに、わざわざ付き合いの良くない自分を誘ってくれたことが嬉しかった。
「やった!じゃ、行こ行こ!」
瑞穂はそう言うとそさくさと片付けを始めた。稀子と瑞穂は「手作り小物部」というなんとも奥ゆかしい名前の部活に所属している。二人の出会いには、まあ、それなりに話すべき内容もあるのだが、それは機会があればにとどめたい。
「ふふふ〜」
「……そんなにチュロス食べたかったの……??」
■■■
「…………瑞穂」
「んー?」
「瑞穂、騙したね。」
友人のその言葉に、瑞穂はぎょっとした。
「あは、騙したって……。」
「………………。」
「もう、ごめんってえ。でもほら見てよ。まだ全然明るいし、人だってたくさんいるでしょう?だいたい、稀子だって言ってたじゃん!自作自演だって……。」
稀子はため息をついて辺りを見回した。大きな橋ではない。生活用水路にかかっている、小さな橋だ。渡り終わるまでに二十歩も満たないほど。どこにでもある、経年劣化で薄汚れたコンクリート製の橋を背に、数組の若者たちが写真を撮っている。
「…………。」
「き、稀子?」
「……はあ、仕方ないなあ。」
「えへへ!じゃあ写真撮ってよ!あ、一緒に撮る?」
「いや、やめとく…………いや、やっぱり、撮るなら瑞穂が自撮りして。」
「へ?」
「どうせ言っても辞めないでしょ?私も映るから自撮りして。」
「う、うん……。」
カシャ
「……ど?大丈夫?」
「う、うん……。」
「…………。」
「…………。」
瑞穂は、その場の感情を優先させて友人の気持ちを蔑ろにしたことを後悔し始めた。自分にそういう気があることはわかっているのだが、ついついやってしまう。
「稀子……ごめん。写真、消すね。」
「……ん。」
「怒ってる?」
「ううん。怒ってないよ。心配してる。」
「……え?」
「変なこと言うけど、大丈夫?」
瑞穂は友人の茶色の瞳を見つめた。稀子は全体的に色素が薄い。明るい光に照らされると美しく輝く髪や瞳を瑞穂はいつも羨ましく見ていた。けれど、今は夕陽に照らされて、どこか、そら恐ろしい。
「私ね。死後の世界とか、目に見えない世界のこと、信じてるの。」
「目に見えない世界……?」
「うん。具体的には、分からないけど。いまこうして私たちの目に映ってる世界は、この世界の一面であって全てではない。昔からそう思ってる。」
「…………。」
「そしてそれに興味本位で近づいて、触れて、暴いてはいけない、そう思う……笑う?」
「……わ、笑わない。」
「ありがとう。瑞穂は優しいね。」
稀子はそう言うと、ふんわりと笑った。瑞穂はそれをみて、ようやく安心できた。ああ、驚いた。いつもの、稀子だ。
「じゃ、チュロス食べに行こ。」
「う、うん……!……あれ?でも、何で稀子、この橋のこと………………知ってたの?」
「知らないよ?」
「だって、ここは、昼間話した橋じゃなくて……
「……瑞穂のことだから、なんとなく。」
「ええ、なにそれーー!」
瑞穂はそれを聞いて頬を膨らませた。私の行動が分かりやすいみたいじゃないか、と憤慨する。
「ん……?」
「どしたの?瑞穂?」
「え、いや……写真消したはずなんだけど、まだ残ってて。……あれ?」
瑞穂が何度スマホの画面をタップしても、写真のデータが消えない。
「やば、バグった!てかこのバグり方怖すぎ!!」
「……ちょっと貸して?」
稀子はそう言うと、スマホの画面を代わりにタップした。
「わ、消えた。」
「指先の水分足りてないんじゃない?」
「む!私はいつも保湿クリームつけてるもん!気にしてないのは稀子でしょ!」
「あはは、ほら私、乾燥知らずだから。」
「…………地味に羨ましい。」
年並みに美容に気を遣っている瑞穂にとって、こういうところも羨ましい部分の一つだった。稀子は取り立てて美人とか、可愛いわけではない。有体に言うと、十人並みだ。しかし、薄く化粧された肌がかさついていたり、乾かしてそのまま下ろしたセミロングの髪がパサパサだったり、というところは見たことがない。いつでも、生まれた時の美しさをそのままに持っているのが稀子だった。そのくせ、本人は自らの美容にまったく頓着がない。僻みも生まれるというものだ。
「ほら、瑞穂っ!チュロス!」
「…………甘党め……!」
そのあと、無事に二人はチュロスを食べたし、瑞穂が最近ハマってるユーチューブを見て、二人で笑った。そうして稀子のバイトの時間になり、二人は手を振って別れた。しかし、別れたとたん、稀子はバイト先に急病の連絡を入れて速攻で自宅のアパートに帰った。帰る途中に、怪しげな電柱の張り紙を写真に撮った。そうして、ベッドで毛布にくるまり、ガタガタ震えながら電話をかけた。藁にもすがる思いだった。電話に出たのは男で、稀子はいろいろと捲し立てたと思うのだが、あまり記憶にはない。瑞穂は大丈夫だと思うんです、写真を消したのは私だし、私に着いてきたと思うんです。でも、あの、やっぱり心配で、でも私だと、私がそばにいると巻き込んでしまうかもしれないから、だから……あ、ありがとうございます、はい……はい、瑞穂の方に行ってください。……わたし?わたしは大丈夫です。自分で、自分でどうにかできますから。昔からそうなんです。だから大丈夫。どうか、瑞穂を、瑞穂をよろしくお願いします………………………………。
推しを抱きしめながら家に帰ったら謎の美人が微笑んでいた。 まふ @uraramisato
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