第2話 みえる橋
「みえる橋って知ってる?」
「み……えないときもあるの?」
学食はお昼のピークも過ぎ、閑散としている。次は空きコマなので、稀子は友人の瑞穂とともに安上がりなお茶会………持参のティーバックの紅茶、貰い物のパウンドケーキ、お湯はゼミ室から持ってきた……をしていた。
「ま、心霊スポットの話なんだけどぉ。」
「あー、無理無理、私そういうの聞かないことにしてるから。」
途端に耳を塞ぎだす友人を目にして、瑞穂はにんまりと笑った。
「あは、稀子ってば怖いの?」
にまにま、いたずらっ子のように見つめてくる友人を見て、稀子は憤慨する。
「あのねえ、そーゆーの、面白おかしくする話じゃないのよ。」
「え、何何?もしかして稀子って見えちゃう系??」
途端に身を乗り出し、爛々と輝く友人の瞳を目にして、稀子は思った。ああ、一定数どこにでもこういう話が好きな人はいるのだな、と。
「違うけど。」
「なんだ、違うのかあ。じゃあやっぱり怖いから?」
「うん。めっちゃ怖い。トイレ行けなくなる。」
「あはは、正直。あははは。」
「昔からそういう話聞くと、すぐ夢に見ちゃうんだよね。」
そういって稀子は、安っぽいプラスチックの椅子の背もたれに体重をかけた。
「そんでもって、それを退治している自分が怖い。」
「……え?ちょっと待ってどう言うこと?着いていけなかったんだけど??」
「……うーん、でもこの話したら、瑞穂ぜーーったい笑うし……からかってくるだろうしなあ。」
「そんなこと言われたら更に知りたくなるんだけど……。」
「まあ、確かに。」
稀子は、ただでさえ困り顔、と言われる童顔をさらに情けなく歪めて一応、お願いをしておいた。
「笑ってもいいから、なるべく静かにね?」
■■■
「ぶははははは!!!なにそれあはははは!!小学生なみの発想力あははははは!!!」
「もう、だーかーらー!静かに!」
稀子は辺りを見回して声の大きな友人をなんとか宥めようと頑張った。しかしこうなると長いことも大学入学からの一年ちょっとで分かってはいた……ので、諦めた。周りからの視線はちょっと痛い。
「ふ、ひひひ……いや、だって!黒髪ぱっつんの日本人形系美少女になって夢に出てきた妖怪やら幽霊やらをぼこぼこに殴り倒してるとか痛過ぎて逆に笑える……あははは。」
「しかも服装はメイド服。」
「……っっっ!!!び、……ぷくくくく。」
「ついでに言うと、私は人間じゃなくて、呪いの人形なの。作り手の呪いが込められていて、自由に動けるのよ。」
「……っ……っ……っっっ!!!」
瑞穂が瀕死だ。稀子はにんまりと微笑んだ。
「あ、あんた…………!わざとやってるでしょ……!!」
「失礼な。全部本当の話よ。」
「っっっ……!!っ、あははは、やめてよぉ、もう苦しいよぉ……!!」
顔を真っ赤にして、涙を浮かべる友人を見て、稀子は嬉しそうに笑った。
「あは、瑞穂って、しっかり決まってくれるから楽しいなぁ。」
「……稀子って意外にドSよね……。」
「?」
さて、このまま夢の話で有耶無耶になってくれないかな、と稀子は思った。夢の話は嘘じゃないし、それが怖いことも本当だった。……ぼこぼこにしてるのが怖いわけでもない。怖いのは……夢を見た後、朝、起きた時……どっちが現実か分からないこと。それから、何故か涙を流していること、だった。
(……いつからみはじめたんだっけなあ。)
高校のときは祖父と一緒に暮らしていた。その時は見ていなかった。祖父が亡くなって、進学のために上京して……二、三ヶ月経ってからのような気がする。昔から心霊番組が謎に好きだったのだが、今はもう、見ないようにしている。
「で、みえる橋のことなんだけど。」
「忘れてくれなかったか……。」
「?」
「いや、なんでもないよ……。」
もうこうなったら、腹括って聞くしかない。話くらいなら夢も見ないだろうし。
「あのね、最近SNSで話題になってるんだけど…………」
み え る は し
――ネットでのはじめての目撃情報は、去年の九月。定番だけど、肝試しをしてたみたい。男子高校生四人のグループよ。
――肝試し自体は、滞りなく終わって、帰り道。水瀬川に架かってる橋を渡っていたとき、一人が気づいたの。
「あれ?なんか……赤くない?」
――コンクリート製の橋のはずなのに、朱色で塗られた木製の橋に変わっていたんだって。でも、
「は?おいやめろよ。もう肝試しは終わりだぞ?」
――周りの友人たちはそれを聞いて笑ってた。誰もそんなふうには見えなかったんだって。その一人の男の子だけがそれを見ていた。
「え……でも…………。」
「ちょ、オマエほんと怖いこというなよ!普段そんなこと言わねーやつが言うとまじっぽくて無理!!」
――そう言って友人の一人が、背中にしがみついてきたんだって。周りはそれを見て一層笑ってたらしくって、少年も薄寒さを感じながらもそれ以上言うのはやめたらしいんだけど…………。
「あれ?」
「お、着いたか?向こう岸。」
「うん、着いたよ、着いたんだけど……。」
「な、なんだよ!まじ怖過ぎて無理……。」
――向こう岸についたとき、橋を見た少年と、彼にしがみついていた少年の二人以外、消えてしまったんだって。
「いや、嘘でしょ。」
「ちょっとー!」
「だって、そんなことになったらテレビとかで騒がれない?」
「うーん、それがね?翌日少年二人は見つかったそうよ?ちょっとぼんやりとした顔で家にひょっこり帰ってきたんだって。」
「……河原で寝てたんじゃないの?」
「もー!もうちょっと怖がってよお。」
「いや、今時……小学生向けのホラー児童書でももうちょっと怖いから。誰も死んでないし。」
緩くなった紅茶を啜る。
「ふふふ、でもね、この話の怖いところは別にあって!」
「はあ……」
「この話を聞いた人は!みえる橋に感染しちゃうのだっ!」
「へえ……」
「SNSではこの話題で持ちきり!次々と目撃情報、そして行方不明者が続出してるの!」
「だからそんなことになったら、騒がれるじゃん。」
「それが、みーんな次の日、早いと数時間で発見されるらしいよ。」
「自作自演じゃん……。」
ああ、アホらしい。でもまあ、一応若者の間での流行りらしいので、世の中は何が刺さるか分からないものである。
「あ、もう授業始まるから行かなきゃ。」
「むう、稀子ってぜんっぜんSNSとかやらないよねえ、こんなに流行ってるのに。」
「流行に興味がないわけじゃないけど……」
「けど?」
(SNSでは推し活しかしてないし、推しを追っかけるのが楽しすぎて他まで手が回らない……とは言えないな。)
稀子は非オタにはオタを隠すタイプのオタクなので、瑞穂には曖昧に笑うしか出来なかった。
「じゃ、また放課後部室で!」
「もお……。」
稀子はトートバッグを掴んで肩にかけると、一号館へと続く扉を開けた。
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